17.野球の楽しみ方
打撃練習が終わると別のチームがフィールドに散っていく。守備練習が始まったようだった。いわゆるノックというやつだ。鋭い打球がゴロで転がってくるのを、グラブで捌くプレイは流石プロという感じだった。俺らがやったらまずボールに追いつくかも怪しいからな。
「もうすぐ凄いの見れるよ」
姫宮が興奮気味に前に乗り出す。守備練習は外野に向けてボールが転がされていた。外野手がボールを捕球すると、その勢いのままホームへ向かってボールを投げ返す。キャッチャーまでの距離はどれぐらいあるのだろう。80メートルはありそうだが、その距離をノーバウンドで投げて見せた。凄い肩だ。あれを生で見ることができただけでも、今日ここへ来た価値はあったかもしれない。
「凄いでしょ」
「ああ、プロ野球選手ってのは身体能力の化け物ばかりだな」
「そうだね。でも、身体能力に恵まれない選手が輝くことができるのも野球の魅力だよ」
「確かに、あそこにいる選手なんか他の選手と比べて小さいな」
「野球は役割のスポーツだから。小さくても頑張ってる選手とか応援したくならない?」
「そうだな。その気持ちは少しわかる」
日本人は弱い方を応援したくなる心理がある。ジャイアントキリングを期待するというより、弱い方を応援したくなってしまうという心情になるのが日本人だろう。だが、俺の考えは少し違う。
「俺は身体能力の高い選手のパフォーマンスとかも好きだぞ」
「そうなんだ。そこは女子と男子で違うかもね」
「というより俺が変わってるだけかも。強者が弱者を圧倒するのもスポーツの醍醐味だと俺は思う」
「それもわかる。でもどうしても弱い方を応援しちゃうんだよね」
「俺はさ、あの強い方がヒールになる感じが嫌いなんだ」
集団が弱い方を応援して、強い方が悪者になる空気。だから俺はあまりスポーツ観戦が好きじゃないのかもしれない。
前世で見た高校野球なんかそれが如実だったな。私立の強豪校なんかは目の敵にされていた。私立の選手だって凄い努力をしてあの場所に立っているのに、扱いが違うのは納得できなかった。
「なるほどね。確かにあるよね。強い方が悪者になってしまう空気」
「そういえば姫宮が応援してるブレーブスは強いのか?」
「弱い。もう何年も優勝争いから遠ざかってる。だからつい応援にも熱が入っちゃうんだよね」
「筋金入りだな。相当好きだろ、姫宮」
ユニフォームを何着も持っている時点で、相当のファンだということがわかる。姫宮がスポーツ観戦が趣味なのは意外だった。マンガの方でもそんな設定はなかったはずだ。もしかしたら、まだまだ俺の知らない一面が姫宮や黒川には隠されているのかもしれないな。
「練習終わりだね。そろそろスタメン発表があるよ」
姫宮の言った通り、センターの大画面の映像が切り替わり、スタメン発表が始まる。ホームチームはブレーブスだからブレーブスのスタメン発表の時は特別な演出がついていた。映像も凝っていてこれから始まる試合を盛り上げている。
スタメン発表が終わると始球式が始まった。マウンドに上がったアイドルが山なりボールを投げて拍手を貰っている。
「私だったらもう少しちゃんと投げられるのに」
隣で姫宮がそうぶつくさ言っていた。確かに姫宮の容姿ならアイドル顔負けだし、始球式に出ても見劣りしないだろう。
始球式が終わると国歌斉唱。ゲストで招かれた集団が国家を唄う。マンガの中の世界だが良く知る国歌だった。こういうのを聞いているとここが本当にマンガの中の世界なのかわからなくなってくる。
国歌斉唱が終わり、選手がアナウンスされフィールドに散っていく。いよいよ試合開始だ。
「今日はうちのエースだから、抑えてくれるはず」
姫宮が祈るようにグラウンドに視線を送る。俺もつられてグラウンドを見る。ピッチャーがボールを投げ、バッターが打つ。鋭い打球が三塁線に転がるが、サードが飛びついて好捕した。いきなりのファインプレーに球場が盛り上がる。
「ピッチャーは立ち上がりが難しいから。立ち上がりさえ乗り切ればすいすいいってくれるはず」
隣で姫宮の解説を聞きながら、俺は初めての野球観戦を楽しむ。テレビで見るのと違って、1球ごとに選手が守備位置を変えたりしているのを見ておもしろいなと思った。グラウンド全体を見渡せるのは、どういう戦略を取っているのかを知れておもしろい。俺はゲーマーだから戦略とか戦術とかに頭を回したくなってしまう。外野手が右に寄れば、このバッターは引っ張りの傾向があるのだなと思うし、前に寄れば長打はないのかなとか考えてしまう。
そういう視点で野球を見てみると意外に奥が深くて面白い。
初回を三者凡退に抑えたブレーブスはその裏の攻撃で戦闘バッターが塁に出る。
ヒットを打った時、スタンドがおおいに盛り上がった。おもしろいのは攻撃が始まると同時に外野席のファンが立ち上がり、手拍子をまじえて応援歌を熱唱し始めたこと。当然俺は応援歌などわからないが、リズムに乗って手拍子しているだけでも一緒に盛り上がれている気分になった。
「意外に楽しいでしょ」
「ああ。おもしろいな」
続くバッターでチャンスを拡大したブレーブスはあっさりと先制点を奪取した。
スタンドが湧き、姫宮が俺の方を向いてハイタッチを要求した。俺はそれに応えると、姫宮は満足げにうなずいた。
「外野席はね、得点が入ったら隣の人とハイタッチしたりするんだよ」
「全然知らない人でもか」
「勿論。ここにいる間は同じチームを応援する仲間だからね」
「知らないことがいっぱいだ」
だが悪くない。姫宮とハイタッチした時、俺の胸は高揚していた。得点が入ると自然に声が出たし、姫宮の方を向いていた。これがスポーツ観戦か。凄くエキサイトできるな。
俺は自分なりに野球観戦を楽しんだ。途中おにぎりを食べたりしながらのんびりと過ごす。試合は互いの投手が好投し、膠着状態が続いた。息の詰まる投手戦はブレーブスの1点リードで最終回を迎えた。
満を持して、ブレーブスは守護神の投手をマウンドに送る。
ブレーブスファンの祈りを背に受けながら、守護神はマウンドで力強いボールを投じる。
そのボールが相手バッターに打ち返された。いきなりの長打。ツーベースでピンチになってしまったブレーブス。
凌ぎきることができるのか。俺は息を呑んで行く末を見守った。
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