第17話 サクマの乗馬講座・3


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※当話の馬の乗り方は、調教済の馬の乗り方です。

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「では・・・止めて下さい」


 2人が馬を止める。


「一旦休憩を入れましょう。馬もずっと動きっ放しで、疲れております。

 1時間ほど、しっかり身体を休めて下さい。

 さあ、馬にご褒美をやりましょう。さ、手を出して」


 サクマが腰の袋から角砂糖を出し、2人の手に乗せる。


「これをご褒美にあげて下さい。馬はみんな甘党です」


「はい!」


 2人は速歩が出来た喜びからか、うきうきしながら馬を褒め、角砂糖を与えている。馬も2人から角砂糖をもらい、喜んでいる・・・


(合図だけ教えれば全部出来てしまいそうだ・・・)


 後ろに体重を掛けて座りながら、サクマは2人を眺めた。



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 しばらく休憩していると、馬が寝転んだ。


「あ」


「しー・・・」


 サクマが口に指を当てる。


「疲れてしまったのです。寝かせてあげましょう」


 2人はこくん、と頷く。

 しばらく見ていると、すぐに立ち上がってしまった。

 ほんの10分ほどしか寝ていない。


「あれ? もう起きましたよ」


「馬は体重が重いので、あのように横になっていると、すぐ身体が痺れてしまうんです。正座で足が痺れるのとおなじです。それで、すぐ起きるんですよ」


「へえ・・・」


「ああやって横になるのは、ここは安全だ、と分かっているからです」


「横になっても平気だ、と感じているんですね」


「そうです」


「そう言えば、アルマダさんも横になってる馬が足を動かしていた、と言っていました。自分の寝言で驚いて、すごい勢いで立ち上がったって」


「馬も夢を見るんです。我々と同じですよ」


「どんな夢を見てたんでしょう」


「ふふふ、分かりませんが、楽しい夢だと良いですね」



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「じゃ、駈歩(かけあし)です。小走り、といった感じですね。走りますよ」


「はい」「はい」


「駈歩をする時は、少し手綱を短く持って、前に。少し手綱を張るくらいです。

 引っ張っちゃいけません。止まるのか? と、馬が勘違いして、遅くなります。 これから速く走るぞ! という感じを馬に伝えるのです。

 揺れるので、気づかぬうちに手綱を引っ張っていまう人もいます。

 そうならないよう、注意して下さい」


「はい」


「馬の揺れがさらに大きくなります。身体の力を抜いて、馬に動きを合わせます。

 身体は今までと同じように、背筋を伸ばして、そのまま。

 ですが、心だけは前に! と馬に伝えるんです。

 心だけですよ。速く! と、身体が前屈みになっちゃいけませんよ。

 合図は、馬が前に出している足と逆の足を、後ろに引いて挟む。

 次に、足が出たら逆の足を引いて挟む」


「はい」「はい」


「常歩のように片足を下ろせば、その方向に曲がっていきます。

 丸く、走ってみて下さい。

 街道に入ってしまいそうなら、一度止めて、向きを変えて常歩から。

 急角度で曲がる必要がないなら、手綱で引っ張る必要はありません」


「おお、手綱はいらないのですね」


 こくん、とサクマが頷く。


「慣れれば、座ったままでも走ることが出来ます。

 最初は、速歩と同じよう、上下動に合わせてみましょう。

 まずは常歩、速歩、そして駈歩と上げていきますよ。

 速度が落ちそうかな、と感じたら、合図を再度入れれば走ったままになります。

 やたらと合図を送っちゃだめですよ。速度が落ちそうだ、と感じた時だけ。

 落ちる前に合図を送るのがコツです。

 少し走ったら、合図を止めて下さい。

 段々速度が落ちますから、常歩くらいで戻って下さい」


「はい」「はい」


「それでは、常歩開始!」


 2人の馬が、ゆっくり歩き出す。

 少し歩いた所で、


「速歩!」


 速歩になり、速度が上がる。


「駈歩!」


 合図を入れると、馬が走り出す。


「おお!」


「走った!」


 2人の馬が走り出す。

 走っている!

 マサヒデもカオルも、馬が走り出した事に感動して、声を上げる。


「手綱を引っ張らないようにー!」


 サクマが声を上げる。

 しばらく見ているが、駈歩のまま、2人は走っている。


(うーん・・・ずっと駈歩・・・)


 普通なら、すぐ速歩や常歩に戻ってしまうものだが・・・

 この2人はどういう感覚を持っているのか?


「走ってますよー!」


「あはははは! 白百合ー!」


 歓声を上げながら、2人は馬でぐるぐると走り回っている・・・

 8の字を描いたり、円でぐるぐる回ったり。

 楽しそうにしばらく走り回って、2人は戻って来た。


「サクマさん! 走ってました!」


「白百合が走りましたよ!」


「うん、素晴らしい! 飲み込みが早いです!」


(これは今日1日で終わるな・・・)


