第9話 剣聖来訪・4


「おら! 立て!」


 ごす!


「寝てんじゃねえ! 気合を入れろ!」


 どす!


 カゲミツが悪魔のような顔で、意識を失ったマサヒデとアルマダを蹴り転がす。


「クレールさん! 水お願い出来るかな?」


 にこやかな顔で、クレールに微笑むカゲミツ。


「は、はいー・・・」


 ばしゃ・・・ばしゃ・・・


「あーん? おいこら!」


 ごん!


「目ぇ覚ませ!」


 がん!


 マサヒデとアルマダは意識を失ったまま。


「ち・・・まだ竹刀残ってるじゃねえか・・・ヘタレが! 起きろ!」


 どごん!

 ごろん、とマサヒデが仰向けに転がった。


 ちょんちょん。

 顔をつつく。反応がない。

 ちゃんと加減はしたはずだが・・・まさかな。

 首に指を当てる。脈はある。死んではいない。


「ああもう! 仕方ねえなあ・・・せっかく来てやったのに・・・」


 カゲミツは立ち上がり、折れた竹刀を拾って、まとめて片手で抱え、


「クレールさん、ありがとうな! 俺、そろそろ行くわ!」


 爽やかな笑顔でクレールに手を振り、カゲミツは訓練場を去って行った。

 しーん・・・と静まり返る訓練場。

 しばらくして、クレールが我に返り、


「は! マサヒデ様!? ハワード様!?」


 クレールが慌てて駆け寄り、次いで冒険者達も駆け寄った。


「マサヒデ様!?」


 治癒魔術をかけるが、反応がない。

 完全に気を失っている。


「クレール様、揺すってはいけません!」


 冒険者の1人がクレールの肩を抑える。


「気を失っているだけです! そのまま! 動かさないで!」


「担架! 担架ー! 急げ!」


 冒険者達が走って行く・・・



----------



「ああ・・・」


 ベッドに寝かされた、マサヒデとアルマダとカオル。

 医者の診察では、どこにも異常はなく、ただ気を失っているだけだそうな。

 横にある椅子に座り、クレールは小さく息をついた。


(何もなくて良かった・・・本当に・・・)


 にこにこしながら竹刀を振ったと思ったら、マサヒデ達が吹き飛ばされて、鬼のような顔で容赦なく蹴りを入れて、転がして・・・立ち上がったら、またにこにこして吹き飛ばして・・・


 マツやシズクとの立ち会いを見て、只者ではないことは分かっていた。

 だが、ここまで桁が違うとは思わなかった。


 あれは本当に人だったのか!?

 あんなに恐ろしい生き物は見たことがない。

 思い出すだけで、身震いがして、血の気が引いていく。

 私は、あの人と酒を飲んで、笑いながら酔っ払っていたのか・・・


「ん・・・ん?」


 カオルが目を開けた。


「あ、カオルさん」


「クレール様・・・」


「しー、起きちゃいけません。そのまま、そのまま。ゆっくり寝転がって」


 そのまま、とクレールは両手を前に出し、起き上がろうとしたカオルを止める。


「は・・・」


「喋ってはいけませんよ。良いですね。

 眠らなくても、目を瞑ったまま、横になっていて下さい」


「・・・」


 す、とカオルが素直に目を閉じる。

 ふう、とクレールの口から、安心した息が吐かれた。

 しばらくして、カオルの寝息が聞こえてきた。



----------



 からからから・・・


「マツさーん!」


「はーい!」


 ぱたぱたぱた。


「すまねえ! ちょっと道が分からなくなっちまって・・・」


 照れくさそうに、カゲミツがぽりぽりと頬をかく。


「うふふ。迷子になっちゃいましたか?」


「ははは。いやあ、いい歳して情けねえ・・・

 アルマダ達の寝場所、どこか分かるかな?

