第13話 新しい馬・5


 日が沈み、3人は松明を点けてゆっくりゆっくりと山を下りる。

 遅くなってしまったので、マツは心配しているだろうか。

 シズクは「マサちゃんなら大丈夫だよ」なんて言っているだろうか。

 

「ご主人様、そろそろ抜けます」

 

 カオルがそう言って、松明を上に上げる。

 言われて見てみても、先の方はさっぱり見えない。

 カオルには見えているのだろう。


「良かった。なんとか今日中には帰れそうですね」


「ええ。街道まで出たら、少し足を早めましょう」


 少し歩くと、木の感じが変わってきた。

 足元の積もった落ち葉も、踏んだ時にぱりっと音がする。

 ここまで歩いてきた場所と違って、乾いているのだ。

 もうすぐだ。

 

 今まで鬱蒼としていた木が、まばらになってきている。

 松明の火でも分かる。

 山をもうすぐ抜ける。


「さあ、もう、あそこまで歩けば街道です」


「ふうー! いや、疲れましたね! 今晩は良く眠れそうです」


「やりましたね・・・ファルコン、良く頑張った!」


 皆が馬の首をぽんぽん、と叩いて撫でる。


「街道を歩きますが、気を付けましょう。

 夜とはいえまだ早い。人通りもありますので、驚かせないように」


 街道の方を見れば、小さく松明の火が動いて行くのが見える。


「カオルさん、今夜はギルドの繋ぎ場を使わせてもらいましょう。

 厩舎は、明日借りに行けば良いでしょう」


「は」


「さあ、行きましょう。皆が待っています」



----------



 からからから。


「只今戻りました」


 ぱたぱたと音がして、マツが走り出てきた。


「おかえりなさいませ。遅かったので心配しましたよ」


 奥から「おかえりー」とシズクの声が聞こえる。


「さ、お上がり下さい。夕餉の支度も出来ておりますから」


「はい」


 3人がぞろぞろ上がり、居間に座る。

 どっと疲れが押し寄せ、今にも寝てしまいそうだ。

 かちゃかちゃと音を鳴らし、マツが膳を持ってくる。


「さ、皆様お上がり下さい」


「頂きます」


 3人が手を合わせ、箸を取る。

 汁を啜ると、身体に染み渡るようだ。


「ああ、美味い・・・美味いですね」


「ええ。身体に染み渡る」


「奥方様、最高です」


 がつがつと箸を進める3人。


「おお、そうだ。マツさん、シズクさん、繋ぎ場に止めてありますから、見てみて下さい。捕まえて来たばかりだから、気を付けて下さいね」


「ええ!」


 マツの目が輝きだす。

 やはり、マツは馬が好きなのだ。


「奥方様、膳は私が。どうぞ、ご覧頂けますか」


「では、遠慮なく!」


 小走りに出て行くマツ。


「私も行く!」


 シズクもマツについて出て行った。

 アルマダがマツの姿を見て微笑む。


「ふふふ、マツ様は馬が好きなようですね」


「早く慣らせて、マツさんも乗せてあげたいです」


「皆、どんな走りをするんでしょう。楽しみですね」


 3人は膳をかきこむ。

 


----------



 アルマダは早く皆にこの馬を自慢したい、と、疲れた身体を引きずって帰って行った。


「カオルさん、我らはギルドに湯を借りに行きましょう。

 帰ったらぐっすり寝て、明日、厩舎で馬具を注文しましょう」


「は」


 2人が外へ出て行くと、マツとシズクは目を輝かせ、馬を撫でていた。


「あ、お二人共。この馬、すごく綺麗です!」


「うん。こっちの真っ黒なやつ、毛がつやつやしてるよ・・・」


 さわさわとシズクが馬を撫でている。


「ふふ、アルマダさんに見立ててもらったんですよ。綺麗でしょう?」


「本当! 白百合も綺麗ですけど、すごく綺麗です・・・」


「黒嵐(こくらん)と名付けたんです」


「黒蘭? わあ、綺麗な名前・・・」


「花の蘭ではないですよ。嵐の『らん』です」


「ええ・・・?」


「ふふふ、このガタイで蘭の花はないですよ」


「こんなに綺麗なんですよ。蘭の花でもいいじゃないですか」


「マサちゃん、私もそう思うな・・・こいつは、つやつやして綺麗だよ・・・」


 さわさわと撫でるシズク。

 馬はシズクにも警戒していないようだ。

 だが、この2人は近くで見ているから、そう感じるだけだ。

 1歩離れれば、この図体とガタイで、とても似合わないと思うはず。

 少なくともシズクは。


「だめです。私はもう決めたんです」


「ふーん・・・まあ、次はマサヒデ様が名付けるって決めてたから、我慢します」


 そんなに花の名前が良かったのか?

