第四十七話 美鈴と美月

 一瞬の静寂が、辺りを包んだ。

 そんな中、俺は2人を観察する。

 ん? こいつ美鈴と瓜二つだが……ああ、なるほど。妹か。

 そして、服装的にこいつ――美月は”魔滅会”に所属しているといった所か。

 ただ、殺し合いをしている事から、美鈴は”魔滅会”と繋がっている訳では無さそうだ。

 俺は《鑑定アナライズ》を行使し、刹那の内に状況を把握すると、一先ずボロボロの美鈴を抱え、後方に離脱する。


「大丈夫か?」


 そして、手製の治癒薬をかけて、美鈴の身体を完治させるとそう問いかける。


「くっ あんた、邪魔しないでよ! 死ねぇ!」


 すると、この状況に腹を立てたのか、美月が腹の底から声を上げると、剣を振り上げて俺に襲い掛かって来た。

 なるほど。俺の命を奪おうとでも言うのか。


「おい――【お前の方が死ね――】」


 なら、遠慮する必要は無い。

 俺は1秒でも早くこの女をこの世から抹消しようと、《死ノ宣告デス》を告げようとした――次の瞬間。


「待って! お願い大翔!」


「っ!」


 なんと、美鈴が俺と美月の間に割って入ったのだ。

 そして――俺はその言葉に、《死ノ宣告デス》の詠唱を切り止めると、代わりに普通の殺意を放って美月を跪かせた。


「……何故だ?」


 思わず口にしたその言葉には、2つの意味があった。

 1つ目は単純に、何故己を殺そうとした美月を庇うのか。

 そして2つ目は――何故、俺がの言葉で、己を害そうとした美月を殺さなかったのか。

 すると、美鈴が1つ目の答えを告げる。


「美月は……彼女は、私の妹なんです。だから、私の手で決着をつけたい……!」


 その瞳には、絶対に譲らないという覚悟がありありと浮かんでいた。


「我儘だと思われても構いません! ただ、それでも……だって、家族だから……今でも、大切な家族なの……だから――」


「……そうか」


 大切な家族と言われても、俺は家族を大切に思った事が無いから分からない。

 何故ここまで己を害そうとした人間に必死になれるのか、俺には分からない。

 美鈴のその瞳は、俺には分からない。

 だけど――


「……似てるな」


 その決意に、俺は在りし日の自分を重ねてしまった。

 強い決意を胸に、全身全霊でダンジョンを攻略し、力を追い求める、俺に――


「……あれを逃がさないように囲っとけば、問題は無いな。分かった」


 美鈴の言葉に、俺は頷いた。

 そして立ち上がると、殺気を解除してあの女――美月を立ち上がらせる。

 一方、俺の殺気を浴び続けた美月は、恐れの表情を俺に向けた。


「あんた……何者よ。レベル92の私が動けなくなる殺気を放つなんて、イカれてるわよ……!」


 だが、その顔にあった戦意は、一切の衰えも無かった。

 凄まじい……執念というものか。


「……お前も、俺と似てるな」


「はぁ?」


 俺が思わず呟いた言葉に、美月は訳が分からないとばかりに声を上げる。

 だが、そんなの無視して俺は言葉を続けた。


「もし、あいつらが生きている内に地上へ出ていたのなら――今のお前みたいに憎悪の炎を宿しながら、殺して回っただろう。親も、クラスの奴らも、教師も、警察も。もっとも。全員俺が知らない間に死んだだろうし、時間も結構経ったから、そうならなかったけど」


 俺の言葉に――表情に。

 美月も美鈴も、息を呑んだような気がした。

 だが、直ぐに美月が俺の言葉を鼻で笑う。


「ふん。あんたも大概、ロクデナシなんだね。そんなあんたが、正義の味方気取りで美鈴あいつを守ったとか、とんだ笑い種だわ」


 何を言っているのだろうか、こいつは。

 まあ、所詮は人間か。

 しかもこいつは自分が”極まっている”と思い込んでいるだけの”半端者”――見れば分かる。


「くだらないな。そもそも俺は、人間が嫌いだ。人間にどう思われようが、人間がどうなろうが、どうでもいい」


 俺の本質に触れる言葉に、美月と美鈴は震えた。


「……だがな。道理は通したいんだよ。人間クズに堕ちたくないんだよ。だから道理を通すべく、後は約束を守って貰いたいから、守った」


「約束……?」


 すると、俺の言葉に美鈴が反応する。

 おいおい。少し前に言っただろうに。もう忘れたのか?


「言っただろう。今度、海鮮系の店を紹介してくれって」


「あ――……」


 俺の言葉に、美鈴はあらんばかりに目を見開いた。


「……さてと。そろそろ人がこっちに来る。話は終わりだ」


 俺はため息を吐くとそう言って視線を美鈴から背けた。

 そして、魂魄をじっと観察し続けた結果を、自身の経験則を元に、美月へ告げる。


「お前には未練しかない。前へ進もうとする気概すらない。そして――唯一の原動力である憎悪ですら、美鈴を前に揺らいでいる。こうなった以上、お前に勝ち目はないよ」


「……っ! あんたに何が分かる!!!!」


 俺の言葉に、美月は声を荒げた。

 図星……かな。

 まあ、それ以上考える必要は無いな。

 俺にとって、こいつは敵であるわけだし、どう転ぼうがここで美月を始末するのは確定だ。


「どうでもいいよ。それじゃ――【歪め、空間――《歪曲領域ディストーションフィールド》】」


 直後、空間を歪ませる結界が、この場を包み込むのであった。

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