第31話 レイシクランの力


 すんすん。


「はっ!」


 がば! とクレールは身体を起こした。

 これは食べ物の匂い!


「ふふふ。お見事でした」


「マサヒデ様・・・?」


 くるくると周りを見回すと、ここは食堂。

 皆がわいわいと食事を食べている。


「さすがクレール様だよ! あれはびっくりしたよー」


 シズクもいる。


「お腹が空きました、といって倒れてしまったので、食堂まで連れてきました」


「はっ! ・・・お、お恥ずかしい所を・・・」


 ぼん! と顔が赤くなり、クレールは俯いてしまった。


「もうすぐ、クレールさんがきっと満足してくれる食事が来ます。

 それまで待ってて下さいね」


「はい・・・」


「完全に、姿も気配も消えましたね。全く手応えもなかった。

 忍の術とか、そういったものではない。完全に消えました。

 驚きましたよ。あれが、レイシクランの力のひとつですか?」


「はい、そうです」


 がらがら、とワゴンが来る。


「来たよ! ジャンボ肉だ!」


「お! 来ましたね!」


 メイドが3人がかりで、一抱えもある肉を、どん、とクレールの前に置いた。


「さあ、クレールさん。どうぞ」


「え!」


「それだけじゃ足りないでしょう? まだ来ますから」


「ええー!? ほんとですか!?」


「ええ。それと同じのが、あと4枚」


「うわあ・・・」


 ジャンボ肉を見つめる輝く瞳。

 マサヒデを見つめる時よりも輝いてそうだ。


「では、では、頂きます!」


 ナイフとフォークを取り上げ、しゃしゃしゃ! と切って、ぽんぽんと口に放り込んでいく。あっという間に1枚が終わる。


「次、お願いします」


 待っていたワゴンの1枚が、またテーブルに乗せられる。


「わーい!」


 これもすぐに終わる・・・


「マサちゃん、ほんとに食べちゃいそうだよ?」


「いいんじゃないですか? 何でもタダになりますよ? 次お願いします」


 よいしょ、とメイド3人が皿を乗せる。


「まだあるんですね! お腹一杯になりそうです!」


 しゃしゃしゃ! もぐもぐ、ごくん。


「お代わり下さい!」


 メイド達が目を見開いて皿を見つめる・・・


「申し訳ありません。あと2枚、まだ焼けておらず。しばしお待ち頂けますか」


「はい!」


 ワゴンをからからと押して、メイド達が厨房へ下がって行く。

 ふふ、とその後ろ姿を見て、マサヒデは笑った。

 初代ジャンボ肉勝利者は、クレールだ。


「ところでクレールさん、お聞きしたい事が」


 ナイフとフォークを握ったまま、クレールが赤く輝く瞳を向ける。


「はい! なんでしょう!」


「クレールさんて、他にどんな力があるんです?」


「えーとですね、少しだけ空が飛べます!

 でも、お腹が空くと落ちちゃうので、あまり高くは飛べないです!」


「え! 飛べるんですか!?」


「はい! どうです、すごいでしょう? 私達、翼がなくても、飛べるんですよ! 翼とか羽とか魔術とか、そういうのを使わずに飛べるのは、私達と魔王様の一族の方だけです」


「おお、それはすごいですね!」


「あと、シズクさんみたいに力持ちになれますよ!」


「クレールさんの体格で、鬼族くらいにですか!?」


「シズクさんの持ってる鉄棒くらいなら、多分曲げられます!」


「え!? ・・・シズクさんも、曲げられますか?」


 シズクは腕を組んで考える。


「うーん、いけるかなあ? 普通の鉄ならいけるけど、あれ鍛冶族が作った鉄だからね。ちょっと無理かも?」


「あ、あれ鍛冶族の鉄だったんですね・・・じゃあ、私も多分無理です・・・」


「2人とも、普通の鉄ならいけるんですか・・・」


「頑張ればね」


「私も試した事はないですけど、普通の鉄なら多分いけると思います!」


「そうですか・・・他にもあります?」


「動物と喋れます! 言ってる事が分かります!」


「え、動物とですか? 例えばどんな?」


「賢いって言われてる動物だと、大体分かります。犬とか、猿とかです。

 話し掛けると、普通に返してくれてるんですよ。

 虫とか鳥は、感情がなんとなーく分かるくらいです」


「じゃあ・・・馬も分かります?」


「もちろんです!」


「おお! マサちゃん!」


「シズクさん!」


 マサヒデとシズクが、きらきらした目で見つめ合う。


「む・・・どうしたんですか、2人して」


「おお、クレールさん、聞いて下さい。こないだ、馬を4頭捕まえてきたんですよ!

