第18話 サクマの乗馬講座・4
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※当話の馬の乗り方は、調教済の馬の乗り方です。
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馬達も落ち着いて、休憩も終わる。
次は最後の全力疾走、襲歩(しゅうほ)だ。
「では、最後の走り方。襲歩です。
襲撃とかの『襲う』という字に『歩く』と書いて襲歩。
ただの全力疾走ではありません。襲いかかる、です。
揺れますから、落ちないよう・・・なんて注意は、必要ありませんか」
マサヒデもカオルも、先程のサクマの話を聞いて、気合が乗っている。
「先程お教えした通り、駈歩の時にかかとで強く蹴り込むだけです。
揺れ方が変わり、上下の揺れが弱くなり、前後に激しく揺れるようになる。
この揺れでも得物を扱えるよう、体勢をしかと整え、慣れて下さい」
「はい」
「襲歩で走らせるのはほんの一時。
そう、襲歩は『襲いかかる走り』!
肉食獣が得物に飛びかかる時の、あの一瞬の走りです!
合図を出してから、どのくらい走った所で速さが一番乗るか!
速さと重さが最も乗った時に、敵に攻撃をぶつける! この一瞬です!
そこを、しかと見極めて下さい」
「はい!」
「襲歩で走りっぱなしはいけませんよ。すぐに馬が疲れて走れなくなります。
攻撃する時と、急いで逃げる時だけです。
出来る限り、戦場で馬の体力を持たせるのです。
朝からずっと走り回ってますから、どちらの馬も疲れています。
長い間の練習は出来ませんが、少しでも襲歩の使い方を掴んで下さい」
「はい」
「さきほどの駈歩の時と同じように、常歩から速歩、駈歩。
足を変える合図は出しません。お二方の好きな所で。
ぐるぐる回りながら、襲歩を出して下さい。馬が疲れた所で、稽古は終了です。
では、お二方! 乗って下さい!」
「はい! 行きます!」
しゃっ! と2人が馬に乗る。
2人を見て、こくん、とサクマが頷き、
「それでは開始!」
と声を上げた。
ちっちっ、と口を鳴らし、2頭の馬が常歩で歩き出す。
しばらく歩いて、速歩に。
速歩から、駈歩に。
少し回った所で、マサヒデが声を上げる。
「行け!」
馬の体勢が変わり、前に伸びて走り出す。
(この揺れで手を出すのか!?)
意識してみれば、前後の揺れが良く分かる。
前に長物を伸ばした所で、前後に揺れているのだ。
相手への距離が揺れて変わるのだ。
横への払いも、上下の揺れがあるから、まっすぐ払えない。
サクマ達、騎士4人はこの馬の上で戦っているのだ。
「行けぇ!」
馬蹄の大きな音の中、後ろからカオルの声が聞こえる。
白百合に乗ってカオルと一度訓練した時、簡単に避けられていた。
間合いも悪いと言われた。
確かに、この揺れに合わせなければ、カオルでなくとも簡単に避けられるだろう。
馬の速度が駈歩に落ちる。
ぐるーっと回って、もう一度。
「行け!」
今度は速度が乗る距離を見てみる。
段々と速度が上がって、少しずつ下がっていく。
ここだ。
少し駈歩で回り、もう一度。
サクマは2人の様子を遠くで眺めながら、顎に手を当てている。
(まだ、掴めていないな)
速さにはすぐ慣れたようだし、体勢もしっかり固まっている。
力も入りすぎておらず、身体も緊張していない。
だが、乗れているだけだ。
あの揺れの中で、どう攻撃を出せば良いか、よく分からないようだ。
さすがにあの2人でも、これは無理か。
走りながら、右手を突き出したり払ったりしている。
顔は納得の言った表情ではない。
襲歩で速度が上がった時は円の軌道も大きくなる。
そこも計算して走らせないといけない。
馬によって、走る距離も速度も変わってくる。
合わせて連携を取るには、とにかく乗り慣れ、各々の馬を理解するしかない。
しばらくして、馬も疲れてきたのか、速度が上がらなくなってきた。
「そこまでー!! 戻って下さーい!!」
サクマが大声を上げると、2人の馬が速度を下げながら戻ってきた。
