第四章 馬の乗り方

第15話 サクマの乗馬講座・1


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※当話の馬の乗り方は、調教済の馬の乗り方です。

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 弁当を持ってあばら家へ行くと、皆が沸き立っていた。

 後ろに、カオルが白百合を引っ張って来ている。


「おはようございます」


「おお、マサヒデさん! おはようございます」


 アルマダがにこやかな笑みを浮かべ、マサヒデに歩いて来た。


「いやあ、皆を見て下さいよ。ファルコンを見てからずっとあの調子で」


 騎士達はにやにやしながら、頭を突き合わせて目を輝かせている。


「先程馬屋に連れて行ったら、馬屋も腰を抜かしてしまいましてね。

 『こっちが金を払いますから世話させて下さい』なんて」


「ははは!」


「馬具を着けたら、すぐに乗り出して、慣れさせようと思ってます」


「私達も、今馬屋に行って厩舎を借りてきた所です。

 黒影を見た時は『ありゃあ本当に馬か!?』なんて驚いてました」


「ははははは! いや、あれは本当に大きいですからね! ははは!」


「そうそう、黒嵐にも驚いてましたよ。

 急に、ラディさんが鑑定する時のような感じになって、こりゃあ名馬になるって。

 アルマダさんに見定めてもらって、良かったですよ」


「ふふふ。私の目が当たって、良かったですよ。

 しかし、そこまでの馬だったとは」


「で、今日はまたサクマさんにお世話になりに来たんです」


「ほう? また、何か戦術でも?」


「いえ、それ以前の問題です。私もカオルさんも、馬術には疎い。

 腹を蹴飛ばせば動く、手綱を引っ張れば止まる、くらいの知識しかありません。

 少し、サクマさんに鍛えてもらおうと」


「なるほど。そういうことでしたか」


「で、まあこちらはお礼ということで・・・」


 酒瓶を持ち上げる。


「ははは。酒で釣るとは、マサヒデさんもやりますね」


「やめて下さいよ。ただのお礼です。サクマさんに願ってもよろしいですか?」


「ええ、もちろんです。さあ、どうぞ」


 入って行って、頭を突き合わせている騎士達に声をかける。


「ふふ、皆さん、おはようございます」


「あ、マサヒデ殿! おはようございます」


 余程浮かれていたのか、今まで気付いていなかったようだ。


「これ、皆さんにお土産と・・・」


 弁当と酒を1瓶。


「今日はまたサクマさんにお願いがありまして。

 こちらで釣りに来ました」

 

