第二章 剣聖来訪

第6話 剣聖来訪・1


 翌朝、早くの事であった。

 やっと日が山から顔を出したくらいの時間。


「よし・・・と」


 足をぎゅっと固め、菅笠を被った男。

 世に名高い剣聖――カゲミツ=トミヤス。


「お気を付けて」


「ん。代稽古で鬼娘が来てくれるからよ、飯いっぱい用意しといてやってくれ」


「はい」


「じゃ、行ってくるわ」


 ざり、ざり、と玉砂利を踏んで、カゲミツは門を出て行った。

 アキには若い頃に世話になった恩人の息子の道場に行く、とだけ言いおいた。

 マサヒデとアルマダをぶちのめす、ということは秘密だ。


「くくく・・・」


 歩きながら、笑いが止まらない。

 俺が訪ねて行ったら、あいつらはどんな顔をするか。

 野生馬の住処を教えてもらった礼だ。

 びしびしと稽古をつけてやる! ボコボコになるまで!



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 もう日が登った。


 あの馬鹿息子は、今頃素振りでもしてやがるだろうか。

 すたすたと街道を歩いて行くと、前からシズクが歩いて来る。

 代稽古で、早くに出てきてくれたのだろう。


「よ! シズクさん!」


「あ! カゲミツ様! おはようございます!」


 足を止めて、しばらくしてから、2人の顔に笑いが浮かぶ。

 にやにや。


「いやあ、早くに悪いなあ! ははははは!」


「いいよいいよ! ぷ! あはははは!」


「くくく、言ってねえよな?」


「もちろんですとも! むふふふ」


「なあ、あいつらぶちのめすのに、良い場所あるか?」


「冒険者ギルド、知ってる? 魔術師協会の向かい」


「おお、知ってる知ってる」


「マサちゃん、あそこの訓練場で、冒険者達の稽古してるんだ」


「ほおーう、あいつが稽古をなあ」


「にひひ、訓練場、結構広いよ?」


「そうかそうか! 広いのか!」


「訓練場がダメでも、アルマダさんがいる所も良いかも。

 草はあるけど、広いよ。人もいないし」


「そおーか! アルマダの所も広いか! く、くくく・・・」


「にひひひ」


「じゃ、代稽古、よろしく!」


「わかった! ぷぷぷ」


 2人は「しゅた!」と互いに手を上げ、逆方向に歩き出した。



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 魔術師協会、オリネオ支部。

 ここに、1人の男が訪ねて来た。


「お! 随分と賑やかじゃねえか! お疲れさん!」


 にやにやと笑いながら、誰もいない門の前で、挨拶をする男。

 目には見えないが、ここにはレイシクランの忍がいる。

 カゲミツは、はっきりと彼らの場所を見抜いていた。


「お、お前さん、こないだ来てたな? もうちょっと隠れろよ?」


 からからから・・・


「おはよう! 誰かいるかい!」


 さささ・・・


「おはっ・・・」


 出て来たカオルは固まってしまった。

 顔から血の気が引いていくのが、はっきりと感じられる。

 ぷつぷつと額に汗が浮かぶ。


「んん? お前さん、レイシクランじゃあねえな? マツさん付きか?

 や、違うか。こないだいなかったもんな? まあ、深くは聞かねえよ」


「・・・」


「マツさんいるかい?」


「は! お待ち下さいませ!」


 さーと忍が下がって行く。


(くくく! 驚いてやがる!)


 よっと上がり框に腰掛けると、さ、と襖が開く音。


「お父上! おはようございます!」


 ぱたぱたとマツが出て来て、手を付いた。

 カゲミツはにこにこしている。機嫌も良さそうだ。


「よ! 今日はちょっと用事があってな。

 町を通るついでに、寄らせてもらったんだ」


「わざわざありがとうございます。さ、どうぞ」


「あ、いやいや、急ぐから良いんだ。顔見に来ただけ」


「あら・・・そうですか」


 真っ青な顔の忍が茶を持って来て、差し出した。

 湯呑を取って、茶を啜る。


「ん、中々良い葉使ってるな! さすがマツさんだ」


「いえ、安い物ですよ。こちらのカオルさんが、良い物を選んでくれるんです」


「ふーん・・・」


 ちら、とカゲミツの目がカオルに向けられる。

 にやり。


「ま、鼻も良くきくだろうしな」


「は・・・」


「で、マサヒデの野郎は? ギルドの訓練場で稽古してるって聞いたけど」


「はい。冒険者さん達に稽古をつけてくれてるんですよ」


「おお、そうかそうか! あいつも少しは人の役に立ってんのか!」


「ええ。皆様からも好かれておりますよ」


「ほおーう・・・少ぉーしだけ、ちらーっと覗いてやろうかな。

 どんな稽古してんだ? 幇間稽古じゃねえだろうな?」


「まさか! 昨日の稽古では、冒険者さん達を叩きのめしちゃったそうですよ」


「おお、そうか! 少しは真面目にやってんのか!

 じゃ、ちょっと覗きに行ってくるよ! あ、ところで」


 きらり、と一瞬だけ、カゲミツの目が光る。

 う! と、カオルは思わず背を反らしてしまった。


「カオルさん、だっけ。ちょっと頼みがあるんだけど」


「は!」


「アルマダも、この町にいるんだって? 呼んできてくれねえかなあー。

 しばらくぶりだからさ、腕がなまってねえか、見てやりたいんだよ」


「は! 今すぐに!」


 返事の直後、カオルは疾風のように駆けていった。


「じゃ、マツさん。長居出来なくてすまねえけど・・・

 訓練場、覗いてくるわ。アルマダ来たら、訓練場に来いって伝えてくれるかな。

 あと、今の子もさ。ついでだから」


「はい」


 にこ、とカゲミツは笑い、


「お茶、ごちそうさん。また遊びに来てくれよな」


 とだけ言って、出て行った。



----------



 門を出れば、向かいが冒険者ギルド。


「おはようございます!」


「おう! 元気が良いな! 娘に欲しいくらいだ! ははは!」


「えへへ。本日はどのようなご用件でしょう?」


「うん、ちょっと訓練場を覗きたいんだ。息子がここで稽古してるって聞いてな」


「はい! では、こちらにお名前を。すぐ終わりますので」


 差し出された書類。

 ペンを取る。

 カゲミツ=トミヤス。


「ほい」


「はい! あり・・・」


 ぴし! と受付嬢の笑顔が固まる。

 トミヤス。カゲミツ。息子が稽古。


「あ、ああ、ありがとうございます!」


 ばたん! と椅子を倒し、受付嬢は奥に走って行った。

 すぐに受付嬢が駆け戻ってくる。


「す、すぐにギルド長が参ります!」


「いいよ。覗くだけだし。用事のついでに寄ったんだ。

 ま、お忍びってことでさ。オオタさんにはよろしく伝えといてくれ」


「は、はい・・・」


「訓練場、良いか? マサヒデ、来てるよな?」


「ご自由にお使い下さい! ご子息もおいでで御座います!

 訓練用の得物は、手前の準備室でお好きな物を!」


 にやり、とカゲミツは笑った。


「そうかそうか! くくく・・・来てるか!

 じゃ、ちょーっとだけ、使わせてもらおうかな! ありがとよ!」


 受付から離れ、ロビーを通って行く途中、カゲミツはにこにこ笑いながら、幾人かの冒険者に「お疲れさん」とか「ご苦労さん」とか軽く声を掛けながら歩いて行った。

 声を掛けられた者は、皆レイシクランの忍であった。

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