第25話 勝負の場


 翌朝。


 マサヒデは庭で素振りをする。

 昨晩泊まったシズクも起きてきて、「私も!」と一緒に素振りをした。

 素振りが終わり、水を浴びようとした時、隣でいきなりシズクが服を脱ぎだした。


「ちょ、ちょっと! 終わるまで待っててもらえませんか!?」


 驚いてマサヒデが止める。


「なんだよ。私にも水浴びくらいさせろよ。汗かいたんだからいいじゃないか」


「シズクさん、もう少しでいいので、恥じらいを・・・」


「なんだよー、恥じらいってー。面倒だなあ」


「せめて、男性の前では脱がないようにして下さいよ」


「分かったよ、もう。待ってるから」


「すぐ終わらせますから・・・」


 ばしゃばしゃと急いで水をかけ、身体を拭う。


「どうぞ・・・」


「よーし! やっとさっぱり出来るな!」


 そう言って、シズクはマサヒデの前で歩きながら脱ぎだした。


「・・・」


 マサヒデは目を逸して、がっくり肩を落とした。



----------



 朝食を終え、シズクと2人でギルドへ向かう。

 ラディは、ギルドには既にアルマダが紹介している。

 シズクも紹介しておかねば。

 食堂、湯、訓練場など、マサヒデの身内なら、このギルドの施設を無料で利用させてくれるのだ。


「おはようございます」


「おはようございます!」


 受付嬢が元気な声を返してくれる。

 この娘の声は、いつも元気だ。


「そうだ、トミヤス様、王宮からお届け物ですよ!」


「王宮から?」


「先の試合、陛下もご覧になられたそうですし、何か下賜して下さったのでしょうか」


「へーえ」


 シズクがマサヒデの後ろから、顔を覗き込む。


「どうぞ! こちらです!」


 随分と小さな包みだ。

 金かと思ったが、持ってみるとそんなに重くもない。

 中は小さな金属の箱のようだ。


「こちらに受け取りのサインをお願いします」


 受付嬢が紙を差し出し、マサヒデはさらさらと名前を書いた。


「はい! 確認しました! ありがとうございます!」


 シズクが声を掛ける。


「ねえ、王宮からだろ? 見てみようよ」


「私も見ていいですか?」


 受付嬢も興味津々だ。


「じゃ、見てみましょうか」


 開けてみると、金属製の小さな箱。

 封書も入っている。


「なんでしょうか?」


「開けてみましょう」


 蓋を開けると、小さな印。

 思い出した。

 陛下は、マツと結婚した時に『印を送る』と言っていた。


「あ、これは印ですね」


「印?」


「ええ、先日・・・」


 マツの身分の話になってしまう。

 知っているのは、このギルドの中でオオタとマツモトと、立ち会ったメイドだけだ。


「先日、マツさんと結婚した時、陛下からお祝いの言葉を頂いたんですよ。

 何しろ、マツさんて、人の国でも3本の指に入る魔術師なんですから」


「へえ・・・そうだったんだ」


「で、その時にマツさんとの出会いとか、お話したんです。

 陛下は随分と面白がってくれましてね。また、旅の話を書簡で送れって。

 きっと、その為に送って下さったんですね」


「なあ、私の話も送るのかい?」


「そうですね。ドアを開けたら素っ裸で構えてた、とか」


「ええ!? なんですかそれ!? 教えて下さい!」


「聞くな!」


「ははは! 陛下も聞いたら驚きますよ」


「送るなよ!?」


「まあ、考えておきますよ。ふふふ」


「もう、陛下に知れたら恥ずかしいじゃないか。外、出歩けないよ・・・」


「ははは。さて、オオタさんかマツモトさんは・・・

 あ、オオタさんは、ものすごく忙しそうでしたね。

 マツモトさんはいらっしゃいますか?」


 依頼料をもらった時の、オオタの様子を思い出す。

 机の上には、いくつも山積みの書類があった。

 あの量は、とても1日や2日で終わる仕事ではあるまい。


「はい。少々お待ち下さい」


 ぱたぱたと受付嬢が駆けて行く。

 見慣れた風景だ。


「・・・ふーん・・・わざわざ、旅の話を聞くために、印をねえ・・・」


 鋭い。野生の勘というやつか。


「陛下には、我々庶民の旅の話なんて、聞くことはないでしょうからね。

 余程、面白かったんでしょう。

 それに、いわゆる庶民の生活って奴を、直に聞いてみたいんでしょう。

 そういうのって、国を治める者として、必要なんじゃないでしょうか」


 後半はアルマダの受け売りだ。


「ふうん・・・」


 何かが彼女の勘をつついているようだが・・・

 すぐに忘れそうだし、こちらから話さなければ、平気だろう。

 さっさと印を懐に入れ、マツモトを待つ。


「なあ、食堂も使い放題なんだろ?」


「ええ。そうですよ」


「酒も?」