 町を抜けていけば、って聞いたんだけど、どっちに抜けたら良いのやら。

 用事の場所まで近いらしいし。今日はあそこに泊まるつもりなんだよ」


「広場を、ここからまっすぐ抜けて行くんですよ。

 そのまま町の門を出て、道なりに。草ぼうぼうの所にあばら家があります。

 近くにお寺がありますから、分からなくなったら、お寺の場所を聞けば」


「おお、そうか! すまねえ!」


「あ、そういえば、ハワード様はどうなされました? 一緒に行けば・・・」


 ちら、と目を逸らすカゲミツ。

 元々ぶちのめすつもりだった、などと、さすがに言えない。


「ああー・・・っと、ちょっと稽古に身が入りすぎちゃってさ・・・

 あんまり良くなってたもんだから、ついこっちも身が入っちゃって・・・」


「あら、そうでしたか・・・」


「怪我もねえから、念の為に寝てるだけなんだ。心配しねえでくれ。

 こっちが身が入りすぎちゃうくらい、あいつ腕上げてたんだよ」


「うふふ。聞いたらハワード様も喜びましょう」


「あ、だめだめ。そんな事は言っちゃだめ。こういう所が慢心につながるから。

 そうなってないつもりでも、身体の方が慢心しちゃうって、よくあるから。

 マサヒデにもアルマダにも、あとカオルさんだっけ? 絶対に言っちゃだめ」


 ちょっと師匠ぽく格好をつけてみただけ。

 本当は嬉しくて現場で『良くなった』『すごく良い』とか言っている。

 ただぶちのめしに来たとは言え、息子や弟子の成長はやはり嬉しいのだ。


「じゃ、行くわ! 仕事中、悪かったな!」


「行ってらっしゃいませ」


 すたすたとカゲミツは歩いて行った。


「あら」


 そういえば、マサヒデはどうしたんだろう?

 カオルもクレールも帰ってこないが・・・

 散々打ち込まれて、疲れて休んでいるのだろうか?



----------



 夕刻。

 郊外のあばら家。


 がさがさ・・・

 草をかき分けて入って行くと、男が2人、顔を覗かせた。

 カゲミツは笑顔で手を振る。


「おーい! ここ、アルマダの寝床!?」


「何者だ!」


「アルマダの師匠だよー!」


 アルマダの師匠・・・トミヤス道場の主。

 剣聖!?

 は! と見張りの騎士2人が顔を合わせた。


「どうぞこちらへ! お入り下さい! 皆、並べ!」


 カゲミツが入っていくと、騎士が2人ずつ両側に並び、


「お運び、ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」


 と大声を上げ、びし! と剣を上げた。


「あ、ああー! いいっていいって! 普通にしてて!

 今日さ、遠出の途中で、寝床借りに来ただけなんだよ。

 何ていうの? 偉い人の訪問みたいのじゃねえからよ」


「は!」


 び! と騎士達は背筋を伸ばし「休め」の姿勢を取る。


「いやいやいや。そういうのじゃないから! わははは!

 崩して崩して! 焚き火行こうや!」


 すたすたと歩いて、焚き火の前に座る。

 騎士達はカゲミツの後ろで、直立不動の体勢を取っている。


「わははは! 染み付いてるなあ! なあ、座ってくれよ!

 剣聖つっても俺は平民。お前さん達は騎士。お前さん達の方が遥かに上!

 雇われかもしんねえけどさ、今はお前さん達が全然上。だろ?」


「は・・・」


 ぱんぱん、とカゲミツが地面を叩く。

 恐る恐る、騎士達が焚き火を囲んで座った。


「そう固くならねえでくれって! なあ、それより馬の話聞かせてくれよ!

