24.カフェ

 黒川と約束した土曜日を迎えた。

 朝十時に駅前で待ち合わせだ。前世ではお洒落服は一着も持っていなかったのだが、鈴木真はきちんとお洒落服を揃えていた。なので、着ていく服に困ることはなかった。

 比較的落ち着いた色合いの服を選び、家を出る。

 待ち合わせ場所に着くと既に黒川はもう来ていた。姫宮といい黒川といい、待ち合わせには正確に来るタイプの人間らしい。女の子はもっと準備に時間がかかって遅れるイメージだったのだが。


「黒川さんおはよう」

「あら、鈴木くん。おはよう」


 黒川派白黒の縞模様のセーターに黒のジャンパースカートを合わせてきていた。黒川らしい落ち着いた色合いで俺のファッションとも良く合っている。


「驚いたわ。鈴木くん、結構お洒落なのね」

「服だけは揃えているからね。まあ、服に着られている感じがしなくもないけど」

「そんなことないわ。よく似合っているわよ」

「ありがとう。黒川さんもよく似合ってる」

「ありがとう。ふふ、悩んだ甲斐があったわ」


 お世辞に聞こえただろうが、心の底から黒川によく似合っていると思った。マンガでも黒川の私服は見たことがあるが、こうして生で拝むとまた格別である。


「それじゃ行きましょうか」


 黒川に付いて歩く。今日の行き先は俺は何も聞かされていない。普通ならデートプランを考えるのは男の役目かなとも思わなくないが、黒川がお礼と言っている以上、彼女に任せるのがいいのかなと思ったからだ。


「行ってみたいカフェがあるの」


 どうやらカフェに行くようだ。カフェなら財布の心配はしなくてよさそうだ。情けない話だが、俺はバイトもしていないしお小遣い制なのである。マンガにあるあるの設定で鈴木真は1人暮らしなのだが、生活費は親からの仕送りで賄っている。あまり無駄遣いをするわけにはいかない。

 黒川に付いて歩いていると、どんどん狭い道へ入っていく。そして俺は目を疑った。周囲を見渡せば、煌びやかな装飾の建物が立ち並んでいる。ラブホ街だ。女子とこういう場所を歩くのは非情に気まずい。俺の股間が疼く。鈴木真の体はこういう場所に来ると意識してしまうようだった。鎮まれ俺のリビドーよ。


「ここだわ」


 立ち並ぶラブホ街の一角にその店はあった。一瞬そこにあるのかわからないような店構え。外観は非情に質素な造りで、派手なラブホの間にあることで地味さが増している。

 だが、中に入ればお洒落なカフェで、目を疑った。


「ここのスイーツを食べてみたくて」


 黒川が俺に耳打ちしてくる。黒川の顔が近づき少しどきっとする。シトラスの香りが髪から漂ってくる。女子の髪ってなんでこんなにいい匂いがするのだろうか。

 席に案内され、俺たちは席に着く。店内はあまり賑わっているわけではなく、数人の客が憩いの時間を楽しんでいた。


「なんか、穴場みたいな場所だな」

「そうなの。調べたら穴場カフェで出てきたの」


 今日の為に色々調べてくれたらしい。本来は俺がやるべきなのだろうが、今回は黒川のお礼だ。素直に受け取っておこう。


「イチゴのパンケーキがおすすめって書いてあったわ」


 黒川がメニューを開いて俺に写真を見せてくる。写真で見ると、ふわふわのパンケーキにクリームとイチゴが乗っている。確かに美味そうだ。こう見えて甘いものは結構好きな俺は静かにテンションを上げていた。