 1頭はアルマダさんのですが、3頭は私達のものです!」


「お、おお! 馬ですか!? どんなのですか!?」


「みんなすごく大きくて、でも動きは重くなくて。

 馬屋さんがびっくりしちゃうくらい、大きな馬なんですよ。

 黒影っていうカオルさんの馬なんか、馬屋さんが見た時にそりゃあ驚きましてね。

 『これは本当に馬か!?』なんて言ってましたよ」


「ええー! そんなに大きな・・・」


 がらがら・・・


「おっと、次が来ましたね。まずは食べて下さい」


 よっこいせ、とメイドがジャンボ肉(4枚目)を乗せる。


「はい! では遠慮なく!」


 さささっ! もぐもぐ!

 少しペースが落ちたか。それでも、あっという間になくなってしまう。


「・・・こちらが最後になります」


 うんしょ、とメイド3人が、最後の肉を乗せる。


「え・・・もう最後なんですか・・・」


「クレールさん。食べきったら、何でもタダですよ。もうジャンボ肉は材料がありませんから無理ですけど、他の物なら何でも追加できます」


「ええー! さすが冒険者ギルドは太っ腹ですね! では頂きます!」


 うん、うん! と味わって食べている。

 とにかく腹へ! という感じではなくなったが、全然余裕そうだ。


「・・・すごいね、マサちゃん・・・」


「ええ・・・」


「ごちそうさまでしたー!」


 ジャンボ肉を食べ切り、クレールが声を上げると、食堂に冒険者の歓声と拍手が上がった。皆が大騒ぎだ。

 歓声の中、メイドがクレールの側まで静かに歩いてきた。


「クレール様。ジャンボ肉を食べ切ったのは、クレール様が初めてです。

 記念に、肖像画を飾りたいと厨房の者が言っております。

 どうか、お聞き届け頂けますでしょうか?」


「えー、肖像画ですかあ? ずっと動かないでなきゃいけないじゃないですか。

 あれ、疲れちゃいます」


 クレールが不機嫌そうに顔をしかめる。


「クレールさん。この肉を食べ切った者は、このギルドが出来てから、あなたが初めてなんですよ。せっかくですから、描いてもらったらいかがです? あなたの顔が、この食堂に飾られます。冒険者達が皆、あなたの顔を見て食事をするんですよ。正に栄光じゃないですか」


「うーん・・・」


「そうだよ! 私でも食べ切れなかったんだよ! クレール様すごいよ!」


「少しくらい疲れても、このギルドに、あなたの顔と名が後世まで残るんです。

 魔の国だけでなく、人の国にもあなたの名が残るんです。私は良いと思いますが」


「そうですかねえ・・・」


「そうだよ! クレール様、すごいよ!」


「そうですよ」


「んー・・・分かりました。じゃあ、適当な服を選びましたら、改めて参ります。

 明日で良いですか?」


「ありがとうございます。厨房の者も、皆、喜びましょう」


 綺麗にメイドが頭を下げる。


「うん、じゃあ今のうちに服を見繕ってもらうよう、報せを送っておきましょう」


 マサヒデがちら、とカオルに顔を向けると、こくん、と頷いてカオルは出て行った。


「では、絵は明日で、今日は食べます。やっぱり力を使うとお腹が減りますねえ。

 これとこれと・・・あとこれも下さい。

 お酒は・・・うーん、どれが美味しそうな物か分からないですねえ・・・

 ワインは・・・」


 まだ食べるのか!? と、だらだらとメイドが汗を流す。

 そのメイドの顔を見て、にやにや笑うマサヒデとシズク。


「クレール様、私はお酒はこれが良いと思うな。ちょっと匂いに癖があるし、ワインより強いから、あまり量は飲めないかもしれないけど、この癖に慣れたら中々だと思うよ。氷入れて、冷やして飲むと美味しいよ!」


「ふむ。じゃ、お酒はこれ下さい」


「私もそれ1本頼むよ。氷もね」


「は・・・」


 さらさらと注文票に書き込み、メイドが厨房に行く。


「ふふ。クレールさん、あまりジャンボ肉ばかり食べないで下さいね。

 仕入れが大変だそうですから、せめて月に1回くらいで勘弁してあげて下さい」


「そうだったんですか。まあ、あれだけの量は中々食べられませんし、そのくらいで我慢しましょうか」


「いくら食べられるからって、あまり食べて太らないように気を付けて下さいね。

 ドレスが入らなくなったら大変ですし」


「マサヒデ様、そのくらいは心得ています!

 今日は力を使って、もうお腹が空いて大変だからなんです!」


「ははは! じゃあ、食べ終わったら、一度ホテルに戻りましょうか。

 絵に残るんですから、気合を入れてドレスを選びませんと。送りますよ」


「うーん、馬と会いたいですけど、仕方ないですね・・・」


 あまり気乗りのしない返事をして、ぱら、とメニューをめくるクレール。

 しかし、味に不満はなさそうだ。やはり、空腹は最高の調味料。

 やったね、とマサヒデとシズクは顔を見合わせた。

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