第14話 誇り高い馬


 翌朝、マサヒデとカオルは馬を引き、馬屋へと向かった。

 黒嵐と黒影の厩舎を新しく2つ借り、馬具を付けてもらうためだ。


「楽しみですね。早くこの2頭の走りが見たい・・・」


「ええ・・・」


 2人共、夢のように足をふわふわさせながら歩く。

 やはり、自分で捕まえた馬となると、格別だ。

 馬屋の前の繋ぎ場に2頭を繋ぎ、中に入る。


「おはようございます」


「おお、トミヤス様、いらっしゃいませ」


「また2頭捕らえてきたので、厩舎を借りに来ました」


「お! またですか! 先程、ハワード様もおいでになったんですよ」


「おお、アルマダさんの・・・一緒に捕まえに行ったんですよ。

 あの色は非常に珍しいと聞きましたが」


「そりゃあもう! 私、思わず涙が出ちまいまして・・・

 あんなすげえ馬、生涯に見られるとは思いませんでしたよ。

 馬屋として、世話出来るなんて最高の幸せですよ」


「私達の馬も見てもらえますか?」


「もちろんですとも!」


 3人で繋ぎ場に歩いて行く。

 遠目から、馬屋が大声を上げた。


「うお! なんだありゃ! でけえ! あんなの見たことねえ! ありゃほんとに馬か!? 白百合もでけえと思いましたが、あいつは飛び抜けてでけえ!」


 黒影に驚く馬屋。

 ゆっくりと黒影に近付いてゆく。


「おう、こりゃ頑丈そうだ。

 2頭立ての満載の荷馬車だって、こいつだけで引っ張れそうだ。

 うーん、太くていい足だ・・・すげえ馬車馬になりそうだ・・・

 こいつぁ乗ってもすげえだろうなあ・・・

 こんなのに乗ってたら、皆びびって小便ちびるぜ・・・」


「名前も付けたんですよ」


「おお、なんて名で?」


「黒影です」


「黒影。良い名じゃねえですか」


「カオルさんが、この馬を捕らえたんです。

 馬を引いて歩いてくる、西日の逆光に浮かぶ、カオルさんと馬の影・・・

 あれは実に美しかった。それで、影と名付けました」


「おお・・・目に浮かぶようですな・・・うん・・・それで影か・・・

 黒いから影、ってんじゃねえんですね・・・うん、美しい名だ」


 目を細めて、黒影の顔を見つめる馬屋。

 しみじみとした声で、ぽんぽん、と黒影の首の根本を撫でるように叩く。


「良い名前を付けてもらったなあ・・・」


「この図体ですし、馬車馬として使おうと思っているんです。

 ですが、我らの馬がやられてしまった時の代えにもしたい。

 しっかり、人を乗せるのに慣らしてやりたいと思ってます」


「うんうん、こいつならどっちもこなせましょう」


「で、こちらが私が捕まえてきた馬。

 黒い嵐と書いて、黒嵐(こくらん)と名付けました」


 にやっと馬屋が笑う。


「おう、いい名ですね。嵐で良かった。花の蘭じゃねえんですね」


「ははは!」


 にやついていた馬屋の顔が、はっ! と変わった。


「む・・・こいつは・・・」


 顎に手を当て、上から下まで、前から後まで、すごい目で見ている。

 ラディが鑑定をしている時のようだ。


「どうされました」


「うーむ、黒影のデカさにビビっちまって、目に入らなかったが・・・

 見たらどうだ・・・こりゃすげえ・・・きっと、すげえ馬になる。

 この肉の付き方ぁどうだ、このガタイでもすげえ速さで走りそうだ。

 足も頑丈そうだ。きっと、くるくる走り回ったって折れたりしねえ。

 蹄も良い。こりゃあいくら走っても割れねえ・・・蹄鉄もいらねえくらいだ」


 くい、と顔を上げて、目を見つめる。

 ぐっと顔を近付け、耳を見上げ、また目を見る。


「・・・うーん、毛ほどもビビってねえな。こりゃ度胸もありそうだ・・・」


 くる、とマサヒデに顔を向ける。


「トミヤス様、こりゃまたすげえ馬を捕まえて来ましたね。

 白百合も驚きましたが、こいつは別格だ」


「それほどですか?」


「ええ、こいつはすげえ。しっかり腹も座ってる。何されても驚きもしなさそうだ。

 ・・・乗ってみねえと分からねえが、こりゃ人を乗せると暴れ回るかもしれねえ。