 ページを捲るとイチゴのタルトが目に飛び込んできた。季節的にイチゴはメインになるよなと思いつつ、俺は注文する商品を選んだ。


「俺、このイチゴのタルトにするよ。あとコーヒーをひとつ」

「私はこっちのイチゴのパンケーキにするわ。カフェラテを頼もうかしら」


 店員を呼び、各々注文を済ませる。

 女子とこうしてカフェに来るのは初めてで、いささか緊張するな。相手が黒川ってのも緊張に拍車をかける。


「えっと、鈴木くん。バスケの練習に付き合ってくれてありがとう。鈴木くんのおかげで球技大会活躍することができたわ」

「俺は何も。黒川さんが頑張ったからだよ」

「そう言ってくれるのも嬉しいわ。けれど、鈴木くんがいたから頑張れたのよ。本当にありがとう」

「そのお礼は素直に受け取っておくよ」


 黒川は光が差したように微笑む。マンガではほとんど見る機会がなかったが、黒川って普通に笑うんだな。その笑顔が俺だけに向けられていると思うと、心が高鳴る。姫宮のように黒川からは直接好意を打ち明けられたわけではないが、彼女も俺のことを好ましく思ってくれているのだろうか。

 俺は照れ隠しで話題を逸らす。


「それにしても驚いたよ。まさかこんなところにカフェがあるなんて」

「そうかしら。別に普通の場所じゃない?」

「いや、流石に女子とこういうところを歩くのは緊張するよ」

「こういうところ?」


 何か会話が嚙み合わない。俺は違和感を覚えながら会話を続ける。


「だって、周りがラブホばっかりだし」

「ラブホ? って何かしら?」


 マジか。この人ラブホ知らないのか。これは墓穴を掘った。黒川は興味津々といった感じで俺を見つめている。この人に説明するのか。俺は言葉を濁しながら説明した。


「ラブホってのは恋人同士がいちゃいちゃする場所だよ」


 自分で言ってて恥ずかしい。俺は目を泳がせながらそう言った。

 黒川は一瞬固まった後、ぼんっと音が鳴ったようなぐらい赤面した。


「あ、あぁ、そういう。それじゃ周りにあったあの派手な建物はそういう場所だったのね」

「う、うん。そうだよ」

「ごめんなさい。パチンコ屋とかそういう類の建物だとばかり。確かに恥ずかしいわね」


 なるほど。確かにパチンコ屋も派手な装飾の店は多いな。黒川がそういう知識に疎いのは意外だった。見た目で判断するのは失礼だったな。

 そんな恥ずかしい会話をしていたら注文した商品が運ばれてきた。


「おお、美味そう」

「本当ね。とても美味しそうだわ」


 イチゴのタルトもパンケーキも両方とも凄く美味しそうだ。

 俺たちは両手を合わせていただきますをする。

 タルトを切り分けて一口食べるとイチゴの酸味と甘みが口の中に広がってくる。


「美味しい。これ凄く美味しいよ黒川さん」

「私のも美味しいわ。これ食べてみて。美味しいから」


 黒川はパンケーキを切り分けてフォークを差し出してくる。

 え? これ食べるの。このまま?


「ありがとう」


 少し躊躇ったが黒川に恥をかかせるわけにもいかないので、俺は黒川の差し出したフォークにかぶりついた。


「うん、美味しい」


 ふんわりとしたパンケーキの触感がたまらなくイチゴのクリームが舌の上を滑って酸味を届けてくる。とても美味しい。

 だが、そんなに美味しい味も、黒川のフォークということを差し引けば頭の中に残らなかった。

 やっばい。これ凄く恥ずかしい。

 黒川に貰った以上、俺の分もあげなきゃおかしいよな。俺は自分のタルトを切り分けると、黒川に差し出した。


「黒川さんも俺の分食べてみて」

「ありがとう」


 躊躇なく黒川がフォークにかぶりつく。


「美味しいわね」


 タルトを味わいながら黒川が破顔する。

 俺だけか。これ恥ずかしいのは俺だけなのか。

 黒川の幸せそうな顔を見て、気にするだけ馬鹿らしいと思えたがそれでも意識してしまう俺だった。



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