30.優しさ

 九条とデートの約束をしてから数日経った。デート当日を迎えても、俺は緊張が収まらなかった。女の子とのデートだから緊張しているのではない。九条とのデートだから緊張しているのだ。

 勿論、デートをする以上、俺は自分にできる限りの誠意は尽くす。わざと嫌われるような真似はしない。それは流石に九条に失礼だ。

 だから普通にデートをして、そのうえで俺はイメージと違ったとなるのが理想だ。九条も吊り橋効果的なやつで俺を好きだと錯覚しただけかもしれないし。

 家は近所だが、待ち合わせは駅前にした。どうせデートをするなら近所だからと合流していくより、待ち合わせをした方が雰囲気が出る。

 駅前に着くと、既に九条は待機していた。春色のワンピースがよく似合っている。うっすらと汗が光っている。俺は嫌な予感がして、九条に聞く。


「九条、お前いつからここにいたんだ」

「あ、真様。ざっと一時間前ですかね」


 驚いた。一時間もこんなところで待っていたのか。


「待ち合わせは10時だろう」


 時間は9時50分。俺が遅刻したわけではない。


「楽しみすぎて家を出ちゃいました。待っている間も今日のことを思い浮かべていたらあっという間に時間が過ぎました。なのでお気になさらないでください」

「気にするわ。どうする。どこかで一休みするか」

「…………」

「どうした?」


 九条が驚いた様子で固まったので、俺は訝しんで問う。


「いえ、時間通りにデートに来てくれただけでなく、私を気遣ってくれるなんて。感激して言葉に詰まっただけです」

「言っておくが、これぐらい普通のことだからな。今まで付き合ってきた男がクズだっただけだ」

「そう、なのかもしれませんね」


 時間通りにデートに来ただけで好感度が上がるとか、九条はいったい今までどんな男と付き合ってきたのか。想像するだけで虫唾が走る。


「私のことはお気になさらず。せっかくのデートなのですから、行きましょう」

「そうか。なら、行くか」


 そう言って改札を潜った俺たちは電車に乗り込む。座席が空いていたので並んで座った。


「動物園楽しみですね」


 うきうきした様子で九条が微笑む。


「無難なところを選んでみた。動物好きなのか?」

「はい。ただアレルギーがあるので、ペットを飼ったことがなく」

「そうか。俺もペットを飼ったことはないな」

「もし真様がペットを飼っていたら、真様に似て優しいでしょうね」


 そう言って微笑みかけてくる九条が楽しそうで、俺も思わず笑みを浮かべる。


「真様が笑ってくださいました。優しい笑顔ですね」

「俺だって人間だから笑いぐらいするさ」

「私に笑顔を向けてくれたのが初めてだったので、嬉しいのです」


 そう言えば、俺は九条と出会ってから笑顔を向けた記憶がない。心のどこかで九条は未来で俺を刺すんじゃないかと恐れていた。だが、こうして隣にいる姿を見ていると、どこにでもいる普通の女の子にしか見えない。

 九条と雑談に興じていると、妊婦らしき女性が乗り込んできた。俺はすかさず立ち上がり、女性に声を掛ける。


「ここ座ってください」

「ここどうぞ」


 同時に声がしたので隣を見ると、九条も立ち上がっていた。

 九条も驚いた様子で俺を見ている。

 俺は九条の肩に手を置くと、優しく押した。


「九条は一時間も俺を待ってたんだ。座ってろ」

「ありがとうございます」


 俺は女性に席を譲ると、九条の前に立った。しばらく電車に揺られていると目的地の駅に着いた。


「やっぱり真様は優しいですね」

「九条だって席を譲ろうとしていたじゃないか」

「そうですが、迷いなく声を掛けるというのは誰にでもできることじゃないですよ」


 九条に褒められるとどこかくすぐったい。

 駅から出て、少し歩くと動物園が見えてくる。入口で二人分のチケットを購入すると、一枚を九条へ手渡した。


「それじゃ入場するか」

「はい」


 入口から動物園の中に入ると、早速フラミンゴのエリアが視界に入った。


「凄いですね。片足で立ってる。ふふ、凄いバランス能力です」


 そう言って九条もフラミンゴを真似て片足で立とうとする。が、すぐに態勢を崩し、前のめりになる。


「危ない」

 

 俺は倒れてきた九条を支える。九条は上目遣いで俺を見ると、ぽっと頬を朱に染めた。


「すみません、真様」

「いいよ。真似したくなる気持ちは俺にもわかる」


 俺の胸から顔を離し、きちんと立った九条は手で顔を仰ぎながら、俺を横目で見た。


「意外と、たくましい胸板でした」

「しれっと堪能してるじゃないか」

「真様も私の胸板堪能してみます?」


 そう言って胸を張る九条。いや、胸板というより柔らかいものが当たっちゃうだろう。


「いらん」

「むう。自信ありましたのに」


 素で言っているのか冗談なのかはわからないが、少し惜しいことをしたなという気分になったのも本当だ。男なら誰だって夢を見るものだろう。

 園内マップを広げ、見たい動物をピックアップする。


「コアラを見てみたいです」

「なら、コアラの方から回るか」


 九条の希望を聞き、俺たちはコアラ館へと移動する。道中、猿の檻があったりしたのでついでに見ていく。木々を器用に長い手足で伝いながら移動する猿には、思わず感嘆の声を漏らした。

 コアラ館に着くと、中はとても静かだった。俺たちも会話を潜め、できるだけ音を出さないようにする。

 コアラは木に捕まっており、こちらを見ていた。


「可愛い」


 思わず九条がそう呟く。確かに愛嬌があるなと思う。食事中でユーカリの葉をむしゃむしゃと食べている。動物の生態を間近で観察できるのは動物園の醍醐味だろう。

 隣を見ると、九条は目を輝かせて食い入るようにコアラを見つめていた。


「真様、コアラですよ、コアラ」


 はしゃぐ姿はまるで子供のようで、見ていて微笑ましい。

 九条が楽しそうにしていたので、俺たちはしばらくコアラ館で時間を潰した。

 外に出ると九条が両手を合わせて深く息を吸う。


「感激しました。コアラ、可愛かったですね」

「可愛かったな。だが、はしゃぐ九条の方が可愛かったけどな」

「まあ。真様ったら」


 九条が頬を朱に染める。実際、九条が可愛いと思ったのは本当だからお世辞ではない。自然な笑顔を浮かべている姿が眩しいと思ったのだ。


「真様は見たい動物とかないのですか」

「虎が見たいかな」

「では行きましょう」


 始まる前は不安だった九条とのデートも順調に楽しめている。俺は先を行く九条の後を追って、虎の元へと向かった。



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ラブコメマンガの悪役主人公に転生してしまった オリウス @orius_novel

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