26.方針

 映画はとても楽しめるものだった。

 主人公の女の子は孤高でとてもクールなのだが、本心では友人が欲しいと願っており、弱みを見せた男の子にクラスに溶け込めるようにアドバイスをもらうって感じのストーリーだ。最初こそうまくいかないが、男の子の協力もあってだんだんとクラスと打ち解けることに成功した彼女はやがて男の子への恋心を自覚してといった感じの恋愛ストーリー。少女漫画が原作なだけあって見ていてとてもきゅんきゅんした。やっぱりきゅんきゅんしたいときに見るのは少女漫画に限るな。

 映画を見終えた俺たちは踊り場で映画について話し合う。


「凄くおもしろかったね」

「ええ。とても共感出来て良かったわ」

「あの主人公、なんだか黒川さんに似ていて他人事とは思えなかったよ」

「だからかしら。私がいつもより共感できたのは」

「かもね」

「だとしたらヒーローは鈴木くんね」


 何気なく言った黒川の言葉に俺は驚く。黒川がそんなことを言うとは思わなかったのだ。


「あーいや。俺はあんなにかっこよくないよ」

「あら、知らなかったの。鈴木くんは結構かっこいいわよ」


 素直にそう褒められて俺は赤面する。女子にかっこいいと言われるのってこんなにも照れるのか。


「私は結構鈴木くんのこと好きよ」


 その好きはライクなのかラブなのか黒川の様子からではわからない。間違いなく好感は抱かれているとは思うが、いまいち黒川は感情の奥底を見せてはくれないのだ。

 見せてもらえたところで現状の俺にはどうすることもできないのだが。姫宮からの告白だって保留しているし、きちんと向き合えていない。これで黒川まで俺のことが好きだったら完全にキャパオーバーだ。俺は女子にモテたことがない童貞野郎なのだから。


「そろそろ帰ろうか」

「ええ、そうね。今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったわ」

「お礼を言うのは俺の方だよ。黒川さんとデートできて楽しかった」

「またこうやって出かける機会があればいいわね」

「そうだね」


 映画館を出て駅まで黒川を送る。家まで送ろうかと提案したが、断られた。正直言ってほっとした。これ以上黒川と一緒にいたら、俺は意識してしまうかもしれないと思ったからだ。俺自身、まだ恋愛をするには覚悟が足りてない。これだけ思わせぶりな態度を取っているのも悪いとは思っている。俺の本来の性格が、姫宮と黒川を無下にはできないと訴えかけてくる。ましてや無視をするなんて俺にはできない。だが、命を差し出す覚悟があるかと問われれば、ないとしか答えられない。


「命を差し出してもかまわないと思えるほど、人を好きになれたなら」


 もしそんな日が来たのなら、俺は二人のうちどちらかと付き合うと思う。黒川はまだ俺への好意があるのかどうかは不明だが、好きになったら全力を尽くすと思う。だって前世では俺はそういうことをしてこなかったのだから。ただ好きという気持ちが鈴木真の体だから起こる衝動じゃなくて、きちんと自分の気持ちで二人を好きになりたい。俺は絶対鈴木真のような二股はしない。付き合うのなら1人と。どちらかを選ぶ。

 家に帰った俺は自室にこもり、ベッドに横たわった。スマホにはメッセージの着信があった。

 メッセージを開くと姫宮からだった。


「黒川さんとのデートは楽しかった?」


 俺が今日黒川とデートすることは姫宮は知っている。だから様子が気になったのだろう。

 俺はスマホを手に取ると、姫宮にメッセージを返す。


「楽しかったよ」


 すぐに返信がきた。スマホを持って貼りついていたのかと思うと、ちょっとばかし笑えた。


「私とのデートとどっちの方が楽しかった?」


 こうして素直にやきもちをやく姫宮のことを可愛いと思う。俺は苦笑しながら返信をする。


「どっちも楽しかったよ」


 どっちかなんて選べない。確かに両方楽しかったのだ。姫宮と行った野球観戦も人生初の経験でエキサイトしたし、黒川と行ったオーソドックスなデートも普通に楽しかった。


「この優柔不断」


 姫宮に痛いところを突かれた。確かにどっちのデートが良かったと聞かれて答えに迷うようではとても二人のうちからどちらかを選ぶなんて不可能だ。


「鈴木真もこんな気持ちだったのかな」


 二股をしていた鈴木真の気持ちが少しわかったような気がする。どちらかを選ぶということはどちらかを傷つけるということで。俺にまだその勇気がない。それでも一人を選ばなければならないということはわかる。俺を刺すのがどちらなのかを見極め、安全な方と付き合うのか。それとも俺が心から好きになった方と付き合うのか。きちんと選ばなくてはならない。

 わかっている。ここまで思わせぶりな態度を取っている以上、どちからを必ず選ばなければならないということなんて。ここまでしてどちらとも付き合わないという選択肢はなしだということはいくら俺が恋愛経験が乏しいからといってわかる。

 ただ、だからといってすぐに割り切れるものでもないということも俺はわかっている。

 現状を整理する。見た目は黒川の方が好きだ。だが姫宮の明るさと積極的に好意を伝えてきてくれるところは好ましく思っている。

 だが、どちらの方が好きだという結論はまだ出そうにない。


「俺からも積極的に二人と仲を深めるべきなのだろうか」


 現状、俺は確実に二人のことが好きなのだ。どちらも魅力的な女子だとは思っている。だが、どちらかを選べるほど、突出はしていない。なら、俺自身、もっと積極的に二人との仲を深めるべきではないだろうかと思う。


「結論は早めに出さないとな」


 あまり引き延ばすのは、告白を保留している姫宮に悪い。


「俺も鈴木真のこと笑えないかもな」


 俺も十分クズ男だという自覚が出てきた。だが、大事なのはやっぱり俺の気持ちだ。それが不確かな状態で付き合うと返事をしても、相手を悲しませることになるかもしれないし、なにより誠実じゃない。

 俺がはっきりとどちらかが好きだとわかるまで、もう少し今のままの関係を続けようと思う。

 方針がはっきりしたことで、デートの疲れが出てきた。俺はベッドに横になったままうとうとと舟を漕ぐ。うっすらとしたまどろみの中で、俺は少しだけ勇気が出たような気がした。

 いずれくるのだろうか。自分の命に代えても付き合いたいと思える日が。



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