第24話 冷たい目線


 ちりーん。

 

 風鈴の小さな音が、静まり返った部屋に響く。

 皆が、小さな魔剣をじっと見つめている。


「クレールさん。持って頂けますか」


「は、はい・・・」


 刃が黒い以外、どう見ても、そこらの冒険者が持っている安っぽいナイフ。

 だが、それは見た目だけ。

 最高の腕の鍛冶屋。最高の素材。気を失うまで、精魂込めて作り上げた逸品。

 

 ぷるぷると震える手で、クレールが魔剣を握る。


「は!」


 違う。

 握ると湧き出る黒いもや。

 全身を満たす魔力。

 魔剣の力。

 だが、それ以上の何かを感じる。


「う、う、う」


「抜いてみて下さい」


「・・・」


 恐る恐る、抜いてみる。

 あの2人が震える程の・・・


「あ!?」


 確かに金属の重みはあるが、バランスがぴったり。

 マサヒデがやっていたように、縦にしたり横にしたりしても、ぴったり。

 すごく持ちやすい。

 自分用に特別に作られたように、手に馴染む。


「すごい・・・オーダーメイドみたいに、ぴったり・・・」


「私やカオルさんが持っても、ぴったりなんですよ・・・」


「・・・」


 ぶる、と身体が震える。

 誰が握ってもぴったりだなんて・・・


「これが、ラディさんのお父上の、腕なんですね」


「ええ」


「魔術ではなく、技術で、ここまで・・・」


「恐ろしい腕です。この魔剣の刃がなくても、魔剣と言っても良い出来だ」


 ごく、とクレールの喉が鳴る。

 ぷるぷる震える手で、そっと魔剣をしまう。


「魔剣は、これで出来上がりました。

 ラディさんは、あの通り、すごく消耗していました。

 数日休んで頂いたら、天気を見て・・・行きましょう」


「力の調査に行くんですね」


「そうです。カオルさん。アルマダさんに、急いでここに来るよう、呼んできてもらえますか。他の人は連れて来ないよう、必ず1人でと」


「は」


 カオルが音もなく消えた。

 魔剣をじっと見て、マツに声をかける。


「うむ・・・マツさん。調査の際は、マツさんも来て下さいますか。

 仕事があれば、構いませんが」


「え、私もですか? 私では、力が分からないって・・・」


「我々の中では、マツさんが一番魔術に対する目があります。

 私達が見ても使っても分からないものも、マツさんなら見抜けるかもしれない。

 それと、出来れば防護の魔術も、皆にかけてほしいんです」


「ああ、何があるか分かりませんものね」


「今回は、クレールさん、ラディさんの旅の歩きの演習も兼ねます。

 マツさんはこれに付き合わなくて良いですよ。

 風の魔術とかで、さらっと飛んで、目的地まで行ってもらっても構いません」


「マサヒデ様、せっかくですから、私も歩いてみたいですけど」


「それならそれで構いませんよ。

 疲れる、ついて行けないと思ったら、先に飛んでってもらうって感じでも」


「じゃあ、そうしますね」


「それと、今回は魔剣の調査がすぐに終わっても、泊まりにします」


「泊まり・・・野営ですか!?」


 クレールの目が輝き、マサヒデはにっこり笑った。

 お嬢様育ちのクレールには、初めての経験だろう。


「そうです。

 実際は、ほとんど街道を使うので、道のない山登りなんて、まずないと思います。

 ですが、絶対にないとも言い切れませんしね。練習だと思って」


「わあー! 野営なんて初めてです!」


「魔術もありますから、水にも火にも困りません。

 土の魔術で簡単に野営の場所も作れる。

 必要なのは、寝袋と非常食、着替えくらいですね。

 この魔剣があれば、魔力切れも心配ないでしょうし」


「うわあー! 野営! 楽しみです!」


「ふふふ。楽しいだけで済めばいいですけどね。先程言った通り、練習です。

 山登りはきついですが、クレールさんとラディさんには歩いてもらいます」


「はい!」


「ちゃんと得物も・・・と言っても、クレールさんは杖だけですね。

 あ、そうだ。得物と言えば・・・うーん・・・」


「どうされました?」


「ええ。ラディさんには、銃を持ってもらおうと思ってるんですが、まだ買ってませんでしたね。それも準備しないと」


 ぴく、とマツの眉が動く。

 ぴく、とクレールの眉が動く。


「そういえば、先日カオルさんと見に行ってましたね・・・」


「カオルさんとですか? ふーん・・・あれですか・・・」


「ええ。良い物があったんですが・・・そうだ、銃には弾薬がいるんだ。

 重くなりますね。かと言って、弾薬は他の人になんて・・・

 ラディさんは、結構きついかもしれませんね・・・ううむ」


 マサヒデもマツもクレールも、眉をしかめる。


「ううむ・・・高い買い物になりますね。

 買う物は、ラディさんにきちっと見てもらってから、決めましょうか。

 ラディさん、銃の目利きも出来るでしょうか・・・」


「ふうん・・・ラディさんとお出掛けですか?」


「ラディさんの家のすぐ近くですからね。お出掛けなんてものじゃありませんよ」


「ふーん。そうですか」


「2、3日したら、お礼も兼ねて、一度工房に行ってきましょう」


「・・・」


 2人の顔を見て、マサヒデがにや、と笑った。


「んん? どうされました。そんな顔して。

 ははあ、マツさん、今度はラディさんにまで嫉妬ですか?」


「ふん!」


「得物を買いに行くのまで嫉妬されるのは、ちょっと困りますね。

 おや、クレールさんまで」


「ふーん!」


「お二人共、一緒に来てもらって構いませんよ。

 でも、銃を見に行くのなんて、あまり楽しいものではないと思いますが」


「・・・」


「まあ、帰りに厩舎にでも寄って、皆の様子でも見に行くのも良いですかね」


「そんな事でごまかされませんからね!」


「そうです!」


 拗ねる2人を見て、マサヒデは声を出して笑い出してしまった。


「ははは! 第三婦人はラディさんですか! ははは!」


「もう!」


「冗談でもやめて下さい!」


「ははは!」


 からからから。


「お」


「只今戻りました」


「おかえりなさい。アルマダさんは?」


「すぐに」


「そうですか」


 ん? とカオルがマツとクレールを見る。

 二人共、つんと顔を背けている。


「あの・・・どうかされましたか?」


「ラディさんの銃を見に行こうかと言ったら、こんな調子で」


「ああ、先日・・・」


 ぴしり、とマツとクレールの視線がカオルを捉える。


「・・・見つけた、あれですか・・・」


 カオルの背に、冷たい汗が流れる。

 まずい。クレールにも知られていたか。


「ええ。せっかくの機会、ちゃんと得物を持って歩こうと思いましてね」


「左様で・・・」


 この場にはいられない!

 2人の視線だけで殺されそうだ。

 この2人なら、一歩間違えば・・・やる。


「・・・シズクさんの方も、見に行って参ります」


「大丈夫でしょう。それより、何か甘い物でも出してもらえますか?」


「は」


 台所に下がるカオルの背に、2人の重い視線がのしかかる。


(ご主人様はなぜ平気でおられるのだ・・・)

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