第5話 開眼未満・3


 つつ、と茶を啜って、中からマツが声を掛けてきた。


「マサヒデ様、そろそろハワード様方の着込みが出来上がりますよ。

 少し、重さを見てもらえませんか?」


「おお、そうですか!」


 台所に行き「ハワード」「騎士さんたち」と札の貼られた樽を開ける。

 手を突っ込んで、樽の底にある着込みを持ち上げる。


「ふむ」


 騎士の着込みはこれで良いだろう。普通の服とほぼ変わらない。

 布の服の部分と合わせれば、上着くらいの重さか。

 アルマダの方は、軽くなったとはいえ、まだ少し重みを感じる。


「うむ、騎士さん達の着込みは、これで良いでしょう。

 アルマダさんのは、もう少し漬けておいた方が良いかもしれませんね」


 そう言って、騎士の着込みを取り出す。

 マツはアルマダの着込みを持ち、騎士の着込みを持って、重さを比べた。

 樽にアルマダの着込みを戻し、片手を頬に当てる。


「ううん・・・このくらいだと・・・夕方か、少し前くらいでしょうか。

 そのくらいで、ちょうど良くなりましょう」


「お願いします」


 アルマダの方を樽に戻し、蓋を閉める。


「そうだ、私の着込みの袖の部分」


 樽の上に、マサヒデの着込みの袖が出来上がっている。


「ふむ・・・少し重みが残ってますね」


 マツも手に取る。


「もう少し軽くしますか? これも夕方まで寝かせれば」


「お願いします。む、これはクレールさんの・・・」


 手甲が樽に乗ったままだ。

 あ、とマツが下を向く。


「あ! 申し訳ありません。カオルさんに出してもらって、そのまま・・・

 忘れておりました」


 持ち上げてみる。

 普通の手袋と変わらない重さだ。

 少し軽すぎるかもしれないが、内側の布部分は重さはそのまま。

 クレールにはこれくらいが良いだろう。


「渡してあげましょう。ふふ、きっと驚きますよ」


 手甲を持って、今に戻る。


「さ、クレールさん。手甲が出来ましたよ」


「あ! 出来たんですか!?」


 クレールに手甲を差し出す。


「おお! すごーい!」


 クレールは目を輝かせ、いそいそと手甲を着ける。

 全然重さを感じない。


「これはすごいですね! マツ様、ありがとうございました!」


「いえいえ」


「じゃあ、クレールさんは、これからそれを毎日着けて、慣れて下さいね。

 放っておくと、金属だから錆びちゃいます。

 毎日着けておくのが、錆びないコツなんですって」


「はい! こんな軽いなら、全然平気ですよ!」


「裏の布の部分は取り外しが出来ますから、何着か作ってもらいましょう。

 汗でぷんぷん臭うなんて、嫌ですからね。ちゃんと洗濯もしませんと。

 カオルさんなら、布からささっと作ってくれます」


「はい! カオルさん、よろしくお願いします!」


「お任せ下さいませ」


「じゃあ、アルマダさんのも出来上がったら、届けに行きましょうか。

 ラディさんの手甲もそろそろでしょう?」


「マサヒデ様、全部出来上がってから、まとめて持って行った方が良いのでは?

 毎日、出来ました、出来ました、と訪ねて行くのも」


「ううむ、そうですね・・・」


 そうだ。

 魔剣の、最後の調査がある。あれには、ラディが必要だ。

 その時にまとめて渡せば良いだろう。

 出来上がりまで、あと2日。ちょうど良い頃合いではないだろうか。


「そうだ。マツさん、出来上がったら、ラディさんに来てもらいましょう。

 他にも見てもらいたい物がありますし」


「他にも? 何か・・・」


 はた、とマツも思い出す。

 封印してある魔剣。


「ああ、あれですか。分かりました。そうしましょうか」


 にこにこ笑いながら茶を啜る2人。

 胸中には不安がよぎる。


「何事も無ければ良いですね」


「ええ」



----------



 日没前。郊外のあばら家。


 マサヒデはがさがさと草をかき分けて、入っていく。


「こんばんはー」


「おお、これはマサヒデ殿」


「皆さんの着込みが出来上がりましたよ」


「おお! 出来ましたか! さあ、どうぞ中へ」


 焚き火の前に、アルマダ、トモヤ、騎士2人が座っている。


「おう、マサヒデ」


「マサヒデさん、着込みが出来たんですね」


「ええ。さあ皆さん、試してみて下さい」


 マサヒデが「ぱさ」と包みを開ける。

 アルマダは顎に手を当て、じっと着込みを見る。


「見た目は全然変わりないですね・・・」


 す、と手を伸ばして持ち上げた瞬間、アルマダの動きが止まった。


「む!」


「どうした、アルマダ殿?」


「こ、これは・・・これが、着込みか・・・?」


 ゆっくりと、アルマダがトモヤに渡す。


「うん? ・・・何じゃこれは!?」


 着込みを持ったトモヤも、目を丸くして驚いた。

 触った感じは、変わりない。ちゃんと金属。

 なのに、全然重さがない・・・


「鎖、じゃな・・・うん、ちゃんと鎖じゃ。重くないぞ!?

