第55話 今一度咲く災いの薔薇

「……本当に飛ばされたな」


 魔法陣を踏んで飛ばされた先がイフティミアが予想した通りの場所──絢爛さを失った謁見の間であることにサンダルフォンは驚嘆する。


「確かあの花瓶に集めた花弁を入れれば良いんだったね?」

「ああ」


 壊れた玉座の傍らに置かれた硝子の花瓶に五枚の花弁を入れ、サンダルフォンは数歩後ろに下がる。


「──待ち侘びたぞ、この時を」


 突然声が響くや否や、花瓶から赤い液体が溢れ出す。


「長かった、いや短かったか?まぁどちらでも良い」


 花瓶を包み込んだ赤い液体は巨大な一輪の薔薇を形作った後、ゆっくりと蕾を開いていく。


「大義であったぞ、モーリエの狩人よ」


 薔薇の中から現れた貴婦人──パンフィリカが微笑んだのに対し、サンダルフォンは不服そうな顔をする。


「お前のためにやったんじゃない」

「妾を討ち取って魔城を崩壊させるため、であろう?」

「分かっているなら話が早いな」


 抜き払った双剣を構え、サンダルフォンはパンフィリカを睨み付ける。


「今度こそキッチリ死ね」

「……品の無い言葉を安易に吐くでない、モーリエの狩人ともあろう者が人格の未熟を晒すなどという愚を犯すな」


 蔑むような視線をサンダルフォンに向けるパンフィリカが指を鳴らした瞬間、謁見の間が絢爛な姿を取り戻す。


「畏敬の念を抱かれるべき者が無作法であってはならぬ」

「知るかそんなこと!」


 そう叫ぶのと同時にサンダルフォンは地面を蹴り、双剣の一方を勢い良く振り下ろす。


「──嘆かわしいな」


 いつの間にか携えていた赤いレイピアでサンダルフォンが放った一太刀を受け流した後、パンフィリカは溜め息を吐く。



「その野蛮な振る舞いが祖先の顔に泥を塗っている自覚は無いのか?」

「少なくともお前にとやかく言われる筋合いは無い」


 すげなく言い切った後、サンダルフォンは眉を顰める。


「……そもそも、お前が素直に負けを認めなかったからこんなことになったんだろうが」

「ほう、妾に非があると申すか」

「実際そうだろ、未練がましいことをしやがって」

「未練があったことは認めよう。名も知れぬ狩人どもに敗れた屈辱が耐え難かいものであったこともな」

「それが復活の魔法を自分にかけた理由か?」

「然り。やり直しの機会があるならそれを活用しない理由は無かろう?」

「……その言い分にだけは賛同する」


 顔を俯かせたままサンダルフォンは苦々しげに呟く。


「けどな、お前がやり直したせいで迷惑を被ってる奴がごまんといるんだよ!」

「人間の都合など知ったことか!」


 勢い良く顔を上げて叫ぶのと同時に斬りかかってきたサンダルフォンに対して身勝手な言い分を叫び返しながらパンフィリカは赤いレイピアを振り上げる。


「そなたたち人間は妾たち吸血鬼の糧となる誉れを甘受しておれば良いのだ!」

「ふざけたことを言うのも大概にしろ!」


 何度と無く打ち合った後、サンダルフォンは双剣の柄を強く握り締める。


「これでも──」

「愚か者め」


 双剣の一方を投げるよりも先に間合いを詰めてきたパンフィリカの拳をもろに喰らったサンダルフォンは壁に叩きつけられた。

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