第30話 特別師範・クレール・3
そろそろ昼が近い。
クレールの稽古は順調で、大喝采の連続だ。
訓練場の皆が周りに集まり、クレールの魔術に大興奮している。
シズクも目を輝かせ、クレールの戦いぶりを見ている。
さて、そろそろか。
まずはシズクだ。
「次の相手は私が指名します・・・シズクさん!」
「え!?」「ええー!?」
2人が驚いている。
冒険者達は「おお!」と声を上げる。何度も稽古をしているシズクの強さは、冒険者達の間でもすごい評判になっているのだ。
ふふ、とマサヒデはシズクの近くまで歩いて行って、
(腕を認めてもらうんですよ)
と、小さく囁く。
「お、おお! あれか!」
シズクに気合が入る。
ふ、と笑って、クレールの所まで歩いて行く。
(クレールさん。私との試合の時より、シズクさんは遥かに強くなっています)
と、言葉を止め、くる、と軽く周りに集まった冒険者を見回す。
クレールは強くなった、と聞いて、少し不安気な顔だ。
(皆さんをがっかりさせないで下さいね。あなたは『師範』です)
は! と目を開き、クレールはぐっと拳を握る。
「はい!」
「さあ! シズクさん、こちらへ!」
「おう!」
どすどすと歩いて、シズクがクレールの前に立つ。
「ク、クレール様! よろしくお願いします!」
「こちらこそ! よろしくお願いします!」
「お二人共、稽古ですから、あまり本気になりすぎないで下さいね。あと、周りの物、壊さないで下さいね」
「はい!」「はい!」
「では、構えて下さい」
び! とシズクが構える。
クレールがゆっくり杖を上げる。
「はじめ!」
「お?」
開始の合図と同時に、どすん、と音がして、シズクの足が足首辺りまで埋まった。
穴もぴったりしまって、普通なら抜けるものではない。
クレールが「やった!」という顔をしたが、シズクはにや、と笑った。
重いシズクには、水球の魔術は余程大きくなければ効果がない。風も、かまいたちのような物でなければ、大して効かないだろう。だが、クレールはかまいたちは苦手。となると、クレールの手なら火か土の魔術が正解だ、とマサヒデも思う。
だが、この程度埋まった所では・・・
「さすがクレール・・・様ッ!」
シズクが埋まった足を蹴り上げる。
埋まった地面ごと蹴り上げられ、土の塊が飛び、砂が舞う。
「!」
ものすごい勢いで飛んでくる土の塊。
あ! と魔術で砂にするが、ばさっと砂をもろに顔に被ってしまい、目にも鼻にも砂が入ってしまう。
舞い上がった砂の向こうから、どん! と音。シズクが飛んでくる!
咄嗟に自分の足元に穴を開け、穴に潜る。
頭の上を何かが通り過ぎ、ぶん! と重い音がした。さっと砂の屋根を薄く張る。
どすん! と音がして、潜っている穴の周りの土がぱらぱらと落ちる。
「あ、あれ? あれ?」
シズクの声がする。
咄嗟に出た行動だが、上手くいったようだ。
(ふふーん。やりましたー)
上は濃い砂埃。さて、ここに雨でも降らせたら?
狙いは適当で良い。泥水が降り注いでくれれば、大成功。
上の屋根も、水の重さで落ちないよう、見た目は不自然にならないよう、気を付けて。土の魔術はそれほど得意ではない。気を付けなければ。
塊にならないよう、薄く水を張って・・・
降りすぎると泥が流れてしまうから、少しだけ・・・
(それ!)
「うわ!?」「なんだ!?」「雨か!?」
シズクの声。冒険者達の驚いた声。
(大成功です!)
屋根に小さく穴を開け、そっと蝶を地上に飛ばす。
蝶の目で覗く・・・シズクが泥だらけで、顔を拭っている・・・
よし! 思い切り集中・・・
(ここだ!)
シズクの周りに深い穴が「ぼん!」と空く。
「うひぃあ!」
どすん! これも大成功! 泥で埋めてやれ!
ずむん! と音を立てシズクが泥で埋まり、生き埋めのように顔だけが出ている。
(やったー!)
