第8話 剣聖来訪・3


「構えろ!」


「はい!」


 ぴた、とカゲミツが正眼に構える。

 マサヒデが無形に構える。


「さあ来い!」


「参ります!」


 刹那、ぱん! と大きな音が響いた。

 マサヒデが吹っ飛び、ごろごろと転がる。

 ぽい、とカゲミツが竹刀を放る。

 柔らかい竹刀が、割れて曲がってしまっていた。


「振り回されてるぞ! 身体が着いてってねえ!

 しっかり着いてけ! 指先からだ! 足の先までぴったりと!」


「・・・はい・・・」


 マサヒデは立ち上がろうとして、支えにした竹刀ごと倒れ込んでしまった。


「あら? またかよ・・・」


 マサヒデはぴくりとも動かない。


「クレールさーん! 頼むよ!」


「はい!」


 すたすたと歩いて来るカゲミツ。

 ぱたぱたとマサヒデに駆け寄るクレール。


「まったく・・・」


 カゲミツは足で「ごろん」とマサヒデの身体を仰向けに転がした。


「肋だよ」


「は、はい」


 クレールがマサヒデの横腹に手を当てる。

 ほわー・・・


「んじゃ、水掛けてくれねえか?」


 ばしゃん、ばしゃん。


「あ・・・」


「立て! まだ稽古は終わってねえぞ!」


「はいっ・・・」


 マサヒデが立ち上がった所で、静まり返った訓練場に「ぎい」と扉の開く音が響いた。アルマダと、カオルだ。


「お、来たな!」


 だだだ、と2人が駆け寄って来て、直角に頭を下げた。


「おはようございます! ご無沙汰しております!」


 にやにやと笑うカゲミツ。


「よーお、アルマダぁー。まだここにいるって聞いてなあ。

 ちと腕がなまってねえか、見に来たんだ」


「は! わざわざのお運び、恐縮です!」


「まあ、ついで。ついでだからさ。

 シュウサン道場に行きてえんだけどさ、もう昼近いだろ?

 向こうに着くの、夜になっちまうから、お前の所に泊めてもらおうと思って」


「は!」


 カゲミツがカオルに顔を向け、


「えーと、あんたは・・・あ、名前呼ばない方が良いか。

 済まねえけど、アルマダが終わってからで良いかな?」


「ありがとうございます!」


「じゃあ、ちょっと待っててくれねえか。マサヒデ、てめえも下がってろ」


「はい」


 2人が正座する冒険者達の方へ歩いて行く。

 少しして、カゲミツがにこにことアルマダを見る。

 ぐ、と肩に手を回し、


「聞いたぞぉー? お前、中々良い馬を拾ったそうじゃねえか・・・んー?」


「は・・・運良く」


「後で見せてくれよな。取ったりしねえからよ。な?」


「ご存分に!」


「ん。じゃあ、やるか!」


 すたすたとカゲミツは歩いて行って、入れ物から竹刀を取った。

 アルマダがゆっくり頭を上げると、折れた竹刀が転がっている。

 まさか・・・あれが全部折れるまで?

