第7話 剣聖来訪・2


「ほおー。ここが訓練場か」


 ぶ厚い、大きな扉。

 中は広そうだ。


「よし、と」


 カゲミツは準備室の戸を開け、中に入った。

 何人かの冒険者が着替えている。


「んー・・・」


 竹刀が大きな筒の中に沢山入っている。

 全部使って叩きのめしてやるか!


「ちょっとあんた」


 手前で着替えている冒険者らしき者に声を掛ける。

 ん? と冒険者がカゲミツの方を向いた。


「済まねえ、ちょっと手伝ってもらえねえかなあ。

 そこの竹刀、中に持って行きたいんだよ。その筒ごと全部」


「はあ?」


「頼めねえかなあ」


 ぎら、とカゲミツの目が光る。

 う! と冒険者が稽古着に袖を通す途中で止まった。


「は・・・はい・・・」


 にこ、とカゲミツが笑った。


「おお、手伝ってくれるか! 済まねえな! じゃ、着替えたら行こうぜ!」


 ばばば! と着替え、冒険者が「よ!」と竹刀を筒ごと持ち上げた。


「おう、済まねえな」


 かちゃ、とカゲミツがドアを開け、冒険者が外に出る。


「よおーし! いっちょやるかな!」


 ぐる、ぐる、とカゲミツは肩を回して、扉に手を掛けた。

 ぎい・・・


「んー・・・やってるなあ」


 奥の方に魔術師達が魔術を出したり消したり・・・

 おや。小さな背の、銀髪の娘がいる。

 カゲミツは魔術師達の方を指差し、


「お、あれクレールさんかな? あのちっちゃい、銀髪の子。なあ、知ってる?」


「はい! たまに稽古をつけてもらっております!」


「おお、そうか! クレールさんも稽古してくれてるのか!

 いやあ、マサヒデに付き合わせちまって悪いなあ」


 見回すと、逆側の奥の方。

 いるいる。マサヒデの野郎だ。


「ん?」


 ぱん、と小さく竹刀の音。

 マサヒデが横薙ぎに胴を打ち込んだ。

 らしくない。

 あいつは受けて崩してから、という形だ。

 冒険者相手に、攻めの練習でもしてるのか?


 気付いたのか、じっとこっちを見ている


「あれ、マサヒデだよな?」


「はい! いつも稽古をつけてもらっております!」


「そうかあ・・・すまねえなあ。あの馬鹿息子の相手じゃ、物足りねえだろう」


 馬鹿息子? 息子?

 マサヒデの父親・・・ということは・・・


「あ、あの、失礼ですが、お名前をお聞きしても?」


 ぺちん! とカゲミツが額に手を置いた。


「あー! 済まねえ、手伝ってもらってんのに。

 俺、カゲミツ。カゲミツ=トミヤス。マサヒデの親父だ」


 さー・・・と冒険者の顔が青くなる。

 この人は、剣聖だ・・・


「お、お会い出来まして、光栄です」


 にこにことカゲミツが竹刀を抱えた冒険者に笑いかけた。


「良いんだって! そんなしゃっちょこばるなよ!

 今日は用事があってさ、この町通るついでで、息子の顔見に来ただけだからさ!

 ついでだから。ついで。お忍びみたいな感じ?」


 全然忍んでねえ!

 という言葉をぐっと飲み込み、冒険者はぐっと竹刀の筒を抱え込む。

 これを全部使う・・・全部、折る気だ・・・


「さ、行こうぜ!」


 にこにこしながら、カゲミツはマサヒデの方に歩いて行く。

 青ざめたマサヒデの顔。

 こちらを見る、これまた青ざめた冒険者達。


(くくく! ぶちのめしてやるぜ!)


 すたすた。

 カゲミツは「しゅた!」と右手を上げる。


「よお、マサヒデ!」


「は。ご無沙汰しております」


 ぴし! とマサヒデが頭を下げた。


(しまった! やりすぎた!)


 妻達の挨拶。

 魔神剣と、馬の住処の交換・・・

 やりすぎてしまったか!


 にこにこしているが、これはまずい。

 後ろには、竹刀を入れ物ごと抱えた冒険者。

 まずい。これはまずい。

 あれを全部折るまで稽古をする気だ・・・

 マサヒデも正座した冒険者達も真っ青だ。


「シュウサン道場、教えてくれてありがとな!

 これから行くついでに、顔、見に来たんだ」


「は」


「そうそう・・・馬の居場所も教えてくれてありがとな。

 三大胆か魔神剣とは、中々大きく出たな! ははは!

 お前も少しはこなれてきたみてえじゃねえか。んん?」


「恐縮です」


 カゲミツがくい、と後ろを振り向いた。


「おお、持たせたままで悪かったな。そこに下ろしてくれるか」


「はい!」


 竹刀の入れ物が下ろされた。

 始まってしまう・・・

 冒険者はささっと正座した皆の後ろに、逃げるように駆け込んで、正座した。


「アルマダの野郎も、呼びに行かせてるからよ。すぐ来るだろ。

 じゃ、ちょっとやるか。さっき見てたけど、少しは成長したみてえじゃねえか」


「成長などと、とんでも御座いません」


「ははは! お前、俺の目が違ってるとでも言いてえのか?

