第26話 シズクの初稽古


 今回の稽古も、マサヒデは竹刀で向かう。

 先回よりも人は多くなり、ロビーにいたほとんどが参加する事になった。

 訓練場に入り、広めの場所に。

 皆に向かって振り返ると、先回いた者もいて、マサヒデは少し嬉しくなった。


「皆さん、本日はご参加下さってありがとうございます。

 先回いた方は同じ話になりますが、まず、この竹刀についてです」


「はい!」


「皆さんが木刀、私が竹刀なのは、皆さんを格下と見ている訳ではありません。

 皆さんはギルドでの仕事があります。

 もし大怪我をされたら、皆さんも、ギルドも困るからです。

 怪我をさせてしまった、私も困ってしまいます。

 私は今、仕事をしている訳ではありません。

 ですから、遠慮なく打ち込んで下さい」


「はい!」


「それと、本日はそちらの魔族の・・・鬼族の方。シズクさんと言います。

 彼女も稽古に加わってもらいます。

 彼女は、稽古という事をするのは初めてです

 最初は皆さんと同じよう、私に向かう側として、数本。

 その後、私と共に、皆さんのお相手をさせて頂きます。

 既に分かった方も多いと思いますが、試合で私を天井まで吹き飛ばした方です」


 皆がちらりとシズクの方を見る。


「試合を見ていた方々は、一見ただの力持ち、とお思いの方もおられると思います。

ですが、棒の突きでドアにきれいに丸く穴を開けられるほど、技を磨かれた方です」


 シズクは堂々と立っていたが、顔を赤くしている。


「では最後に。

 この稽古は、私と戦って、強くなることが目的です。

 トミヤス流を学びたい、とかは、いりません。

 そういう方は、是非道場へ。すぐ隣村です。私より遥かに上の父上もおります。


 トミヤス流は実戦流派を謳っています。即ち、勝ちが全てです。

 流派、手段、そんなのは一切関係ありません。禁じ手なんかありません。

 卑怯で上等。どんな手を使おうと、勝つ事が正義。


 先回、私も、皆さんの経験豊富な実戦で鍛えた技を見て、多くを学ばせてもらいました。稽古と言ってはいますが、私自身は合同訓練とか他流試合、そういったものだと思って臨んでいます。