 いや、かわいい名前が良い、と言っていた。

 『黒ひよこ』なんて付けられたら、どうしよう・・・

 自分で名付けて良かった。


「こちらがカオルさんの馬ですね?」


「はい」


「こちらも綺麗ですよねえ・・・大きくて、黒いけど、少し赤みがあって・・・」


 マツはカオルの馬にそっと手を当てる。


「名前は決めたんですか?」


「黒影です」


「くろかげ?」


「黒い影、と書いて黒影です」


「影って、やっぱりカオルさんの仕事柄?」


「いえ」


 マサヒデが顔を上げ、黒影を見上げて説明する。


「マツさん。この馬、群れの頭でしてね。

 カオルさんが捕まえた時、群れの他の馬達も、一緒に後ろに付いてきたんです。

 西日で逆光になって、馬を引いてくるカオルさん、後ろに付いてくる群れの馬達。

 ・・・少し歩いて来て、群れの馬達が足を止めたんです。

 カオルさんと馬を、じっと見送っていました。これで、お別れだ、って・・・

 私もアルマダさんも、その姿を見て、ぐっときましたよ。

 その時の、逆光の姿。それで、影、なんです」


「・・・逆光の、影・・・」


「・・・」


「マツさんがあの光景を見てたら、泣いてしまったかもしれませんね。

 西日を背に、歩いて来るカオルさんと、馬達と・・・すごく綺麗でした」


 皆が、黒影の顔を静かに見上げる。

 黒い瞳が、皆を見ている。


「・・・さあ、カオルさん。行きましょうか。

 湯でさっぱりしたら、今日はもう寝ましょう」


「はい」


 マサヒデとカオルはギルドに入って行った。


「黒影か・・・いい名前だな」


 ぽつん、とシズクが呟いた。


「ええ。黒影・・・すごく、綺麗な名前です」


 2人は黒影にそっと手を当て、優しく撫でた。



----------



 郊外のあばら家。


 がさがさとアルマダが草をかき分けると、見張りの騎士が顔を出す。


「あっ! ああっ!」


 驚いて、見張りの騎士が指をさす。

 何事かと、他の騎士も、トモヤも集まってくる。


「おお、アルマダ殿! 遅かったの!」


 のんきに声を上げるトモヤと裏腹に、震えながらアルマダの馬を凝視する騎士達。


「只今戻りました」


 ゆっくりと門をくぐると、馬は集まった皆に落ち着かず、軽く前足を上げる。


「どうどう・・・どうどう・・・大丈夫」


 アルマダが落ち着かないファルコンを抑え、ゆっくり引いて、縄を奥の木に縛り付ける。


「ア、アルマダ様・・・! あの、あの馬は!?」


「ふふ、どうですか皆さん」


 騎士達が、少し離れた木に縛られたファルコンを凝視する。

 彼らを見て、にや、と笑い、


「ファルコンと名付けました」


「ファルコン! あの、闘将ファルコン!? おお・・・ファルコン・・・」


「どうでしょう。中々の名前ではありませんか?」


「素晴らしい・・・今、この世で、この色で、これほどの馬はおりますまい」


「生きてこれほどの馬を見られるとは! アルマダ様、感謝致します・・・」


 騎士達は潤んだ目でファルコンを見つめる。

 トモヤは、なぜ皆がこうも驚いているのか分からない。

 不思議そうな顔で尋ねる。


「なんじゃ、皆様、一体どうなされたのじゃ?

 あの馬は、そんなにすごい馬でありますかの?」


「それはもう!」


「トモヤさん、この色は、千頭に1頭も産まれないという色なのです」


「何!? そんなに珍しい馬でありましたか!?

 むう・・・それは皆様も驚くわけじゃ・・・」


 トモヤも口を開けてファルコンを見つめる。


「それほど珍しい色の上、あの大きくしなやかな身体をご覧下さい。

 あれほどの馬、生きて見られただけでも、幸せというものです。

 金を積めば買える、という馬ではありませんよ」


「ううむ・・・そこまでの馬じゃったか・・・なんと・・・」


「明日の朝一番で、馬具を用意しましょう!

 蹄鉄をつけてもらったら、すぐに走らせて、私の愛馬にします!」


「アルマダ様! 慣らしの際には、是非我らにも!」


「もちろんですとも!」


「ワシも良いかの! それほどの馬、一度で良いので、乗らせて下され!」


「もちろんですとも!」


 その晩、あばら家は歓喜に湧いた。

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