「では、馬を少し休ませましょう。ずっと走って疲れている。

 あれだけ走ってたんです。しっかり褒めてやって下さいね」


「はい!」


 馬達もふうふうと息を吐き、疲れているのがはっきり分かる。

 2人はぽんぽん、と首を叩き、撫でてやった。


「楽しかったぞ!」「ありがとう!」


 と2人は喜んで、興奮した声を掛ける。


「さあ、お二方も座って休みましょう。

 休み終わったら、最後の『襲歩』です。全力疾走って奴ですね」


「おお! ついに!」


「白百合を捕まえた時を思い出します!」


「ふふふ、お二人共、日が沈む前には、もう出来てしまいそうですね。

 やり方は簡単、駈歩の時に、かかとで強く蹴り込むだけですが・・・

 今までは上下動が大きかった。これが、前後に激しく動くようになります。

 上下動は少し収まりますが、前後の揺れが加わります。

 想像以上に、すごい揺れになりますよ」


「おお! あれか! サクマさんから戦術を習った後、白百合で少し走ってみたんです。すごい上下動があったと思いましたが、たしかに前後にも」


「白百合は大きいですからね。上下動が緩まったと言っても、揺れはすごいはずだ。

 カオルさんは気を付けて下さいね。

 上下に、加えて前後にも大きく揺れるのです。

 この揺れに慣れないと、全然攻撃が当たりませんよ」


「もう上下の動きには慣れました! 後は前後だけですね!」


(ええ!? もう慣れた!?)


「・・・ちゃんと襲歩になってるかどうかは、足音の違いで分かります。

 今は、ぱかかっ! ぱかかっ! という3つの足音だったはず。

 これが、どどどどっ! どどどどっ! と強い4つの足音に変わります。

 上手く行かなければ、かかとの合図をもっと強くするなど、試してみて下さい」


「分かりました」


「実際に戦闘で使う時は、敵に突っ込む少し前に襲歩にし、速度を乗せる。

 合図を出さなければ、馬の速度は自然に落ちます。

 自然に駈歩くらいに落とし、今のように回り、また襲歩で、という感じです」


「ふむ」


「急角度で回る時だけ、手綱で速歩くらいまで落とします。

 とにかく足を止めないことです。

 この馬の歩法の4種をしかと覚えれば、自由に速度を変える事も出来るはず。

 慣れれば、今までのように立ったり座ったりせず、座ったままでいけますぞ」


「おお。あの揺れでは攻撃もまともに出来ないと思っていましたが」


「慣れですね。馬ごとに揺れ方も違ってきますから、とにかく乗って慣れる事です。

 次から、馬に合図を出す前に、舌打ちのように、ちっちっ、と口を鳴らすのです。

 馬がこれを覚えれば、口を鳴らした時に『何か合図が来る』と準備してくれます。

 すると、体勢を変えるのが速くなるわけです」


「おお、なるほど」


「揺れに前後が加わるので、体勢は気持ち前屈みくらいに。

 競走のように、べったり上体を寝かせる必要はありません。

 あんな体勢じゃ、まともに武器も扱えませんしね」


「ふむ。基本的に上体は伸ばしておくのですね」


「そうです。ほら、騎士ってみんな、馬の上でぴしっと背筋を伸ばしている感じ、あるでしょう?」


「ああ! たしかに!」


「あれは格好良く見せてる、ってのもありますけど、それだけじゃないんですよ。

 お教えした通り、正しい馬の乗り方は、上に背筋を伸ばす体勢だからです」


「そうか、そういうことだったんですね!」


「それで、騎士ってみんな背筋が伸びてるんですね!」


「そういうことです。身体を寝かせるのは、攻撃を避けたりするような時だけ。

 寝たまま走らせると、鞍がずれて危険です」


「しかし、早馬の人なんかは、前屈みで走らせていますが」


「前屈みになるのは、走るだけ! 逃げるだけ! という時。

 尻を鞍から浮かせて、鞍がずれないように前屈みにます。

 また、前屈みには見えて、重心はそんなに前にありません。

 身体に風を受けて速度が落ちないよう、少しでも速く、という姿勢なんですね。

 視界も狭くなりますから、戦闘で使う姿勢ではありません。

 早馬の人は、馬上で得物を振るわけではないのですから」


「なるほど・・・」


「しかし、あの体勢と、背筋を伸ばして鞍に乗る体勢とを切り替えて・・・

 という攻め方もあるわけですな」


「そうか! 向かって行く時、離れる時はあの前屈みの体勢。

 手を出す時に、背筋を伸ばして鞍に座る!」


「その通り。さすがマサヒデ殿。屈んでいれば的も小さくなる。

 これは体勢を変える時が重要です。

 遅すぎてしかと鞍に座っていない状態では、重さ速さの乗った攻撃が出来ない。

 早すぎれば、大きな的を見せたまま、向かって行くことになる」


「ううむ、深い・・・」


「走らせ方はたったの4種。曲がり方も、足を使う、手綱を使うのたったの2種。

 正しい体勢も決まっている。

 なのに、これらを組み合わせると、広い戦術が浮かんできましょう。

 複数揃えば、それこそ無限大の攻撃方法が考えられる。

 どうです。これが騎馬戦なのです」


「ううむ・・・」


「すごい・・・」


 マサヒデとカオルは腕を組んで唸ってしまった。

 サクマは2頭の馬を見上げる。


「しかし、どんな戦術をとるにしても、まずは馬を自由に扱えるようになってから。

 自由に、と言っても、馬がただ命令を聞くだけじゃいけません。

 互いが文字通り背中を預けられる相棒とならねば、まともに戦闘など出来ません。

 そこから、やっと始まるのです」

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