 今は大人しいですが、こいつぁちと度胸がありすぎだ。

 乗ってみたら、てめえなんか乗せるか! なんてなるかもしれねえ」


「悍馬ってことですか?」


「その辺に転がってる、ビビってる悍馬ってんじゃねえです。

 私が近付いても全く暴れねえ。好き嫌いがあるって感じでもねえ。

 てことは、馬が乗り手を選ぶって奴ですな。

 ま、かもしれねえ、の話ですぜ。まずは乗ってみなきゃですよ。

 ですが、仮にそうだとしても、抑えて乗りこなせたら、きっとすげえ馬になる」


「ふうむ」


「白百合と比べますと、白百合はすげえ優しいから、大人しい。

 こいつはすげえ度胸があるから、全くビビらねえ、それで大人しい。

 とまあ、こんな所ですかね」


「ああ、なるほど。分かりやすい」


「だが、その度胸のでかさゆえ、乗せる人を選ぶかもしれねえ、という感じです。

 ま、かもって話です。この度胸に度量も乗っかってれば、誰でも乗れるはずだ」


「度胸・・・うん、誇り高い、って感じでしょうか」


「そうそれ! さすがトミヤス様だ。良い例えをなさる。

 まず、馬具を着けたらすぐに試してみなせえ。

 例え人を選ぶような馬でも、トミヤス様ならきっと乗りこなせるはずだ」


「馬具・・・うん、馬具ですけど、鞍も鐙も、今の白百合と同じものをお願いします。カオルさんはどうします?」


「うーん、鞍は良いけど、鐙はちょっと見たいな」


「じゃあ、鐙は白百合のをこいつに着けて下さい」


「合点です。さ、こっちに来ておくんせえ。今ある物は現物でお見せしやしょう。

 ねえ物は図面をお見せします。さ、店の方に」


「はいよ」


 馬屋とカオルは店の方に戻って行った。

 マサヒデは黒嵐の顔を見つめる。


(誇り高い馬・・・)


 近付いて、ぽんぽん、と首の根本を軽く叩く。

 黒嵐は、自分を乗せてくれるだろうか。


 かもしれない、という話だったが、言われてみればそんな感じもする。

 昨日は、捕まえてきたばかりで良く分からなかった。

 だが、改めて見ると、確かに腹が座っている馬だと思う。


 白百合も度胸はあるが、優しさ一番、度胸は二番。

 黒嵐は度胸が一番、という感じ。


 だが、その度胸ゆえに、人が乗っても簡単に振り落とす・・・かもしれない。

 まずは、乗ってみなければ分からない所だ。


(馬が人を選ぶ、か)


 お前なら乗せてやっても良い。そういう馬。

 気難しい、というのとは、ちょっと違う。

 馬に認められなければ、乗せてもらえない。


(馬は友・・・私は、黒嵐に友として認めてもらえるだろうか)


 そっと撫でるマサヒデを、黒嵐がじっと見ている。

 黒影も、横からマサヒデを見ている。



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 馬屋を出てから、マサヒデは腕を組んで歩きながら、考えた。

 明日には馬具も揃う。

 明後日には蹄鉄も付けられる。

 考え込むマサヒデの様子を見て、カオルが話し掛けてきた。


「ご主人様。どうされました」


「少し、思う所がありまして・・・」


 馬が人を選ぶ。

 馬に認められなければ、乗せてもらえない。

 もし、そのように誇り高い馬であれば、最低限の礼儀はわきまえねば。

 マサヒデは顔を上げた。


「よし、カオルさん。戻って、白百合を出して来ましょう。

 これから、アルマダさんの所へ行きます」


「は」


「また、サクマさんにお世話になりに行きます。

 私もカオルさんも、馬術はそれほど得意ではありません。

 腹を蹴飛ばせば走る、手綱を引っ張れば止まる、くらいしか分からない。

 今日は、サクマさんに、馬の乗り方をしかと教えてもらうのはいかがでしょう」


「良い考えです」


「三浦酒天で、私達と皆様の分の弁当。今日は酒を2本買っていきましょうか」


「は」

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