20.特訓

 翌日から俺と黒川の特訓が始まった。

 姫宮には用事があるから部活は休むと伝え、放課後に黒川と公園で待ち合わせた。


「ここの公園、バスケットゴールがあるから練習には最適だと思う」

「そうね。私は何からすればいいのかしら」

「そうだね。まずはドリブルからじゃない。利き手でドリブルする練習から始めよっか」


 俺はボールを黒川に渡し、傍で見守る。まずは黒川がどれぐらいできるのかを見る必要がある。

 黒川はボールを受け取ると、右手でドリブルを始めた。ぎこちない動きで、数回やってすぐに失敗する。


「難しいわね」

「まずはボールをしっかり見てドリブルしてみよっか。ちょっとボール貸して」


 俺は黒川からボールを受け取ると、目の前でドリブルを披露する。初心者にわかりやすいようにあえてボールを見ながらドリブルした。

 黒川はそれを見て感嘆の声を上げる。


「凄いわね。鈴木くん、バスケットできるんだ」

「まあ趣味程度だけどね。俺は上背もないし、本気の人達には勝てないけど」

「でも凄いわ。あなたにお願いしたのは間違いじゃなかったかも」

「それはそうかもね。基本は教えられると思うよ」


 再び黒川にボールをパスし、練習を見守る。黒川はボールをじっくりと見つめながらドリブルを開始した。

 先ほどと打って変わって、綺麗にボールをつけている。黒川は決して運動音痴というわけではないと思う。体力がないのは致命的だが、運動センス自体はそれほど悪くないように思う。本人が運動に対して自信がないから、下手だと思い込んでいるだけで教えたことをすぐに実践できるのは才能だ。


「今ボールを見ながらドリブルしてるだろ。その感覚を体に覚えこませるんだ。それは何度も練習して身に付ければいい」

「わかったわ」


 試合になったらボールを見ながらドリブルをしていたら、周りが見えなくなる。だから、ボールを見なくてもドリブルできるレベルまで黒川を鍛え上げる。それが目標だろう。


「右手で100回。左手で100回やろうか」

「鈴木くんって結構スパルタなのね」

「どうせやるなら黒川を試合で活躍させてあげたいからね」

「ありがとう」


 俺にお礼を言った黒川は、それから言われた通りに両手で100回ずつドリブルした。できるだけ正確にドリブルするように指示を出したおかげで、黒川は比較的正確にドリブルができていた。


「いいね。いい感じだ。じゃあ次はボールを見ないでドリブルする練習をしてみようか」

「できるかしら私に」

「地味な練習だけど効果は保証するよ。やってみて」

「わかったわ」


 言われた通りに黒川は正面の俺を見ながらドリブルを始める。初めてにしては正確にできている。やはり黒川の運動センスは悪くはない。だが、しばらくすると急にドリブルが乱れ始めた。俺を見ていた顔を横に逸らし集中が乱れている。


「ストップ」

「ごめんなさい」

「最初はできてたんだけど、集中が切れちゃったね」

「えっと、少し恥ずかしくなってしまって」


 黒川は照れくさそうに頬を掻く。


「何が恥ずかしかったの?」

「その、鈴木くんと目を合わせるのが」

「ああ……」


 確かにドリブル中、俺と目が合っていたな。少しなら問題ないが、ずっと見つめているのも確かに恥ずかしいかもしれない。確かに異性に見られながら練習するのは少し気恥ずかしいかもしれない。


「ごめん。相手が目の前にいたほうがやりやすいかと思ったけど、そういうことなら俺は前に立たないよ」

「ありがとう」


 そう言って黒川は練習を再開する。俺が前に立たないと、黒川はボールを見ずに左右の手でドリブルを正確にできていた。初めてにしてはかなり上達が早い。


「オッケー。良かったよ」

「本当かしら」

「うん。上達早いね。黒川さん、全然運動できるじゃん」

「でも私、体力ないから」

「そうだね。今から球技大会までに体力を上げることは難しいから、バスケの技術を高めよう」

「助かるわ」


 その場でのドリブルはこんなものでいいだろう。


「それじゃあ次はドリブルをしながら移動する練習をしようか」


 俺は目の前で実践してみせる。ドリブルの基礎をやったからそれほど難しくはないと思う。

 黒川は俺のお手本をじっと観察し、頷いていた。


「やってみるわ」


 黒川はそう言うと、コートの端に移動する。

 コートの端から端まで黒川がドリブルをしながら駆ける。多少ドリブルは乱れはしたが、最後まで駆け抜けることができた。


「オッケー。初めてにしては上出来だ。あとは反復練習すれば上達するはずだよ」

「ありがとう」


 それから何度かコートをドリブルで往復し。練習を止めた。


「休憩しようか」


 俺たちは自販機でジュースを購入すると、近くのベンチに腰掛けた。


「鈴木くん、本当に教えるのが上手ね」


 黒川がそう言って俺を褒める。


「そうかな。俺ぐらいの教え方だったら誰でもできると思うけど」


 そう言うと黒川は首を横に振る。


「違うの。教え方とかじゃなくて。常に褒めてくれるから、モチベーションが上がるというか」

「ああ、なるほど」


 そこは確かに意識をしている。黒川みたいに運動に苦手意識を持っている子なら、褒めながらやるほうがやる気が出ると考えているからだ。やる気を出してもらえたら、上達も早くなる。多少スパルタの練習でもついてきてくれるのだ。


「私、運動は嫌いだったのだけど、鈴木くんと練習するのは楽しいわ」

「そう言ってもらえると俺も嬉しいよ」

「鈴木くんは話しやすいし、凄く優しいから私も安心できるのかしら」


 黒川が頬を赤らめて、俯く。

 やっぱりそうなのだろうか。黒川も俺のことを意識しているのだろうか。姫宮からも好意を向けられている今、俺は2人の気持ちにきちんと向き合うべきなのかもしれない。逃げてばかりじゃダメだよな。

 まだ黒川に関しては直接告白されたわけじゃないからいいとして、姫宮のことはちゃんと考えなきゃいけないな。


「黒川さんもクラスのみんなの為に頑張るって言ったの、尊敬してるよ」

「クラスのみんなと仲良くなりたいもの。だから結局は自分の為。このジュース美味しいわね」

「そうなの?」

「ええ。飲んでみる?」


 そう言って黒川がペットボトルを差し出す。このまま俺が飲んだら関節キスになるんだが、黒川はそれをわかっているのだろうか。

 断り方が思いつかなかった俺はペットボトルを受け取る。こういうのは意識してるのがキモイわけで、何も気にしなければ問題にはならない。俺はそのまま口を付け、ジュースを喉へ流し込んだ。


「あっ、ごめん。これって」


 黒川が何かに気付いたのか慌てた声を出した。


「関節キス、よね」


 黒川が顔を真っ赤にしながら言った。やめろ。意識させないでくれ。俺も顔が熱くなる。ジュースの味は全くわからなかった。


「ごめん、口付けちゃった」

「気にしないで。私から言い出したんだもの」


 ペットボトルを黒川に返す。黒川はペットボトルの口を見つめていた。やがてゆっくりと口を近づけていき、ジュースを飲んだ。

 黒川も意識していた様子だった。ああやって黒川に意識されると俺も意識してしまう。黒川が躊躇いながらも関節キスを受け入れたことに心がざわついた。

 俺は結局、どっちが好きなのだろう。



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