「まあ、そうですが・・・」


「へーえ、太っ腹じゃないか」


「シズクさん。ご厚意で使わせてもらってるんですよ。

 あまり高いものばかり、食べたり飲んだりしないで下さいね」


「分かったよ・・・でも、お代わりはしてもいいだろ?」


「まあ、そのくらいは」


「じゃあ、腹一杯は食べれるな! あの宿、ほんとにメシは不味かったからさ。

 ここの食堂って美味しいんだろ? 楽しみなんだ」


 話していると、奥から受付嬢とマツモトが歩いて来た。


「おはようございます、トミヤス様」


「おはようございます、マツモトさん。

 今日は、新しく私の身内になりました、シズクさんをご紹介に」


「おや、あなたはたしか・・・」


「ええ。試合に出てた、あの方です」


「当ギルドよりも、トミヤス様を選ばれましたか」


「いやー・・・そのう・・・」


 申し訳なさそうに、シズクが下を向く。


「さあ、シズクさん」


「すみません! 忘れてました!」


 ば! とシズクが頭を下げる。

 マツモトが驚いてシズクを見つめる。


「は?」


「あの試合の後、私の誘いも、ギルドからの誘いもすっかり忘れてたようで」


「ははは! これはなんとまあ!」


「そうだ、シズクさん。そういう訳ですから、こちらで働いてもらっても結構ですよ」


「ダメだよ! 私は救世主と旅に出るんだ!」


「救世主?」


「ま、まあ色々ありまして」


「ははは、それでわざわざ、詫びに来てくれたんですか」


「はい。それと、またちょっと訓練場を貸し切りでお願いしたいと・・・

 一刻、いや半刻ほどで構いませんので」


「ええ、そのくらいの時間なら構いませんとも。少々お待ち下さい」


 マツモトは受付嬢から書類を受け取り、ぱら、とめくる。


「3日後くらい・・・そうですね、夕方か夜でいいでしょうか? それなら人も少ないですし」


「はい。ですが、今回はちょっとありまして」


「何か」


「実は、真剣での立ち会いの場にお借りしたいと」


「え、真剣ですか?」


「はい。『事があった時』の片付けなどは、全てこちらで済ませますので・・・」


「トミヤス様、まさか勝負でも申し込まれたので?」


「いえ。今回は私ではなく、こちらのシズクさんと、サダマキさんで」


「サダマキ・・・最終日にトミヤス様が戦われた、あの忍の?」


「はい」


「それはまた、どうして」


「勝った方が、私の勇者祭の組に、という条件での立ち会いです。治癒師のラディさんも見届人として参加しますが、何しろ真剣での勝負ですから・・・」


「なるほど・・・まあ、構いません。

 では、3日後の夕刻から夜ということで、細かい時間は本日中に決めます。

 連絡先は、魔術師協会でよろしいですね」


「ご迷惑をおかけします」


「いえいえ。そうだ、よかったら、また訓練場にお越し願えませんか。

 是非、皆に稽古をつけてやってもらいたい。

 たとえ付け焼き刃でも、当ギルドの質が少しでも上がれば、と」


「こちらも、実戦豊富な方々との稽古は、本当に良い経験になります。

 私にとっては、稽古ではなく合同訓練のようなものです。是非、お願いします」


 ちょいちょい、とシズクがマサヒデの服を引っ張る。


「? どうしました」


「あ、あのー・・・」


「シズク様、でしたね? どうされました?」


「私も、訓練場、使っても・・・」


「もちろんですとも。湯殿に食堂、なんでもお使い下さい」


「やった! ありがとうございます!」


「ははは! それだけ喜ばれてもらえると、こちらとしても嬉しい限りですね」


「あ、でも・・・」


「何か」


「私、稽古つけるとか、よく分かりません」


「構いません。思い切りぶちのめしてやって下さい。

 当ギルドのヘッポコ冒険者には、良い薬になります」


「あの、それ、本当ですか?」


「本当ですとも。好きなだけ・・・

 あ、なるべく物を壊さないで頂けると助かりますが」


「は、はい。気を付けます」


「それでは、早速ですが、訓練場へ行きましょうか。

 シズクさん、初稽古ですよ」


 シズクは、ぱあーっと顔を輝かせた。


「わあー! 行く!」


 マツモトがロビーにいる冒険者達に大声を上げた。


「皆さん! トミヤス様が稽古をつけて下さいます!

 参加は自由! 本日は新しい師範もご参加下さいます!

 この機会を逃してはなりません! 是非ご参加下さい!」


 おおー! とロビーから声が上がった。

 マツモトが、マサヒデに「お願いします」と頭を下げた。

 ぺこり、と頭を下げ、マサヒデとシズクは訓練場に向かった。

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