19.キャプテン

 姫宮と野球を見に行った週明け。俺たちはクラスで球技大会の球技の希望を話し合っていた。

 クラス委員の俺と姫宮は前に出て進行を務めている。いつものように姫宮が進行を買って出てくれたので、俺は板書だ。


「それじゃあまず女子から。やりたい球技の希望がある人は言ってみてください」


 姫宮がそう言うと、女子たちは挙手し、各々の希望を答えていく。

 バレーボールにバスケ、ソフトボールといったところが候補に上がる。あとは多数決で決まるだろう。


「それじゃ多数決で。やりたい球技のところに手を挙げてください」


 姫宮がそう言い、決を取る。結果はバスケに決まった。あとは他のクラスの希望と合わせ、最も希望の多かった球技に決まるという仕組みだ。

 続いて男子。男子はサッカーとバスケで人気が分かれた。多数決を取っても半々で、決まらない。

 そこで、代表者二名によるじゃんけんで決めることになった。

 バスケの代表者はなぜか俺になった。そして、サッカーの代表者とのじゃんけんで俺は勝利した。


「というわけで男子もバスケで決まりました。あとはキャプテンを決めなきゃいけないんだけど、希望者はいますか?」

「男子はバスケの代表者でいいんじゃね。つまりは鈴木な」


 サッカー希望者たちが口々にそう言って俺を推薦してくる。まあ、別にやってもかまわないが、俺はクラス委員もやってるんだぞ。誰か代わりにしてくれてもいいのになと内心溜め息を吐く。


「真、それでいいの?」

「ああ、いいよ」

「それじゃあ男子は真で。女子は希望者いますか?」


 女子の手は上がらない。全員、周囲を見回し誰かが挙手するのを待っていた。


「私も今回はできればパスしたいんだよね。真がキャプテンやるならクラス委員のカバーしてあげなきゃだし」


 姫宮もクラス委員との掛け持ちはやはり負担になるようだ。それなら姫宮以外から選ぶ方がいいだろう。


「なら姫宮以外でじゃんけんして、負けたやつがやればいいんじゃね」

「そうね。みんなもそれでいいかな」

 

 俺はそう提案し、姫宮もそれを受け入れた。

 否定の声は上がらない。というわけで姫宮を除く女子全員でのじゃんけん大会が開幕した。

 結果は、黒川がじゃんけんに負ける。俺はこの未来を知っていた。マンガでは真と黒川が接点を持つ最初の機会だ。運動が苦手な黒川を、真がサポートして仲を深める。

 黒川は溜め息を吐きながら自身の出したチョキを見つめている。黒川は運動が苦手だ。だから、球技大会のキャプテンは本来であれば向かない。あまり黒川と接点を持ちたくはないが、同じ部活仲間でもあるし、サポートはしてやるべきだろう。


「それじゃあ女子のキャプテンは黒川さんで。みんな、勿論、優勝を目指すよ!」


 姫宮の掛け声に、クラスが一丸となる。こういう学校行事はあまり積極的に参加してこなかったが、二度目の人生は積極的に参加しよう。あとからもっとちゃんとしておけば良かったと後悔したからな。

 そして、他クラスの希望と集計した結果、男女ともに球技大会の種目はバスケに決まった。



 放課後、部活を終えた俺は黒川に呼び出される。姫宮には用事があるから先に帰ってくれと伝えた。

 黒川に配慮し、一度解散してから再集合するという形を取った。黒川の要件が何かわからない以上、気を使うのは当然だ。

 校舎裏で待ち合わせした俺たちは、二人して向かい合う。この時間はもう校内に残った人も少なく、他人に聞かれることはないだろう。


「それで、話って何かな、黒川さん」

「えっと、その……」

 

 黒川は緊張した面持ちで俺を見ている。何かを言い出そうとしているようだが、なかなか言葉が出てこない。

 放課後。部活終わり。校舎裏。呼び出し。これらの要素を踏まえると、どう考えても告白のシチュエーションでしかないのだが、俺はいささかリラックスしていた。最近姫宮に告られたばかりだし、ちょっとした慣れがあるのかもしれない。


「あのね、鈴木くん。付き合ってほしいの」


 黒川が意を決して要求を口にした。真剣な目で俺を見る彼女はとても美しくて、俺は一瞬言葉に詰まる。


「えっと、それって俺のことが」

「うん、頼りなの。鈴木くん以外にこんなこと頼めないわ」


 何かがおかしい。俺はこれを告白だと思っていたが、それにしては黒川の言い回しがどこか変だ。ここは慎重に黒川の要求を聞かなければ。


「付き合うって何に?」

「バスケの練習に」


 ほらやっぱり。めちゃくちゃ告白だと思って調子に乗っていた俺を殴りたい。恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。


「うん、いいけど。どういう風の吹き回し?」

「ほら、鈴木くんのおかげで私、クラスに少し馴染めたから。今回もクラスのみんなと楽しみたいの」


 マンガの黒川は球技大会のキャプテンになったことを憂鬱に感じていたはずだが、環境の変化が彼女をこうも変えるなんて。今の黒川は球技大会に向けて積極的に映る。


「それはいいことだね。そっか、黒川さんキャプテンだもんね」

「そう。同じキャプテンの鈴木くんなら協力してくれるかと思って。ほら、部活も一緒だし」

「勿論、黒川さんに頼まれたら俺のできることなら協力するよ。バスケなら少し教えられると思うし」

「ほんと。それは頼もしいわ。私、運動は苦手だから今のままじゃキャプテンとしてかっこ悪いところしか見せられないと思うの」

「だから少しでもうまくなりたいってことだね。わかった。がんばろう」


 ちょっとしたきっかけで人はこうも変わるのか。黒川を変えたとしたら間違いなく俺のした行動の結果だな。いずれにせよ、球技大会が憂鬱なものじゃなく前向きになれるものに変わったのは良かった。

 

「それじゃ、明日からしばらく部活休もうか。学校は使えないだろうし、公園で練習しよう」

「ええ。あ、ボールはどうしようか」

「俺の家に一つあるからそれを使おう」

「助かるわ。あと特訓することはみんなには秘密にしておきたいのだけど」

「うん、いいよ」

「ありがとう。私にもプライドがあるから。かっこ悪いところは人に見られたくないもの」

「俺には見られるけどいいんだ」

「鈴木くんにはもう見せちゃってるもの。それに、鈴木くんになら見られても受け入れてくれそうだわ」


 微笑む黒川に少しドキッとする。確かに俺はどんな黒川だろうと態度を変えるつもりはないが、それはみんなだって同じだと思う。


「それじゃ、また明日放課後に」


 笑顔で手を振って去っていく黒川。俺はその背中を見送りながら、湧き上がってくる衝動に胸を躍らせるのだった。



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