25.ギャップ

 カフェでまったりした時間を過ごし、俺たちは会計に進んだ。

 財布を出して支払いを済まそうとすると、黒川に腕を引かれた。


「今日は私が出すわ。これはお礼だから」


 黒川の言い分もわかる。だが、俺にだって男としてのプライドぐらいある。


「お礼ならもうされたからここは普通に出させてよ」

「お礼をもうした?」

「黒川さんとデートできてること自体がお礼だよ。だから、俺に出させて」

「デート……」


 黒川の顔が赤面する。この反応を見るにデートという自覚がなかったのだろう。だが、男女が休日にこうして二人で出かけるのはどう考えてもデートだ。


「わかったわ。ならこうしましょう。割り勘で支払いは済ませましょう。私だって奢ってもらえる理由がないもの」


 俺は黒川にだったら奢るくらいはしてもいいと思っているが、これ以上食い下がると店員さんを待たせることになるし、ここで引き下がっておこう。


「わかった。じゃあ割り勘で」


 そうして支払いを済ませる。

 店を出た俺たちは微妙な空気を纏いながら、立ち尽くす。


「えっと、お礼嬉しかったよ。今日はありがとう。それじゃまた学校で」


 俺はいたたまれない気持ちになり、その場から離脱を試みる。だが、その腕を黒川に引かれた。


「待って。まだ時間はあるかしら?」

「え? うん、あるけど」

「だったらもうちょっと付き合ってもらえるかしら。だって、これはその……デートなのでしょう?」


 俯きながら最後の方をぼしょぼしょと話す黒川を、俺は思わず可愛いと思ってしまう。

 こうして俺のことをデート相手として意識してくれているのがたまらなく嬉しい。俺はやはり黒川のことも好きなのだ。


「わかった。どこいこっか?」

「映画でも行かない? デートの定番だし」

「見たい映画でもあるの?」

「鈴木くんの見たい映画に付き合うわ。今日はお礼だもの」


 顔を赤くしながらそう提案してくれる黒川に、俺は嬉しい気持ちでいっぱいになる。


「わかった。じゃあ映画に行こう」


 道中、映画館のアプリを入れて上映作品をリサーチする。できれば黒川が楽しめる映画を選んであげたい。デートの定番といえば恋愛系の作品だけど、黒川がそういった作品を好むイメージがあまり湧かなかった。


「黒川さんは普段どんな作品を見たりするの?」

「私は映画はあまり見ないわ。金曜日の夜にやってるのをたまに見るぐらいかしら」


 なるほど。ということはマニア向けの映画は避けた方が良さそうだ。洋画も素人には難しいだろう。となると邦画あたりが良さそうだが、俺もたいして映画に詳しいわけじゃない。ここでハズレの作品を引いて雰囲気が悪くなることだけは避けたい。黒川の様子も見て慎重に決めないと。

 そんなことを考えているうちに映画館に辿り着いた。中央には上映している映画のチラシが陳列されている。

 そこに立ち寄り、黒川の様子を観察する。なにか興味がある作品があれば反応を示すはずだ。

 チラシを見ていた黒川があるチラシの前で立ち止まる。興味がある作品があったのかと、俺はそのチラシを確認した。


「それにする?」

「え? でも、これ原作少女マンガだし、鈴木くんにはおもしろくないと思うわよ」

「俺少女マンガ好きだよ」

「意外ね」

 

 実際、前世では嗜む程度には少女マンガを読んでいた。恋愛ストーリーが好きな俺にとって少女マンガはまさに好物と言っても過言ではない。


「意外といえば黒川さんもだよ。少女マンガ好きそうな人には見えなかったから」

「やっぱり変よね。私が少女マンガが好きなんて。自分でも似合わないのはわかっているわ」

「そういう意味じゃなくてさ。黒川さんってクールな一面があるからそういう趣味があるのはギャップがあって可愛いって話なんだけど」

「可愛い……」


 黒川が芝居がかった咳払いをする。どうやら恥ずかしかったようだ。

 

「鈴木くんがいいのならこれにしましょうか」


 誤魔化すようにそう言う。


「うん。そうしよう。恋愛映画はデートの定番だしね」


 再び黒川が芝居がかった咳払いをした。

 チケットを買い、ドリンク類を買いに来た。


「ポップコーン二人でシェアして食べない? ほら、映画の醍醐味だし」

「そうね。そうしましょう」


 俺の提案に黒川が頷く。


「何味にしよっか。黒川さん、苦手な味とかある?」

「特にないわ。昔から苦手な食べ物とかはないの」

「それはいいことだ。ならキャラメル味にしよっか」

「……どうして私の好きな味がわかるの」


 黒川が呟いたのは聞こえなかった振りをした。

 俺が黒川の好みを知っていたのは前世で読んでいたマンガの知識だ。黒川はクールだが、甘いものが好きというギャップがある。だからポップコーンならキャラメル味がいいんじゃないかと思っただけだったのだが、どんぴしゃだったな。

 ポップコーンとドリンクを購入し、スクリーンに移動する。

 暗くて足元が見えにくい中、自分たちの席を探して歩き回る。


「黒川さん、足元くらいから階段気を付けてね」

「うわ……」


 俺が注意を促した束の間、黒川は足を踏み外して前のめりになっていた。


「おっと」


 俺は咄嗟に腕を伸ばし、黒川の体を支える。手に持っていたポップコーンが少し床に散らばった。


「ごめんなさい。助かったわ」

「怪我はない?」

「鈴木くんが支えてくれたから大丈夫よ。ありがとう」


 腕に柔らかな感触を感じながら俺はどぎまぎする。顔が近い。吐息がかかる距離。俺たちは互いに顔を見つめたままその場で固まる。


「ごめんなさい」


 黒川が慌てて離れる。俺はそこでようやく我に返り、深呼吸をする。


「足元、気を付けて」

「え、ええ」


 二人して席を見つけ、腰掛ける。

 スクリーンでは映画の予告ムービーが流れている。俺はこの時間が結構好きだ。普段映画はあまり見に来ないが、たまに来た時はこの予告編を楽しみにしている。

 予告編が終われば注意事項の動画に室内が暗くなる。最後にノーモア映画泥棒の動画が流れた後、本編が始まった。



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