 アルマダの馬、すげえ馬なんだろ? 今どこ? 厩舎?」


 きょろきょろと周りを見渡すが、尾花栃栗毛の馬はいない。

 馬、と聞いて、騎士達も少し落ち着いた。


「ファルコンですね。今は町の厩舎に預けてあります。

 人の好き嫌いが激しいもので、少し厄介でして」


「あ、そうなのかい?」


「はい。我々も、近づくだけで暴れだす始末で、餌をやるのも大変でして。

 今の所、乗れるのはアルマダ様だけなのです」


「何? アルマダの野郎はそんな馬を乗りこなせてんのか?」


「はい。クレール様はご存知ですよね」


「ああ、もちろん。クレールさんがどうかしたのか?」


「レイシクランの方々は、馬と喋る事が出来まして。

 ファルコンに、好き嫌いがどこか聞いてくれたのです」


「え!? クレールさんて、馬と喋れたの? ほんとかよ!?」


 これはカゲミツも知らず、驚いて口を開けてしまった。

 レイシクランと言えば、霞のように消えるというのが有名だが・・・


「ええ。本当です。知能の高い犬や猿などの動物は、ほとんど人と同じように会話出来るとか。虫程度でも、ぼんやりと感情は分かるそうで」


「すげえな、レイシクラン・・・で、どこで好き嫌いしてるって?」


「髪の毛の色だそうですよ」


 ちょい、と騎士が自分の髪の毛をつまむ。


「髪の毛の色・・・ねえ?」


 カゲミツも自分の髪をつまむ。


「アルマダ様やクレール様は綺麗な髪なので、近付いても暴れたりはしないのですが・・・あのマツ様でも、まだ仲良くなれないと」


「そうかあ・・・マツさんもすげえ綺麗な髪じゃねえか・・・

 色か! 黒髪はダメか! ううむ、残念! 乗せてもらいたかったけどなあ」


「馬と言えば、ご子息の馬はご存知で」


 む、とカゲミツが苦い顔をして、腕を組む。


「ああ・・・あの野郎、黒嵐だっけ。あれ連れて、自慢しに来やがってさ・・・」


「自慢しにですか? 乗ってみたのですか?」


「そうなんだよ。これがまたすごくてよ・・・」


 ば! と顔を上げて、騎士の方を向き、


「なあ、聞いてくれよ! マサヒデの野郎、黒嵐はやれねえけど、馬の住処は教えるって言ってきたんだよ!」


「おお! そうだったのですか!」


「それがよ、条件付きで教えると来やがったんだ!」


「条件?」


「魔神剣か、この三大胆を出せば教えてやると来やがった!」


「魔神剣? 魔神剣というと・・・あの魔神剣ですか!?

 あの、雷を呼ぶという、伝説の剣ですよね!?

 も、もしや、カゲミツ様がお持ちだったのですか!?」


「そうなんだよ・・・あれを出せ、と言って来やがったんだ・・・」


「これはまた・・・とんでもない条件を出してきましたね・・・」


「でよ、黒嵐に乗っちゃったわけよ。すごいのなんの。

 もーう欲しい! とんでもなく欲しい! そう思っちまったんだよ。

 で、そりゃあもう腹を切るような思いで、魔神剣を出したのよ」


「なんと!? 出したのですか!?」


「そしたらよ、魔神剣を出すくらい欲しいなら、ただで教えるときやがった!」


「・・・ぷ!」


 騎士達が口を抑える。


「ふふふ、カゲミツ様が一本取られたとは。マサヒデ殿もやるではありませんか」


「まあ、結局ただで教えてもらったんだから、いいんだよ?

 でもさあ、さーすがにこれは腹立つだろ? な? そう思わねえか?」


「確かに、試すような事をされましては腹も立ちますね。ふふふ」


「今思えばよ、あの黒嵐に乗っていいってのも、あれ罠だったんだよ!

 絶対そう! あれに乗りゃ、そりゃもう欲しくなるって・・・」


 最初こそ固かった騎士達も、カゲミツの話を聞いているうちに柔らかくなった。

 剣聖を囲み、騎士達は笑いを上げ、あばら家は盛り上がった。

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