第17話 見合いの後


「それでは、また後日」


 マサヒデ達は馬車の前で、クレールと執事に別れを告げる。

 両親への報告、引っ越し、トミヤス道場への挨拶の準備。

 クレールも忙しくなろう、とのことで、今夜は一旦解散とした。


「わひゃひぇーひゃわ・・・」


 クレールはまだ泣いている。

 マサヒデはそっとクレールの涙を拭いて、


「私は、この町にいます。まだ、離れはしません。

 執事の方に伝えておきましたが、あなたもしばらく忙しくなります。

 準備が整いましたら、いつでも会いに来て下さい。

 使いも寄越しますから、ご心配なく」


「ぐすっ・・・はい」


 執事も、クレールの後ろで、背筋はぴしっと伸ばしていたが、まだ涙を流したままだ。


「・・・」


 マサヒデは執事に顔を向けた。


「・・・」


 執事も、マサヒデの顔を見つめる。


「私は、あなたという方が、クレールさんの側にいることを、誇りに思います」


 マサヒデは頭を下げた。


「マサヒデ様。あなた様が、お嬢様の夫になった時に、立ち会えた事を・・・

 ぐっ・・・くっ・・・ううっ! 私の生涯の誇りとします!」


 執事も綺麗に頭を下げた。


「では」


 アルマダが、まだ泣いているマツの肩に手をかけ、馬車に向かう。

 マサヒデも、くるっと振り向いて、馬車に足を掛けた。


(む)


 ソファーの隙間に、小さい紙が見える。

 そっと引っ張ってみると、結び文。カオルか。

 さっと左右を見て、馬車に乗った。


 マツに手を伸ばし、アルマダも続いて乗る。

 馬車の扉が閉じられた。


「・・・」


 馬車の窓のカーテンの隙間をちらりと見て、マサヒデは結び文を取り出した。


「マサヒデさん、それは・・・」


「カオルさんですね。何かあったのかも」


 はっ、とマツも泣き顔を上げる。

 化粧が崩れてぐしゃぐしゃだが、涙が止まり、顔が緊張している。

 マサヒデは文を開ける。


『レイシクランより差し入れ頂き候。

 主のお心遣い有難し。

 されど弁当必要なし』


 緊張した3人の肩ががくっと下がった。


「はあ・・・」


「ふう・・・サダマキさん、潜入がバレたようですね・・・」


「失点にならなければ良いのですが」


「まあ、カオルさんの身に何もなかったなら、良しとしましょう」



----------



 馬車がマツの家の前に着く。

 行きと同じように、マツは長いベールで顔を隠したまま、入って行った。

 カオルは既に帰っているようで「おかえりなさいませ」と声が聞こえる。


 アルマダとマサヒデは、外で話す。


「マサヒデさん。色々あって遅くなってしまいましたが、明日、治癒師の方をご紹介します。

 名前はラディスラヴァ=ホルニコヴァ。

 治癒魔術もとんでもなく素晴らしいですが、武器や鎧の目利きも出来る方です」


「らで、らでぃすら・・・? 難しい名前ですね?」


「西の方の出身らしいですよ。無口で大きな方ですけど、驚かないで下さい。

 見た目と違って、すごく優しい方です。

 ふふ、ちょっと抜けてる所もあって、愛嬌のある方です。

 ついでに、マサヒデさんの刀も見てもらってはどうです?」


「ああ。銘がなくて分からなかったですが、見てもらえば分かるでしょうか」


「銘まで鑑定出来るかは分かりませんが、どのような作かはぴたりと当ててきますよ。どの派の作くらいは分かるかもしれませんね」


「へえ・・・」


「今日は遅くなりましたし、昼過ぎにでも、また小会議室で」


「分かりました」


「では」


 アルマダはギルドの繋ぎ場に置いてあった馬へ歩いていき、馬を引いて帰って行った。

 それを見送り、マサヒデも中に入る。


「ご主人様、おかえりなさいませ」


「ふふ、カオルさん。バレたようですね?」


「は・・・お恥ずかしい限りです」


 マサヒデも上がって、奥の間に向かう。


「しかし、レイシクランの方々も、あなたほどの方を、よく見つけられましたね」


「は。おそらく、レイシクランと同じ種族の忍では、と」


「レイシクランと同じ種族の忍・・・他とは違いますか」


「はい」


 紋服を脱いで、用意されていた着流しにささっと着替える。

 きれいに紋服を畳んで置いた。

 縁側の部屋に行くと、縁側でマツが待っていた。


「マサヒデ様。本日はおめでとうございました」


「マツさん。一緒に来てくれて、助かりました」


「行って良かった・・・」


「マツさん、すごく泣いてましたね」


「ええ・・・」


「ふふ。あれだけ嫉妬してたのに」


「もう。マサヒデ様だって、真っ青な顔で震えていたじゃありませんか」


「ははは。確かに」


 カオルが、す、と2人に茶を差し出す。


「ありがとうございます」


 2人は湯呑を持って、茶を啜る。

 今夜は月が明るい。

 月を眺め、マサヒデはクレールの顔を思い出す。


 涙を流し、化粧が崩れ、ぐしゃぐしゃの顔で、マサヒデを見上げる顔。

 マサヒデをまっすぐに見つめる、あの綺麗な赤い瞳。

 月明かりに輝いていた。

 クレールの銀色の髪と赤い瞳が、輝いていた。


「・・・」


「馬車に乗ろうとした時、クレールさんが、マサヒデ様に飛び込んで来た時・・・」


「・・・」


「私、急にすごく嬉しくなりました。正直に申しますけど、レストランに入った時、クレールさんがマサヒデ様に跳びついた時、すごく嫉妬しました。でも、あの時は嬉しくなって、涙が流れて・・・」