 剣聖カゲミツに良く言った! なあ、皆? さすが俺の息子だぜ!」


 高笑いしながら、正座した冒険者達に「なあ?」と声をかけるカゲミツ。

 にこにこしているのは、カゲミツ1人。

 皆の顔が蒼白になっている。


「さて、と」


 にこにこしながら、カゲミツが竹刀を取る。


「うーん、まだ三手だな。三手やる。見せてみろ」


 マサヒデに向かって、ぴた、と正眼に構える。


「は!」


 下げていた頭をぴし! と立て、無形に構える。

 カゲミツは笑っているのに、マサヒデはまるで絶望に包まれたような顔だ。

 これから剣聖の立ち会いが見られるというのに、冒険者達も蒼白な顔。


「あ、ちょっと待て。済まねえ、そこの人」


 カゲミツが、くるっと手前の冒険者の方を向き、


「クレールさん分かる? あそこで魔術やってる人」


「はい!」


「呼んで来てくれるかな? 治癒魔術使える人がいねえとさ、あれだから。あれ」


 『治癒魔術を使える人がいないと、あれ』。

 これはやばい稽古だ・・・


「はい!」


 ば! と冒険者が立ち上がり、勢いよく駆け出して行った。


「おう、済まねえマサヒデ! 待たせたな! じゃ、やるか! 三手な!」


「は! 参ります!」


 さ! とマサヒデが駆け、跳んで来る。

 竹刀が横薙ぎに払われた。


「お!?」


 軽く避けると、後ろからマサヒデが跳んで来る。

 さ。

 前からまた跳んで来る。

 さ。


 冒険者達にはカゲミツの動きが全く見えなかった。

 ただ、マサヒデが空振りしているだけに見えた。

 しかし、マサヒデの振りは、確かにカゲミツの胴を払っている。

 まるで、すり抜けているように見える・・・


 くる、と正眼のままカゲミツが後ろのマサヒデに向く。

 マサヒデは、竹刀を振り切った体勢のまま、ぴたりと止まっている。

 カゲミツの笑顔が、ちょっと驚いた顔になった。


「おお! マサヒデ! お前、成長してるじゃねえか!

 家出てから、ちょっとしか経ってねえのに!」


「・・・」


 だらだらとマサヒデの顔から汗が垂れている。


「それにしてもお前、よくこの振り方に気付いたな!?

 いや本当にお前が気付いたのか? 教えてもらった訳じゃねえよな?

 この辺に使える人いるなんて、聞いてねえし。俺しかいねえはずだよな?

 これ、とっくの昔に失伝した流派の振り方だぞ」


「・・・」


 にっこりとカゲミツが笑う。


「うむ! よくこの身体の使い方に気付いた! 褒めてやるぞ!

 さあ、こっち向け! 『頭撫でてやる』から!」


 少しして、ぱ! とマサヒデが振り向いた瞬間、ぱん! と音が響く。

 ばつん! とマサヒデは顔を地面に叩き付け、気を失ってしまった。


 冒険者達は驚いて目を見開いた。

 いつの間にか、マサヒデの目の前にカゲミツがいる。

 面を打ったのだろうか? カゲミツはぴたりと正眼を構えたまま。

 振りどころか、踏み込んだ姿さえ、全く見えなかった・・・


「よ! クレールさん! おはよう!」


 真っ青な顔で立ち尽くすクレールに、手を上げてカゲミツが笑いかける。


「ちょっとこっち来てくれるかな?」


「ははははい!」


 ててて、とクレールが駆け寄った。


「魔術で水出せる? マサヒデの頭に水掛けてくれねえか?」


「はい!」


 水球を出し、ばしゃん、とマサヒデの頭に落とす。

 マサヒデはぴくりとも動かない。

 んん? とカゲミツが首を傾げる。


「あっれー? ちょっと強く打ち込み過ぎたかな?

 頭割っちゃったって事はねえと思うけど・・・

 すまねえ、一応、頭に治癒かけてくれるか?」


「は、はい」


 ほわー、とクレールがマサヒデの頭に手を当てた。


「ん、じゃまた水掛けてくれる? 目ぇ覚ますまで」


 ぱしゃん、ぱしゃん、ぱしゃん・・・


「う・・・」


「あ! マサヒデ様!?」


 瞬間、ごす! とマサヒデの脇腹に、カゲミツのつま先が蹴り込まれた。


「ぐ!」


「立て馬鹿息子! 寝てんじゃねえ! 気合を入れろ!」


「は、はい」


 竹刀で身体を支え、ふらふらとマサヒデが立ち上がった。

 カゲミツはクレールに顔を向け、にこっと笑った。


「クレールさん、ありがとな。じゃ、皆の所に下がっててくれねえか?

 また気ぃ失ったら、水、頼むよ。呼ぶから」


「・・・はい」


 これがトミヤス道場の、剣聖の稽古なのか・・・

 クレールも冒険者達も、身を震わせて2人を見つめた。

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