すー、と穴から出て、シズクの側までゆっくり歩いて行く。
笑いが止まらない。
「うぇーへへへへへ! 私の一本ですね!」
にや、とシズクが笑う。
「さすがクレール様、やるじゃないか。でも・・・まだまだ!」
どぼん! と大きな音がして、地面が盛り上がり、クレールは吹き飛ばされた。
首まで泥で埋まっていたのに、地中から棒を振り上げたのだ。
慌てて空中で風の魔術を出し、ふわっと着地した所で、シズクが泥を巻き上げて地上に飛び上がってきた。
うおお! と冒険者達が大歓声を上げる。
シズクが飛びかかろうとぐっと腰を落とし、クレールの髪がばさっと上がって大量の蝶が出た所で、
「そこまで!」
と声がかかった。
え? とクレールもシズクもマサヒデを向く。
「これ以上やったら、どっちか死んじゃいます! ここまでです!」
わあ! と声が上がり、大歓声と拍手が浴びせられた。
「クレールさん、初手は失敗でしたが、咄嗟に自分の足元に穴を開けて潜るとは。その後の手も、お見事でした」
皆に聞こえるよう、大きな声で褒める。
「おお!」「それでいなくなったのか!」と声が上がる。
「しかし、シズクさんを甘く見すぎましたね。初手も、泥で埋めた時もそうです。相手の力量をしかと見定める目を養って下さい」
「は、はい!」
「シズクさん。クレールさんの策を躱しましたね。お見事です」
「すごかったな!」「まさか生き埋め状態から・・・」
驚きの声がまだ上がる。
「しかし、食らってから躱すようじゃいけません。もう少し強い魔術だったら、あなたはあの世行きでした。もろに食らってしまう前に、少しでも躱せるようになって下さい」
「わかった!」
「さて、クレールさん、シズクさんに水を浴びせてもらえますか。泥だらけです。あなたも」
「はい」
2人の頭の上に水球が出来、ばしゃ、と落とされ、泥が流れる。
「さあ、クレールさん。今日の稽古は次で最後です。よろしいですね」
ついに来てしまったー!
どうしよう!
「私の得物は竹刀ですから、当たってもちょっと痛いだけです。治癒魔術で簡単に・・・」
どうしよう! どうしよう!
どこまでやってもいいんだろう!?
そ、そうだ! マツさんの策!
「さて、皆さん! 本日の稽古の最後は、私とクレールさんの再戦です!」
うおおお! と訓練場がどよめく!
この空気で「お腹が空きましたあ~」は許されるのか!?
「クレールさんは魔術だけではありません!
彼女は魔族! それも、種族特有の、すごい力を持っています!
試合の時は、それを封じて魔術のみで戦ってくれたのです!」
「おお!」と声があがり、冒険者達が期待の目でクレールを見つめる。
「しかしこの力、身体の力を一気に使い果たしてしまうほどの、怖ろしい技です!
一度しか見られません! ほんの数秒も見られないかもしれません!
皆さん! 始まったら、瞬きをせずに見て下さい!」
「「「「はい!」」」」
うぇえーーーー!
マサヒデ様! 煽りすぎですー!
そうだ! 逆に、ここで乗っかってしまえ!
「マサヒデ様! 最初から、本気で行きます! 即決します!」
「・・・良い気迫です・・・シズクさん。審判を頼みます」
「任せてよ!」
3人は中央に向かう。
「じゃ、構えて!」
マサヒデは無形に構える。
クレールは、今までと違って、杖を両手でぐっと握り、顔の前で垂直に立てる。
(これでそれっぽく見えるだろうか!?)
こんな構えなど必要ないのだが・・・
「いいかい? じゃあ・・・はじめ!」
と、声がかかった瞬間、マサヒデはクレールに突っ込む。
ふ、とクレールの姿が、霧も残さず、一瞬で完全に透明になって消える。
(おお!?)
マサヒデが竹刀を振るが、何も手応えもない。
カオルの術のようなものではない。
魔術で空や地中に逃げたのではない。
完全に消えている! 気配もない!
「ええ!?」
シズクが驚いて声を上げる。
マサヒデの周りにぽぽぽぽぽ、と水球が浮かび、地にいくつも穴が開き、風が巻き上がる!
(む!)
巻き上がった風に乗って、水球の群れの向こう側に着地した所で、ふわ~っとクレールの身体が薄く、段々と濃く浮き上がって・・・
「まひゃひえはま・・・」
目を回し、ぱたん、とクレールは倒れた。
浮いていた水球が、ばしゃん! と地に落ちる。
「あ!?」「ちょっと!?」
慌ててマサヒデとシズクが駆け寄ると、
「おう、うおえまへん・・・おらかぎゃ・・・」
思わず、マサヒデは笑い出してしまった。
シズクもげらげら笑い出した。
クレールの声を聞いた冒険者達も笑い出した。
(とばしすぎました~。消えて魔力を使ってはいけなかったです~)
だが、演技をせずに自然に倒れられた。これで良かったかも・・・
空腹のあまり、クレールは気を失ってしまった。
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