「そうでしたか」


「馬車の前でお二人が抱き合っているのを見て、嫉妬とか、そういうのなかったんです」


「・・・」


「心の底から、クレールさんが来てくれて良かった、って思いました。

 クレールさんが、すごく美しく見えました」


 マサヒデは無言で茶を啜る。


「あの時、もしクレールさんが来てなかったら・・・

 私、心に嫉妬だけ残して、ここでマサヒデ様に火でも着けてたかも」


「ふふ。物騒ですね」


「でも、そんな気持ち、一気になくなりました。

 上手く言葉に出来ませんけど、感謝とか、嬉しいとか。

 喜びみたいな、そんな感情が心に一杯になってしまって・・・」


「マツさんも喜んでくれて、私も嬉しいです」


「最初は、マサヒデ様の言葉の綾で、仕方なく、なんて気持ちもありましたけど。

 もう、そんな気持ち、ありません。

 クレールさんと家族になれて、本当に、良かった」


「はい。私もそう思います」


 マツがいつものように、肩に顔を乗せる。


「マサヒデ様」


「なんですか」


「クレールさんが来たら、そっちの肩、貸してあげて下さいね」


「ええ。もちろん」


「でも、クレールさん、背が届くかしら」


「じゃあ、背中を貸しましょう」


「それも良いかも」


 す、とマツが立ち上がり、マサヒデの後ろに座った。

 そっと、マサヒデの背中に顔を乗せ、もたれかかる。


「クレールさん、この背中を思い出して、涙を流したんですね」


「やめて下さい、恥ずかしい」


「やめませんよ。クレールさんが来るまでは、私だけのマサヒデ様なんですから・・・」


「クレールさんが来たら」


 はっ! とマサヒデは思い出した。

 そういえば、マツもまだ道場に行ってなかった。

 嫁が増えて、2人で一緒に行ったら・・・


「ぷ・・・くく、ふふふ」


 マサヒデは口を抑えて、笑いをこらえる。


「あら、どうなさいました?」


「くくく、思い出しました」


「何をですか?」


「ほら、前に父上と母上に、マツさんとの結婚の報告を送った時です。

 しばらく試合で忙しいから、マツさんもしばらくは道場に挨拶には行けないって、書いたんです」


「ええ」


「マツさんとクレールさん、2人揃って行ったら、父上はどんな顔をするかって」


「あら」


「父上が驚く顔なんて、滅多に見られませんから・・・ふふふ」


「うふふ。やっぱり、マサヒデ様って、いたずら好きです」


「あはははは!」


 堪えきれなくなって、とうとうマサヒデは声を上げて笑いだしてしまった。


「ふふふ、クレールさんの準備が整ったら、お二人で一緒に行ってもらって良いですか?」


「ええ。もちろんです」


「その時の、父上の顔、教えて下さいね」


「ふふふ。あ、そうでした、マサヒデ様と私のタマゴの話もしませんと」


「ははははは! マツさんもいたずら好きですね! はははは!」


「子が出来たというのに、ご両親に報告しないなんて、ありえませんよ」


「た、確かにそうですね・・・ふふふ」


「あ、そういえば」


「ふふふ、どうしました」


「そろそろ、お医者様に行きませんと」


「ああ、そうでしたね。そうだ、私、明日、ギルドに用事があるんです。

 アルマダさんが、治癒師の方をご紹介して下さるそうで。

 マツさんにも紹介するつもりでしたし、医者に行った後、一緒に来ませんか?」


「あら、楽しみ。どんな方かしら」


「なんでも、無口で大きくて、見た目と違って優しくて、素晴らしい治癒魔術を使うとか。あと、武器や鎧の目利きもすごいらしいですよ」


「へえ・・・無口で大きくて、武器の目利き・・・

 なんだか、いかつい鍛冶屋さんを想像しちゃいますけど」


「どんな方でしょうね。私も楽しみです。昼過ぎですから、昼前に医者に行って、食事はそのままギルドで済ませて、一緒に行きましょう」


「そうですね」


「カオルさんも来てくれますよね?」


「・・・」


「? どうしました?」


「あ・・・」


「どうしました、マツさんまで」


「・・・こう言ってはなんですが、その・・・

 目の前であまりベタベタされていたので・・・

 私のことなど、忘れられているかと」


「ま、まーさかあ! そんなことありませんよ!」


「マツさん・・・」


「奥方様、お気になさらず」


「・・・カオルさん、ごめんなさい・・・」


「いえ。では、明日は共をさせて頂きます」

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