第53話 ありきたりな不運の果てに

「さて、と」


 ソファーから立ち上がり、サンダルフォンは殺風景な部屋の奥を目指して歩き出す。


「それにしてもケリムはどこに……」

「──おや、私をお探しでしたか」


 硬い靴音を響かせながら姿を現した痩せぎすの男は不意に足を止め、冷ややかな視線をサンダルフォンに向ける。


「おおよその見当はついてますが敢えて聞きましょう。ご用件は?」

「お前とお前の主君を討ち取りに来た」

「……ラジアン殿が気に入りそうな無粋さですね」


 心底嫌そうな声で呟いた後、痩せぎすの男──ケリムは深い溜め息を吐く。


「私の作品たちを傷付けるだけに飽き足らず、パンフィリカ様を討ち取りに来たなどと宣う不埒者の要求に応じる義理はありません」

「……先にちょっかいをかけてきたのはお前の作品たちだぞ」

「それは失礼いたしました。悪戯好きなところには私もほとほと手を焼いておりまして」

「御託は良いからさっさとかかってこい」

「……どこまでも無粋な輩ですね」


 何の前触れも無く現れた巨大な絵画の後ろでケリムは肩を竦める。


「何が出て来ようとやることは同じだ」


 低い声で呟き、サンダルフォンは双剣を抜き払う。


「存分に遊んできなさい」


 ケリムがそう告げるのと同時に巨大な絵画から黒い獅子が飛び出す。


「まずはお前からか」


 咆哮を上げながら突進してきた黒い獅子の顔に一太刀を浴びせ、サンダルフォンはにやりと笑う。


「何だよ見かけ倒しじゃなっ!?」


 死角から襲いかかってきた白い鷲の爪を双剣で弾いた勢いでサンダルフォンは足をふらつかせる。


「ああ、言い忘れていましたがこの作品は順番待ちが出来るような良い子ではありませんよ」

「後出しの情報としては最悪の部類だな……!」


 嘲るような笑みをケリムが浮かべる一方、サンダルフォンは怒りに満ちた目を巨大な絵画に向ける。


「まずいよサン坊、また新しい奴が──」

「出て来る前に本体を壊せば良いんだろ!」


 黒い獅子と白い鷲の攻撃を躱したサンダルフォンは双剣の一方を投げ、今まさに巨大な絵画から出て来ようとしていた赤い蛇の頭を貫く。


「ガアアアア!」


 獣たちが絶叫する中、サンダルフォンは赤い蛇に刺さった剣を回収して巨大な絵画を斬り裂く。


「くっ……!だがまだ、」

「いいや、もう終わりだ」


 そう告げるのと同時にサンダルフォンはケリムの背中に双剣の一方を突き立てる。


「い、いつの間に……」

「お前の作品を倒すのに比べたら簡単なことだ」

「──ふふ、そうでしょうとも。私はただの画家、百戦錬磨の武人を描くことは出来ても武人そのものになることは出来ませんので」


 自重するような笑みを浮かべたままケリムは霧散する。


「これで五枚目か」


 双剣を鞘に収めて花弁を手にした瞬間、サンダルフォンの脳裏に見知らぬ光景が過る。


「そなた、死ぬ気か?」

「……どなたかは存じませんがお引き取りを。巻き添えを食いたくはないでしょう?」


 燭台を手にしたままケリムが力無く笑ったのに対し、帽子を被った貴婦人は呆れた顔をする。


「妾に構うだけの気力があるなら聞くべき声を聞け」

「聞くべき声……?」

「さっきから何度と無く訴えておるぞ。やめろ、死なないでくれ、とな」


 ケリムから燭台を取り上げ、貴婦人は微笑む。


「絵画たちに愛されるそなたも、創造主たるそなたを愛する絵画たちも、無関心という名の火で燃やしてしまうのは惜しい」

「は、はぁ……」

「故に妾は提供しよう、そなたたちが共に在れる場所を」


「今回は何を見たんだい?」

「……ありふれた話の一部分だ」


 素っ気無く言い放った後、サンダルフォンは懐からブローチを取り出した。

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