第6話 彼女の事情
何となく、彼女の思考が読めた気がする。
多分、監獄での俺とジェレムとの交戦を後ろから見ていたんだろう。何も知らない人間があの光景だけを目にすれば、俺が凄腕の魔術師に見えてもおかしくはない。
でも、あれはエルメラの力だ。
俺は指示に従っただけで、誰かを守るだけの力は持ち合わせちゃいない。
つまり、頼むべき相手を決定的に間違えてしまっている。
こちとら自分の身さえ危ういモブ悪役なんだ。
窮地に陥った美少女を守るのなんて、それこそ主人公の役割だろ。
……まあそういうメタっぽい話は抜きにしても、この交渉は最初から交換条件が成立していないのが問題だ。
適当に安請け負いすれば俺が得するんだろうけど、なんかそれはあまりにも不誠実な行為で気が引ける。
安全な潜伏場所を捨て去るのは惜しいが、断るしかないか。エルメラが他の人間を守るとも思えないしな。
「悪いが他を当たってくれ。俺には君を守りきる保証なんてできない」
少女は返答を聞いても、顔色ひとつ変えずに俺を見据え続けていた。まるで最初から断られるのが分かっていたかのように。
「……私があなたに交渉を持ちかけようとした理由は、たったひとつだけ」
「? いや、だから断るって――」
尚も会話を続けようとする少女に再び意思表明をしようとして、違和感に気付いた。
ずっと俺を見ていたはずの少女の視線が、少し左へとズレている。そう、俺の隣で無表情で会話を聞いていたエルメラのいる方向へと。
勘違いかもしれないと思ったが、間違いない。
おいおい、まさか……。
「あなたの隣にいる人物、それが私があなたに声をかけた最大の理由」
絶対的な確信と共に放たれた言葉だった。
俺が今更誤魔化しを重ねようと、もうどうにもならないほどに。
どうやら本当にエルメラの姿が見えているらしい。
ただの交渉のつもりが、これじゃ話がまったく変わってくるぞ。
……というか、何で見えてるんだよ。
監獄を含めた道中、誰ひとりとしてエルメラに気付いた様子はなかった。それは俺を苦しめたジェレムでさえも例外ではない。
だから、この場合は目の前の少女が特別なんだ。
「なるほどな」
俺が出方に迷っていると、尊大に足を組んだエルメラが興味深そうに少女を見下ろす。こんな状況にあっても、いつもの余裕綽々の態度は変わらないらしい。
少女は姿だけではなく声も聞こえているらしく、緊張のせいか身を固くしている。
まあ、言うなれば人型の猛獣に睨まれているようなものだからな。
悪魔を前にした人間っていうのは、こういった反応が普通なんだろう。
「お前、魔眼を持っているな」
「……はい、その通りです」
え、マジで?
魔眼って原作でもそんなに登場しない結構希少な力じゃん。未来視だったり千里眼だったり、魔眼という名の通りすべて眼に関する能力を持っている。
でも、魔眼持ちなら俺が知ってる登場人物でもおかしくないんだけどな。
覚えがないってことは作中でもずっと牢獄に閉じ込められていたか、あるいは既に命を落としていたのか。
どちらにせよ、本来表に出ることのない人物には変わりないはずだ。ここが現実である以上、俺の行動によっては他人の運命も大きく変えられるらしい。
とりあえず、エルメラの姿が見える理由には納得がいった。
彼女が俺たちに守って欲しいと交渉してきた理由についても、魔眼持ちというだけで察しはつく。
「君、その眼を狙われてるのか」
魔眼は強力な力だ。
本来なら先天的にしかその能力を得られない。
だけど、後天的に魔眼を得る方法もないわけじゃない。
簡単な話だ。
自分が持っていないものなら、持っている人間から奪ってしまえばいい。
確か魔眼の移植の適合率はそう高くはなかったはずだが、可能性があるというだけで魅力的に映る人間はいくらでもいる。
そういった顧客相手のために魔眼を集める悪趣味な人間も存在するわけだ。
そうした事情もあり、魔眼とは恩寵であると同時に呪いでもある。
目の前の少女にとってどちらかなんて、聞くまでもないだろう。
出来るなら俺たちにも魔眼の存在は明かしたくはなかったはずだ。
まあ、俺に他人の眼球を抜き取る趣味なんて存在しないけど。
「……理由はひとつと言ったけど、たった今もうひとつ出来た」
「ん?」
少女の感情に乏しい瞳が、俺を真っ直ぐに見つめる。
「あなたは私の眼に興味がない」
「……興味が無いと言うか、奪うつもりがないっていうのは正解だな」
「それだけで協力者としては十分過ぎる」
何となくどういう人生を送ってきたか分かる発言で胸が痛くなるな……。
はてさて、この情報を踏まえた上でどう返答するべきなのか。
『俺としては結構協力に前向きなんだけど、エルメラはどうだ?』
『好きにしろ。どちらにしろ、お前が力をつけなければ私の力も十全に活かせない』
まあ、現状だと魔法を数回使用出来るくらいだからな。
交渉相手がエルメラを認知している上で安全な場所を確保出来るなら、条件としては悪くない。
問題があるとするなら、この少女がエルメラの存在を言い触らした場合だろう。彼女自身が魔眼という地雷を抱えている以上、可能性としては低いとは思うが。
……よし、決めた。
「交渉成立だ」
俺の同意に少女は少しホッとした様子で息を吐き、こちらへと歩み寄る。
「私はシスティ、これからよろしく」
「レルムだ、出来る限り協力するよ」
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