第3話

 バレンタイン当日。

うちの学校はおおらかなのか、お菓子の持ち込みを禁止していない。

禁止どころか購買にお菓子が売ってあるんだもの。

だから有紀ゆき佳織かおりも学校にチョコレートを持ってきている。

ふたりともいつもより早く登校していた。

それぞれのお目当ての人の靴箱に呼び出しのメモを入れるために。

 

 放課後、ふたりはそれぞれ待ち合わせの場所に向かって行った。

佳織は体育館の裏に───演劇部の部室が近いから。

有紀は理科準備室。

加藤君が生物部だというのは意外だったわ。

教室の自分の席に座って、ふたりが戻ってくるのを待った。

 

 先に戻ってきたのは佳織。

「おかえり、どうだった?」

「うん……ありがとうって、受け取ってくれた」

「よかったじゃない」

「で、ね。ごめん」

「なにが?」

「あの……斉木君がね、一緒に帰ろうって。僕たちの部活見学しながら終わるの待っててって。だから……」

 

 一緒には帰れない、ということね。

「いいよぉ、気にしないで。私は有紀を待って一緒に帰るから」

「うん……ありがとう」

そういって佳織はかばんを持って教室を出て行った。

(佳織はうまくいったのね……有紀はどうなんだろう?加藤君、どんな返事するんだろう)

 

 しばらく待つと、有紀も戻ってきた。

なんだかぼ~っとしてる?気のせいか目が潤んでいるような───もしかしてフラれ……?!

「おかえり……どう、だった?」

結果を知りたいような知りたくないような、そんな複雑な思いが脳裏をよぎる。


 私が聞いたとたん、有紀のほほが真っ赤に染まった。

じっと私を見つめて、パチパチとまばたきをする。

───あいかわらず、まつ毛長いな。

「え?ど、どうしたの?」

「里穂ぉ……」

まさか、加藤君。

 

 「すっげぇ嬉しい。ありがとうって」

「……え?」

「おれも、ずっと好きだったって」

「あ……」

よかったね、が言えない。

でも、言わなくちゃ。

「そ、そうだったんだ。よかったね、有紀」

声、震えてなかったよ……ね。

 

 「それで、ごめんね」

「なにが?」

「あの……加藤君が、今日は部活が休みだって。だから一緒に帰ろうって」

「そうなんだ。いいよ、私のことは気にしなくっていいからさ」

「うん。ありがとう」

「あ、ちょっと待って」

 

 私はかばんに入れて持ってきていた生チョコの箱を取り出した。

包装紙をはがしたむき出しの箱。

ふたをあけて二本の指で中のひとつをつまみあげる。

「はい、あ~ん」

「なぁに?」

「告白がうまくいったお祝い」

「なにそれ~」

 

 ケラケラと笑いながらも、有紀はあーんと口を開けてくれた。

ぱくっ。

チョコレートごとくわえられた指を、そっと有紀のくちびるからひきぬく。

有紀の唾液で濡れた指先には、ココアパウダーと少しだけ溶けたチョコレートがついている。

「甘~い。でも、おいしい~」

有紀がしあわせそうにほほ笑む。

 

 「ほら、加藤君が待ってるんでしょ。早く行かなきゃ」

「あ、うん。ごめんね。チョコありがとう」

かばんを手に教室を出ていく有紀に、私はバイバイと手を振った。

バイバイ───私の恋心。

 

 チョコレートが残ったままの指で、新しい生チョコをひとつつまんで口に入れる。

指でつまんだままのチョコレートが、口の中でゆっくりと溶けていく。

指に残っていたチョコレートも一緒に。

 

 「……うん、甘い」

私は胸の苦さを、溶けたチョコレートと一緒に飲みこんだ。。

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……うん、甘い。 奈那美(=^x^=)猫部 @mike7691

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