 もう1瓶を持ち上げる。


「おや。私ですか? また、馬で分からないことでも?」


「ええ。少し、私とカオルさんを、サクマさんに鍛えてもらおうと」


「と言いますと、先日お教えしました、あの騎馬戦の?」


「いえ、もっと基本的、基礎の基礎です。

 私もカオルさんも、馬術はほとんど知りません。

 腹を蹴飛ばせば走り出す、くらいなので・・・」


「なるほど。そういうことですか。

 よろしい! このサクマの騎馬講座をまた開きましょうかな!」


 サクマが酒を受け取って、弁当の横に置く。

 横にいるアルマダに向き、


「アルマダ様、本日は空けてもよろしいでしょうか」


 アルマダはにやりと笑う。


「ええ。びしびしと鍛えてやって下さい。お二人共、鍛えてますからね。

 多少の事では音を上げないはずです。多少の事では、ね」


「ふふ、分かりました。マサヒデ殿、白百合はお連れですね?」


「はい」


「では、もう1頭は私の愛馬で行きましょう。

 厳しくいきますので、ご覚悟下さい」


「よろしくお願いします」


 サクマは袋から弁当を3つ出す。

 マサヒデ、カオル、サクマの分だ。

 アルマダとサクマはにやにやしている。


「では、アルマダ様。行ってまいります」


「あまりお二人をいじめてはいけませんよ? 音を上げない程度にお願いします」


「ふふふ、分かりました」



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 街道を外れた平地に、マサヒデ、カオル、サクマが立つ。

 後ろに、白百合とサクマの馬。


「サクマさん、白百合はカオルさんの馬になります。

 カオルさんに白百合に乗ってもらって良いですか?」


「ええ。構いません。さて、それでは始めましょうか。

 まずは、馬への跨り方。

 これくらいは知ってると思いますが、念の為に確認します。

 飛び乗って跨るだけじゃいけませんよ。

 さ、お二人共、馬の横に立って下さい」


 マサヒデとカオルはそれぞれの馬の左横に立つ。


「さ、乗ってみて下さい」


 足を鐙にかけようと・・・


「待った!」


 とサクマに止められる。


「ふう、お二方・・・どうやら乗り方もだめなようですね・・・」


「道場でたまに借りてきて、少し乗らせてはもらったんですが・・・だめですか」


「だめです。もっと前に立って。腹の真横ではなく、前足の横か少し前くらい」


「はい・・・この辺?」


 少し前に出て、馬の前足の横より少し前に立つ。


「その辺です。で、左手で手綱とたてがみを一緒に掴んで」


「こうですかね?」


 手綱と、たてがみを掴むが・・・


「あの、これ毛が抜けちゃったりとか、引っ張って痛がったりとかしませんか?」


 カオルもちょっと不安気な顔を向ける。


「大丈夫。手綱を緩く持つんじゃなく、短くきつく持つんです。

 反対側の方を短く掴んで下さい。そうすれば痛がりませんから」


「なるほど・・・うむ、こうか」


「そんな感じです。

 ちょっと待って下さいね。まだ足を掛けないで。

 左足を掛けたら、ぐっと右手を向こう側に回し、次に右足で地を蹴って上がる。

 そうやって、身体を回しながら、上がる。

 腰の物の柄もぶつけないように注意して。当たると馬が走り出してしまいます。

 できる限り、鞍を掴まない事です。鞍を掴むのは、急いで飛び乗る時だけです」


「分かりました」


 左足を鐙に入れた瞬間、マサヒデは言われた通りに右手を「しゃっ!」と回す。

 その勢いで身体を回しながら、地を蹴る・・・よし。

 ぴたりとマサヒデの身体が馬上で止まる。


「・・・」


 怖ろしい速さで乗馬したマサヒデに、サクマは固まってしまった。


「うむ、なるほど! こう跨るのか! やはり基本は大事ですね!

 うん、これなら、引っ張って毛を抜いてしまう事もない!」


 後ろのカオルを見ると、白百合が大きいので大変そうだ。

 うんうん言いながら、背を伸ばして右手を伸ばしている。

 向こう側に手が回らないのだ。


「・・・んん! ごほん!

 カオルさんは手が回らないようですね。白百合は大きいですから、仕方ない。

 地を蹴ってから、向こう側に手を回して、回転する感じでやってみましょう。

 右足で地を蹴り、蹴って上がってから右手を向こうへ、身体を回しながら。

 左手を引っ張って上がらないよう、注意して下さい」


「はい」


 しゃ! くる! ぴた!


「おお、さすがサクマ様。これできれいに乗れますね」


「・・・では、降り方です」


「はい」


「基本は乗る時と逆の感じですが、まず馬を止める事です。

 ま、これは言わずとも分かりますよね」


「はい」


「では、大事な所。最初に、必ず降りる方向の足を外す。

 今回は乗る時と同じ、左に降ります。左足を、鐙から外して下さい」


 2人が足を外す。


「もし降りる途中で馬が動いたり、足が滑ったりした時の為です。

 鐙に足がかかったままだと、背中や頭からもろに落ちます。

 驚いて馬が走り出したら、そのまま引きずられますので、必ず外してからです」


「なるほど。事故防止のためですね」


 こくん、とサクマは頷く。


「で、乗る時と同じように、左手は手綱を持ったまま。

 たてがみを掴んだり、短く掴む必要はないです。そのまま持ってるだけですよ。

 腹を乗せるようにして、右膝を上から回してきて、降ろす。

 かかとを後ろから、上から回す感じで、絶対に馬の尻を蹴らないように」


「こんなっ・・・感じで・・・」


 馬の鞍に横向きに腹ばいになったマサヒデが、うぐ、と声を出す。


「そうそう。両足が揃った所で、滑りながら背を反らせば・・・」


 とすん、とマサヒデが馬の上から落ちる。


「うむ、なるほど」


 横で、すと、とカオルも降りる。

 2人を見て、サクマも頷く。


「うん、これで降り方は80点です。

 もう一度、乗ってみて下さい」


 しゃ! と2人は乗馬する。

 この2人はどういう運動神経とバランス感覚をしているのだ?


「・・・今回は、先程より、最後にぐっと背を反らして降りてみて下さい。

 少し離れた所に降りるんです」


「はい」


 ・・・まさか、反動で後ろに10m程度跳ばないだろうな・・・

 ふ、まさか! ・・・いや、まさかな・・・

 サクマは不安にかられる。


「よっ! と」


 とすん、と、2人共、少し離れた所に降りた。

 良かった・・・

 サクマは腕を組んだままの体勢だったが、心中でほっと胸を撫で下ろしていた。


「うん。そうやって、少し離れた所に降りるんです。

 あまり近い所に降りると、いきなり馬が動いた時に危ないから。

 ま、お二人なら避けられると思って、さっきは近くに下ろしたんですけど」


「サクマさん、危ないことはやめて下さいよ・・・」


「ははは! もうしませんよ! さあ、軽く叩いて、馬を褒めてやって」


 ぽんぽん、と軽く馬を叩く。

 なんとなく、嬉しそうな顔をしている気がする。


「じゃあ、左右から乗り降りを何度かやって、身体に染み込ませて下さい。

 乗り降りの時が、一番身体が不安定になります。

 乗馬で怪我するのも、乗り降りの時が多いのです。

 昼までしっかり乗り降りをやって、必ず、身体に覚えさせて下さい。

 お二人なら、この時間できっと身体に覚えさせることが出来ます。

 途中で、馬を代えてやってみましょう。馬を褒めてやるのも忘れずに」

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