 一体、これは何じゃ? 変な感じじゃのう・・・」


 すりすりと、トモヤが着込みを撫で回す。


「さあ、皆さんも」


 騎士達も各々の着込みを手に取って、目を見開く。


「これは!?」


「ただの服のようだ・・・でも、鎖帷子だ!」


「すごい! これなら肩が凝らない!」


「マサヒデ殿、この軽さで固さはそのままと!?」


「ええ。そうですよ。試しても構いませんよ」


 がさっと1人の騎士が着込みを着て、もう1人が軽く剣を落とす。


「う!? 斬、斬れない・・・ちゃんと鎖帷子だ!」


「すごい・・・」


 アルマダも、皆の様子を見て、着込みを着る。


「ううむ・・・これはすごい・・・買ったら一体いくらするのか・・・」


 ぐるぐると腕を回したり、肩や腰を回したり。


「全然、重さの抵抗がない。これは素晴らしい!

 改めて、マツ様にお礼をお届けしますよ」


「ははは! お礼なんて、ありがとう、だけで良いんですよ」


「いや、これは正に逸品ですよ・・・

 言葉だけで済ませられる物ではありませんよ」


「また大袈裟な」


 ば! とアルマダがマサヒデの顔を覗き込む。


「う!?」


「マサヒデさん! これ、金貨100枚や200枚で買えるような代物ではありませんよ? なんの礼もいらない、なんて言われても、こちらが困るのです!」


「え? 困るんですか?」


「そうです!」


「そうなんですか・・・あ、じゃあ、礼は代わりにここで私が受け取ります。

 竹刀、ありますか? ちょっと、アルマダさんに練習台になってもらいます」


「竹刀? 練習台? 何か新しい技でも思い付いたんですか?」


 アルマダが胡乱な目を向ける。


「技と言うより、基本をほんの少し応用しただけの物です。

 今まで気付かなかっただけです。カオルさんに試してもらったんですが・・・」


「が?」


「肋が折れちゃいましてね。あまり練習出来ませんでしたから。

 受けの練習台になって下さいよ。それで礼としましょうか」


「肋を・・・あのカオルさんが、ですか・・・良いでしょう」


 アルマダは立ち上がって、あばら家の中から、竹刀と木剣を持ってきた。


「では、どうぞ」


 アルマダが木剣を持ち、マサヒデは竹刀を持つ。

 向かい合い、マサヒデはいつもより一歩離れた所で構える。


(間合いが遠いな?)


 アルマダも木剣を構える。


「じゃ、行きますよ。受けて下さいね」


 さ! とマサヒデが跳んで来て、横薙ぎに払ってくる。

 地面とほぼ水平。

 すごい速さだ!


「う!」


 上に立てるように上げて流したが、流しきれない。

 がん! と音がして、アルマダの剣が弾かれそうになる。

 回りながら、立てた剣を正眼に下ろした所で、ぴた、とアルマダは止まった。

 マサヒデはもう構えていた。

 立ち会いであったら、背中から斬られていた・・・


「行き・・・あっ」


 マサヒデの竹刀が割れていた。


「ううん・・・くそ! まだだ・・・」


 悔しそうに、マサヒデはぶん、と竹刀を振って、歩いてきた。

 さー・・・と皆の顔から血の気が引いていく。


「まだまだ掴みきれない所があって・・・

 もう少し練習したかったんですが、残念です。

 竹刀は、弁償しますから」


 アルマダは喉を鳴らし、


「今の、何なんです・・・基本?」


「基本の、少しだけ応用です。気付けば簡単な事なんですけど、これが深くて」


「簡単? 簡単なんですか?」


「ええ。分からなかったんですか?」


「はい・・・」


「私は、カオルさんとの試合を思い出して、これに気付きました。

 アルマダさんは、横から見てたでしょう?

 良く思い出して下さい。簡単なことです」


「カオルさんとの試合・・・あの時ですか」


「じゃあ、遅いのでそろそろ。皆さん、おやすみなさい」


 くるっと背を向けて、マサヒデは去って行った。

 あれは一体何だったんだ・・・

 皆、沈黙して、マサヒデが出て行った門を見つめていた。

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