 こくん、とアルマダの喉が鳴る。


「さ、構えろ」


「は」


 正眼に構え、ぴたりと木剣を止める。

 カゲミツも正眼に構える。


「んん? お前も随分強くなったな? マサヒデ程じゃねえけど。

 もうちょい精進してくれ。マサヒデが図に乗っちまう」


「は!」


「じゃ、三手な。来い」


「参ります!」


 身体だけ踏み込んで、剣を残してから、突き。

 シュウサン道場のジロウとやった時の手。


「まあ、悪くはねえけど・・・所詮は搦手って所かな。2度目はないぞ」


「う・・・」


 カゲミツはジロウのように身体を回さず、そのまま横に避けた。

 突かれた剣の横に、ぴったりくっついて立っている。


「さ、やり直し」


 こん、とカゲミツが肘で木剣を叩く。


「はい!」


 一歩下がり、構え直す。

 踏み込んで、まっすぐ面に打ち込み。

 直後、ちょん、と背中が突かれる。


「おいおいおい! 良くなってるじゃねえか! だが足が着いてきてねえな!」


 背中から、カゲミツの声。


「・・・」


 振り向きながら、切り払い。

 普通の相手なら、取った! と言える振り。

 振り終わった所で、カゲミツは同じ場所でにこにこと笑っている。


「うん! 良くなってる! よし! 三手だな!」


 ばがん! と音がして、アルマダがごろごろと転がっていく。

 ひょい、とカゲミツが折れた竹刀を放り投げる。

 転がったアルマダが、ばたん、と大の字になってしまった。


「クレールさん! よろしく! 腹な、腹!」


「は、はい!」


 クレールがアルマダに駆け寄って行った。

 にこにこしながら、カゲミツがカオルに向かって歩いて来る。


「よし! 待たせたな!」


「は!」


 ば! とカオルが立ち上がる。

 顔は死地に向かう兵士のように悲壮だ。

 カオルの顔を見て、ぷ、とカゲミツが笑う。


「おいおい、そんな顔すんなって! 稽古! これ稽古だから! な!

 俺、女の子には優しくするからさ。顔とか打たないから」


「は! ご厚意に感謝致します!」


 すたすたと歩いて、カゲミツが竹刀を取る。


「じゃ、やるか! うーん、そうだな、あんたも三手な!

 あ、この三手って、馬鹿にしてるわけじゃないんだ。見てみたいだけだから」


「よろしくお願いします!」


 ゆらり・・・ゆっくりとカオルが動く。

 スローモーション撮影のように、少しずつ速くなっていく。


「お?」


 急に「ば!」とカオルの姿がカゲミツの下に現れ、斬り上げ。

 振りにもしっかり緩急を・・・


「おお! さすがしの・・・げふん、だな!」


 斬り上げた小太刀の真下にカゲミツがいる。

 なぜ!?

 そこにいたら、当たっているはずだ!

 避けたのだ。だが、避けた動きが全く見えなかった・・・


「うんうん! 良いぞ! すげえ良いじゃねえか! さ、あと二手だ!」


 だらだらとカオルの身体中から汗が流れ出す。

 カゲミツは『良い』と言っているが、掠る気配もない。

 恐怖しか感じない。


「えぁ!」


 振り下げた小太刀が空を斬る。

 同じ場所にカゲミツが立っている・・・

 カゲミツが首を傾げた。


「あー・・・今のはちょっと・・・あんた、『次』が下手だな。

 一振りで決める! 次はない! って心構えは良いよ。それはすごく良い!

 だけどさ、全部同じくらいの一振りを出せるようにしないと、ちょっと・・・

 1対1ならともかく、複数相手に振り回す時どうすんだ。さ、あと一手な」


 ぽた、ぽた、とカオルの顎から冷や汗が落ちていく。

 ぽた・・・と汗が落ちた瞬間、振り下ろした所から、振り向きながら斬り上げた。

 カゲミツの位置は動いていない・・・


「だめだって! 最初と同じくらいの振りが出せなきゃ!」


 ばん! と音がして、カオルの片足が宙に上がり、斜めにくるっと回った。

 ひょいと竹刀を投げ捨てたカゲミツの腕に、ぽすん、とカオルが収まる。

 足がひしゃげ、関節がもう一つ出来たように、折れて垂れ下がっている。


「クレールさーん! こっち来てー!」


「はい!」


 クレールが駆け寄って、カオルの足を治す。


「あ! あー、しまった・・・気絶しちまったか・・・

 優しくするって言ったのに・・・やっちまった」


 カゲミツはゆっくり歩いて、冒険者達の横にそっとカオルを寝かせた。

 冒険者達の目が気絶したカオルに注がれ、皆の額を汗が流れ落ちる。


「ごめんな!」


 と、寝かせたカオルに片手を上げ、立ち上がって、


「マサヒデ! 立て!」


「はい!」


 すたすたと歩き、カゲミツが竹刀を取る。


「おい、今度は横薙ぎじゃない振りでやれ。三手だ。

 人差し指から足先まで、すぁっと、ぴったり着いてくるように振れ」


「はい! 行きます!」


 ぱあん!

 またマサヒデが吹き飛んで転がり、折れた竹刀が投げ捨てられる。

 訓練場の皆が静まり返り、転がったマサヒデとカゲミツを、恐怖の目で見ていた。

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