 勝つために、皆さん自身の技を、見て、使って、考えて、とにかく、磨いて下さい。当然ですけど、持ち手を増やす、盗むというのもありです。

 それでは、長くなりましたが・・・皆さん、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします!」


 あ、と周りの頭を下げている面々を見て、遅れて


「よろしく、お願いします!」


 とシズクが頭を下げた。


「それでは、最初の方。どうぞ」



----------



 数人叩きのめした所で、シズクがむずむずとしだした。

 動きたくてたまらない、といった感じが見て取れる。


「次の方、どうぞ」


 ばっ、とシズクが手を上げた。


「はい! 私です!」


「ふふ」


「いいよね!?」


 くるくると皆を見回している。


「どうぞ、こちらへ」


「やった!」


 シズクが立ち上がって、マサヒデの前に走り寄る。

 ぐいっと顔を近付けて、


「ふふ。試合の時を思い出すね」


「ははは! あの時は驚きましたよ。負けたら種族の為に婿になれとは」


「あっははは! あなたは私に勝てません、てセリフには痺れたよ!」


「さて、あまり物は壊さない程度にお願いしますね」


「分かった! じゃあ、行きます!」


 シズクが構える。


「ふふ。いつでも」


 いきなり突きが繰り出される。

 マサヒデが軽く「とん」と跳んで棒の上に乗る。

 まるで試合の再現だったが・・・


「うっ・・・」


 シズクの顔が上がる。

 棒の上に、試合の時より少し深く跳び乗ったマサヒデ。

 竹刀の先が、シズクの喉元につけられている。

 ちょい、と竹刀の先でシズクの顎を上げる。


「ここまでです」


 見ていた者達かた「おお」と声が上がり、ぱちぱちぱち、と拍手を上げた。

 マサヒデは軽く棒から下りて、固まったシズクに声を掛けた。


「どうです。私も少しは成長しましたか?」


 ふう、と息をついて、シズクが棒を引いた。


「さすがは救世主だよ。マツさんと結婚する前に会いたかったな。

 もう、私じゃ手も足も出ないね」


「次はどうすれば当たるかとか、ちゃんと考えてみて下さいよ。

 じゃないと稽古になりませんからね」


「うーん」


「皆さんも、手も足も出ないって一言で、片付けちゃいけませんからね。

 そういう場合、当然ですが逃げるのも正解です。

 ですけど、どうしても逃げられないって時もあるはずです。

 どうすれば、手とか足とか出るようになるか、です」


「はい!」


「んん・・・うーん?」


 シズクは首を傾げながら戻って行った。


「では、次の方」



----------



 稽古は順調に進む。


 先回同様、マサヒデは経験豊富な冒険者達の技に驚かされる。

 手裏剣を投げる者、何かの粉を撒く者、武器を投げつけてくる者。

 中には含み針を使う者までいて、危うく目に刺さる所だった。


 結局、シズクが師範役に立つまでに、皆バテバテになってしまい、稽古は終了にした。


「皆さん、ありがとうございました。

 本日も、良い勉強になりました」


「ありがとうございました」


 準備室に戻ってから、マサヒデは訓練用の小太刀を一本、手に取った。

 シズクの稽古もしたので、帰ったらカオルとも稽古をしよう、と思ったのだ。

 先回の稽古に来た際は、結局カオルと稽古をすることが出来なかった。


 湯を借りたら、食堂で食事をとろう。

 シズクが楽しみにしている。ここの食堂の味を楽しんでもらいたい。


 廊下に出ると、シズクが待っていた。


「さあ、まずは湯を借りに行きましょうか」


「いいね! さっぱりしたいよ!」


「そしたら、食堂へ行きませんか? 美味しいですよ」


「ほんとかい!? やった!」


 マサヒデは子供のようにはしゃぐシズクと、廊下を歩いて行った。



----------



 食堂に入ると、いつものようにわいわいと冒険者達が食べている。


「わあ~・・・」


 シズクは目を輝かせて、冒険者達の前にある食事を見回す。

 くんくんと鼻を鳴らし、


「早く食べようよ!」


 と、マサヒデの手を引っ張る。

 適当な席について、シズクはメニューを広げ、ぱらぱらとめくっている。

 マサヒデは分からないから、いつも日替わりだ。


「お?」


 シズクの手が止まった。

 『挑戦! ジャンボ肉! 食べきったら何でもタダ!』


「ふーん、何でも・・・」


「どうしました」


「これ読んでくれよ。食べきったら何でもタダだって。これ食べたら、高い酒だって、もらってもいいよな?」


「まあ、向こうがそう提示してるんですから、遠慮なく・・・しかし、ジャンボ肉とは何の肉でしょうね?」


「食べきったらってことだから、でけえ肉なんじゃないの? 魔獣かな? でも、魔獣も普通の牛とか豚とか鹿とか、そこらと味は変わらないよ。たまに毒があるやつがいるけど、ぴりっとしてて美味しいよ。マサちゃんは食べちゃダメだよ。死んじゃうから」


「ほう」


 魔獣も、味は普通の家畜や野生動物と、味は変わらないのか。


「じゃあ、注文しよう! おーい!」


 すたすたとメイドが歩いてくる。


「お決まりでございますか」


「私は日替わりで」


「私はさ、これ! ジャンボ肉!」


 ぴく、とメイドの動きが止まる。

 この反応はまずい・・・


「ジャンボ肉に、挑戦なさいますか」


「食べたら何でもタダなんだろ? やるよ!」


「トミヤス様・・・こちら、少々値が張りますので、無料には・・・」


「構いませんが、いくらでしょう」


「金貨10枚でございます」


「え! そんなにするんですか!?」


 払える事は払えるが、さすがに大きい。

 贅沢さえしなければ、1年は働かずに済む値段だ。


「いいよ。金貨10枚なら、私が払えるもん」


「本来は先払いですが、トミヤス様はお向かいですし、よろしいでしょう。食べ切りましたら、お金はお返しする決まりですし」


 ・・・不安だ。


「きっと大丈夫だって。食べて、酒もらおうよ」


「・・・分かりました。じゃあ、お願いします」


「少々調理に時間がかかりますが、よろしいですか」


 先払い。時間がかかる。

 これはまずい。危険だ。危険すぎる。もう先が見える。

 今すぐ、急いでクレールを呼んだ方がいい。

 カオルを呼ぼうと立ちかかったが、


「よろしいよろしい! 待ってるよ!」


「あ、ちょっと!」


「トミヤス様の日替わりは、先にお持ち致しますか?」


「・・・お願いします」


「ご武運を」


 シズクにそう言って、メイドは頭を下げて行った。


「シズクさん。私は不安です。とてつもなく大きな肉でも出てくるんじゃ」


「私、鹿だって丸ごと食べれるんだから。大丈夫だって。稽古で腹も空いてるし、ちょうどいいくらいだよ」



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 1時間後。

 マサヒデは既に食べ終わり、茶を喫していた。

 顎を乗せて待っているシズク。


「もう、待たせるなあ・・・」


 それから少しして、がらがらとワゴンが来た。

 一抱えもある大きな皿に、指先から手首くらいまでありそうな、ぶあつい肉が乗っている。これは何の肉だろう?


「お!」


「大変お待たせ致しました」


 メイドがよいしょ、と3人がかりで皿を乗せる。


「すごいね! こりゃ食いでがありそうだ!」


「お気に召しましたようで」


「うんうん!」


 がらがらとまたワゴンが来た。


「ん?」


 また皿が乗せられる。

 さらに、ワゴンがもう1台。


「ええ? ちょっとちょっと、3つも注文してないよ」


「大きいので、切り分けてあるだけですよ。あと2枚で1つの肉でございます」


「はあ!?」


 マサヒデの不安が的中する。やはりクレールを呼ぶべきだった。


「ふう。ま、時間がかかるって聞いて、こうなると思ってましたよ。シズクさん、ちゃんと払って下さいね」


「・・・」


「さ、どうぞ。自慢の食欲を見せて下さい」


「・・・マサちゃん、手伝ってよ」


「私は、もう食べてしまいましたから。金貨10枚ですよ」


「んーーーー! くっそーーー!」


 シズクの大声と、肉を前に叫ぶ彼女を見て、冒険者たちが大笑いしている。

 さて、少し切り分けてもらって、包んでもらおうか。

 今日の夕食は、豪華になりそうだ。

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