「ここまでにしましょう」
馬の息が荒い。
とすん、と地面に降りた2人も、少し息を上げている。
「さすがに、お二方でも疲れましたか?」
「はい、大変でした」
「見ていても、乗れているだけで、まだ手が出せない感じでしたね。
まだまだ、納得のいく一撃は出せますまい?」
「ええ、とても・・・」
「まずは慣れましょう。
突き入れるのが難しいなら、槍を固定し突進するだけで良い。
薙ぎ払うのが難しいなら、横に伸ばして駆け抜けるだけで良い。
馬は一頭一頭、速さも違えば体力も違う。
それで連携を取るとなると、もっと大変です。
乗り慣れ、自分の馬を良く理解し、理解してもらうことです」
「はい」
「馬もお二人もお疲れだ。さあ、少し座って休みましょう。
休んだら、今日はもう帰りましょう」
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町へ向かって歩きながら、サクマと話す。
「馬との付き合いで、何か注意点はありますか」
「堂々と『命令するのは私だ』という姿勢を崩さないことです。
あまり好きにさせると『こいつの命令は聞かなくても良い』と舐めれれてしまう。
馬上ではいつも堂々と、自信満々でいること。馬は真後ろ以外は全部見えてます。
ちらっと首を動かしただけで、背の上も見えるのです。
主がビビっていれば『大した事ない奴だ』と舐められます」
「なるほど」
「かと言って、いつも厳しく命令しているだけでは嫌われてしまう。
命を聞いてくれたら褒めてやり、時にはご馳走も与えて甘やかしもする。
櫛で毛を梳き、ブラシをかけて、身なりを整えてやり、綺麗にしてやる。
そうやって良い主でいれば、自然と心を開いてくれる。
この人の言う通りにしていれば大丈夫、と思うようになる。
そうして互いに心を開いていけば、自然に主と家臣、そして友となります」
サクマは自分の馬を見て、ぽんぽん、と首を軽く叩く。
「私はこいつと友になれたと思っています。
マサヒデ殿も、カオルさんも、早く自分の馬と友になれると良いですね」
「はい。馬具が揃い次第、早く走り出し、互いの理解を深めたいと思います」
「では、また何か分からないことがありましたら、いつでも来て下さい」
「本日はありがとうございました」
「こちらこそ。酒をありがとうございました。では」
サクマは馬を引いて、去っていった。
「ご主人様、しばらくは黒嵐とお付き合いですね」
「ええ。カオルさんも、白百合と、ですね」
「楽しかったですね・・・」
カオルが白百合の顔を見上げる。
「はい。新しい楽しみが増えましたね。
乗って、走らせて楽しいというだけではない。友が増えるんです」
「ご主人様の黒嵐はどんな走りをするんでしょうね・・・
明後日には、もう蹄鉄もつくらしいですね。楽しみですね」
「ええ。楽しみです。
そういえば、馬屋が『もしかしたら、乗り手を選ぶ馬かも』と言っていました。
もしそうだったら、私は乗せてもらえますかね?」
「ふふ。ご主人様は女たらしですから。馬も、たらせるのでは?」
「また・・・」
「私も気を付けねば」
「えっ」
マサヒデがカオルに驚いた顔を向ける。
「?」
マサヒデは顔を逸し、呟く。
「今は2人だけだから・・・その、カオルさんだけだから、聞きますけど・・・
カオルさん・・・だめなんですか、私では・・・」
「え!」
ぼん! とカオルの顔が赤くなる。
しばらく沈黙して・・・マサヒデがにやっと笑う。
「ぷー! ふ、ははは! 冗談! 冗談ですよ!」
「おやめ下さい!」
「ははは!」
2人の様子を見て、ブルブル、と低い声で白百合が面白そうに鳴く。
「ほら、白百合も笑ってますよ」
「もう!」
「ははは!」
カオルはぷんぷんしながら。
マサヒデは笑いながら。
白百合は楽しそうに2人を見ながら。
2人と1頭は、そろそろ夕刻に差し掛かる町に向かって歩いていった。
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