第25話 アルマダ、魔剣を持つ


 からからから。


「失礼します。ハワードです」


(助かった!)


 カオルはマツとクレールの視線を避けて立ち上がり、玄関にさーと向かった。


「やあ、カオルさん。どうも」


 カオルの顔色がおかしい。

 は! として、アルマダの顔から爽やかな笑みが消え、緊張した顔になる。


(ハワード様! お助け下さい!)


(どうしました?)


 ささ、と目を配りながら、アルマダは剣に手を掛けた。


(違うんです! 奥方様お二人の目が、私に!)


(マツ様とクレール様? 何があったんです?)


(先日、私とご主人様が出掛けた際、何か勘違いを・・・お二人がすごい嫉妬で)


 本当は勘違いではないが・・・

 ぷ、とアルマダは吹き出し、


「ははははは!」


「ハワード様!?」


「まさか、そんな事で呼んだんじゃないですよね?」


「い、いえ・・・」


「じゃ、上がらせてもらいますよ」


「は・・・」


 居間に入れば、ぷんぷんしたマツとクレール。

 2人を無視して、まんじゅうを食べるマサヒデ。


「やあ、マサヒデさん」


「アルマダさん。待ってましたよ。まあ座って下さい」


 す、とアルマダがマサヒデの前に座る。


「で・・・私1人だけで、急ぎの用とは?」


「驚かないで、大声を出さないで下さいよ。ま、こちらを」


 すー・・・と、袱紗に包まれた、小さな箱が出される。


「これは?」


「開けてみれば分かります。さ、どうぞ」


 袱紗を開いた瞬間、アルマダが「あ!」と目を見開く。

 尋常ではない雰囲気が、箱の外からでも感じられる。

 指が止まり、はらりと袱紗が落ちる。


「・・・」


「開けて下さい」


 喉を鳴らし、箱を開けると、何でもない、みすぼらしいただのナイフ。

 だが、見ただけで分かる。

 この姿、この雰囲気は異常だ。


「やはり、見ただけで分かりますか」


「分かります。これが・・・これが、あの・・・」


「はい。魔剣です」


「魔剣・・・これが・・・」


「手に取って、見て下さい」


 恐る恐る、手を伸ばす。

 触れた瞬間。


「う!」


 鞘から、黒い霧のようなものが一瞬漏れ、びくっと手を引く。

 触れた指先が何かを感じ、指から身体の中まで、何かを感じた。

 戦慄が走り、額に汗が滲み出る。


「・・・」


「さあ、手に取って、抜いて下さい」


「・・・はい・・・」


 そっと手を伸ばし、ぐっと柄を握る。

 鞘からもやもやと黒い霧が溢れる。

 ナイフから身体中に何かが流れ込む。

 これが、魔剣・・・


「すー・・・ふうー・・・」


 深く深呼吸して、ゆっくり抜いてみる。


「こ、これは・・・」


 ぴたりと手に吸い付く握り。

 完璧なバランス。

 黒く、禍々しい霧がもやもやと出ているのに、神々しい刃。


「魔剣・・・確かに、これは魔剣だ。ただの魔術のかかったナイフじゃない。

 これは、間違いなく魔剣・・・」


 だらだらと汗を流すアルマダ。

 さすがにこの反応は見飽きたのだろう。

 ね? という感じで、マツもクレールもアルマダの顔を見ている。


「どうぞ」


 と、カオルが茶を差し出し、は! と正気に戻る。


「お使い下さい」


 手拭いが差し出され、身体中に冷や汗が流れているのを自覚する。

 す、と鞘に戻し、震える手でそっと魔剣を置く。


「す、すみません」


 カオルの手から手拭いを受け取り、額の汗を拭く。

 ふう、と一息ついて、湯呑を取る。


「すごい出来ですね。柄と鞘は、ホルニコヴァさんのお父上につけてもらったと」


「はい。抜いた時に分かったと思いますが、誰が握っても特注品のようにぴたりと手に収まる。恐ろしい出来です」


「握った時に、何かが・・・こう、身体を満たすような・・・」


「私達には何の力か分からなかったですが、大量の魔力が流れ込んでいるんです」


「なるほど・・・魔術を使わない私でも、はっきりと力を感じられました。

 うむ、恐ろしい力ですね・・・」


「私は、この魔力はこの魔剣の力を使う為の・・・何と言うか、副産物のような?

 そんな物かと考えています。これだけでも、確かにすごいですのが・・・

 魔力だけでは、ちょっとこの異常な雰囲気はおかしいかなと」


「でしょうね。魔術を大幅に強化する、その為の魔力の補助とか・・・

 確かに、魔術関連の品という推測は、間違っていないと思います」


「で、この通り魔剣は完成。場所も見つけました。次は、調査です」


「いつ頃?」


「ラディさんも一緒に来てもらいたいのですが、この魔剣の柄と鞘を作るために、随分と苦労してもらって・・・先程これを届けてくれたんですが、今にも倒れそうな感じでした。2、3日はゆっくりしてもらい、その後、天気の様子を見て、と」


「分かりました。いつでも行けるように準備しておきます」


「今回は、クレールさんとラディさんに、調査のついでに山登りと野営を経験してもらいたいと思っています。調査がすぐ終わっても、山で1泊はしたいですが、大丈夫でしょうか」


「もちろんです。他に用事があっても、全部蹴りますよ」


「ありがとうございます」


「あの、もう一度見せてもらっても・・・」


「もちろん」


 す、と手を伸ばす。

 もやもやと流れ出る、黒い霧。

 鞘から出せば、全く光を反射しない刃。

 どう見ても禍々しく、しかし、神々しい刃。

 これが、魔剣。

 どんな力があるのか・・・


 じっと見たまま、厳しい顔で、ぴくりとも動かないアルマダ。

 くい、とマツがマサヒデの裾を引っ張るが、マサヒデはクレールにも見えるよう、口に人差し指を当てる。


 緊張感が、部屋を包む。

 マサヒデとカオルも、抜かれた魔剣をじっと見る。


 何度も、ちりん、ちりん、と風鈴が鳴った。

 四半刻ほど、アルマダはそのままじっと魔剣を見ていた。

 そして、ぎゅっと目を瞑った後、す、と鞘に収め、そっと箱にしまう。

 もう少し。名残惜しい。そんな感情が、ありありと見て取れる。


「ありがとうございました」


 静かに頭を下げ、すーと箱をマサヒデの方に戻した。

 そこに、がらっ! と勢いよく玄関の開く音。


「たっだいまー!」


 シズクだ。

 どすどすと廊下を歩いてくる。


「おかえりなさい」


「あ、ハワードさん、こんにちは」


「お邪魔しております」


 どん、と座るシズク。


「ラディさんは大丈夫でしたか」


「途中で歩けなくなっちゃってね。おぶってくって言ったら恥ずかしい、なんて」


「歩けなくなってしまいましたか・・・」


「で、長椅子に座ってたら、寝ちゃった」


「ちょっと、放って来ちゃったんですか?」


「まさか! おんぶが恥ずかしいって言ってたから、だっこして、ちゃんとお店まで連れてったよ。起きないように、ゆっくりね」


「ははは! だっこしてですか!」


 皆が笑い出した。


「なんだよお」


「ふふふ、ありがとうございました」


「ちゃんと送ったぞ? なんで笑うんだよー」


 ごろん、とシズクは転がって、肘枕で壁に向いてしまった。

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