16.デート

◇鈴木真


 姫宮に告白されてから1週間は平和に過ぎていった。

 俺はやはり意識してしまったが、姫宮は普段と変わらぬ態度で俺に接してくれたおかげで、俺も普通に接することができるようになった。

 部活は楽しくできている。部員に姫宮と黒川がいるのは気が休まらないが、活動自体は楽しい。元々ゲーム好きなわけだし、一から何かを覚える必要もない。

 クラス委員の仕事も時々だが発生する。そういう時は姫宮と協力して、できるだけスムーズに片付けるようにしている。

 今日も俺と姫宮はクラス委員の仕事で放課後教室に二人残っていた。


「球技大会かー。真は得意な球技ってあるの」


 特異な球技か。前世ではバスケが得意だったが、今の体でどれだけ動けるかはわからない。身長もこの身体は男子にしては低めだし、思うようにプレイできないかもしれない。


「得意かどうかはわからないけど、バスケは好きだよ」

「バスケか。私苦手なんだよね。ドリブルも右手でしかできないし、シュートもリングに当てるのがやっとなの」

「姫宮は得意な球技あるのか?」

「私はソフトボールかな。真と一緒で得意とかじゃなくて好きなだけなんだけど」

「なるほど。バッティングセンターなら行ったことある」

「真ってあんまりスポーツ観戦とか行かない感じ?」

「俺陰キャだからな。家でゲームしてる方が多いよ」


 実際この世界に来たら知らないゲームがたくさんあって、退屈していない。家に帰ったら勉強は勿論しているが、ゲームも結構楽しんでいる。勉強に関しては一度は高校生活を終えているので、復習のような感覚でできる。なのでそれほど苦にならない。


「えーもったいない。スポーツって現地で見るとハマるよー。ちょっとした非日常を味わえるの」

「へえ。ってことは姫宮はよくスポーツ観戦に行くのか」

「行くよ。野球は毎年見に行ってる。そうだ。ちょうどシーズンが始まったところなんだけど、真も見に行かない?」


 野球か。あまり興味はないな。陰キャの俺にとってはスポーツ観戦なんて微塵も興味が湧かない。休日に家から外に出るのも億劫なのにわざわざ人ごみに行く気持ちがわからない。

 だが、せっかく姫宮が誘ってくれたのだ。ここで断るのは感じが悪いか。


「見に行ったことはないから楽しめるかはわからないけど、せっかくだから行ってみるよ」

「ほんと⁉ やった。いつもおひとり様観戦だから、誰かと観戦してみたかったんだよね」


 姫宮が目を輝かせる。こんなに喜んでくれるのなら、野球観戦に付き合うのぐらい悪くないかもな。

 そこまで言って俺は気付く。というかこれってデートじゃないのか。

 今更気付いてももう遅い。こんなに喜んでいる姫宮に水を差す勇気は俺にはなかった。


「じゃあ私がチケット取っておくから。次の土曜日デイゲームね」

「あ、ああ、わかった」


 こうして俺は姫宮とデートをすることになってしまった。友達感覚で誘われたからついオーケーしてしまったが、俺は乗り切れるのだろうか。


 そして迎えた週末。駅前で待ち合わせた俺は待ち合わせ時間の15分前に駅に到着する。

 姫宮は既に駅の改札の前で俺を待っていた。


「あ、真。おーい」


 姫宮が俺を見つけて手を振る。

 俺は姫宮の私服に目を奪われていた。春の季節に合わせたカーディガンにズボンの組み合わせ。俺のイメージでは姫宮はワンピースだったからこの服装は意外だ。だが、その意外性がまた姫宮の魅力を引き立てている。というか、姫宮は素材が良すぎるから何を着ても似合うのだろう。


「よ、よう。お待たせ。早いな」

「うん。すっごく楽しみだったからね。30分も前に来ちゃった」


 舌をぺろっと出してウインクする姫宮に、俺はどぎまぎして視線を逸らす。やっぱり姫宮は可愛い。目に毒だ。

 

「てか、服すげえ似合ってる」

「ありがと。真なら褒めてくれると思ったよ」


 正直、こういうのは苦手だ。だが、女子とデートして服を褒めないのはマナー違反だと思うから、俺はそういう男にはなりたくない。

 姫宮と合流した俺は、切符を買い改札を潜る。

 ここから電車に乗って球場まで移動する。

 すぐに電車がホームに到着し、俺たちは車両に乗り込んだ。


「真は野球見に行くの初めてなんだよね」

「ああ、テレビでも見たことないな」

「なら、きっとびっくりすると思うよ。私も初めて行った時はびっくりしたし」


 姫宮が楽しそうに話す。そう言われると少し期待が湧いてくる。野球なんてまったく興味はないが、どうせ遠出するのならせっかくだから楽しみたい。野球のルールぐらいは多少は知っているから、試合を見るうえで不便はないだろう。ただ、チームや選手については詳しくないから、その辺の解説は姫宮にお願いするか。

 しばらく電車に揺られていると、目的地へと到着する。

 駅に降りると、プロ野球チームの写真が壁一面に貼られている。こういう駅に降りたことがない俺にとっては少し新鮮に映った。


「ちょっとわくわくしてきたでしょ」

「ああ、違う世界に来たみたいだ」


 姫宮に付いて階段を下りる。駅の改札を出ると姫宮が俺に帰りの切符を買っておいたほうがいいと教えてくれる。


「帰りはやっぱり混雑するからね。切符は買っておいたほうがいいんだよ」


 姫宮の言うとおり、帰りの切符を買っておく。

 駅を出て少し歩くと、球場が見えてくる。思っていたよりも近い。駅から近いのはアクセスが良くていいな。

 俺たちは球場近くのコンビニに足を踏みいれた。


「球場に入る際に手荷物検査があるから、ビンとか缶とかは持ち込めないからね。ペットボトルのジュースを買っておくといいよ」

「中でジュースとか売ってるんじゃないのか」

「売ってるけど高いから。倍の値段するよ」

「それはおっかねえ」


 姫宮のアドバイスの通り、俺はペットボトルのジュースを購入する。あとはおにぎりをいくつか買い込み、コンビニを出た。

 球場のゲートをくぐると、入場口が見えてくる。


「手荷物は開けておいてね」

「わかった」


 リュックのチャックを開け、列に並ぶ。列はスムーズに動き、俺たちの番がやってくる。中年の男性が手荷物検査を行い、無事入場を許可される。

 チケットを入口の係員に渡し、俺たちは無事入場を果たした。

 通路は人でごった返している。


「まずは席にいこっか」


 姫宮に付いて席へと向かう。今日座るのは外野席。いわゆる応援席という場所だ。ゲートを潜ると青空の下に広がるグラウンドが飛び込んでくる。その広さに圧倒された俺はただただ驚きの声を漏らす。


「すごいでしょ」

「ああ、なんだか別世界に来たみたいだ」

「ちょっとしたテーマパークみたいな感じだからね。興奮するのはわかる」

 

 俺たちはチケットに書かれていたライト側の座席に腰掛ける。グラウンドでは選手が打撃練習を行っていた。


「球場に入ったらボールの行方は見ておかないとダメだよ。練習でも飛んでくることあるから」

「わかった」


 姫宮の言ったとおり、選手が打った打球がスタンドに飛び込んでくる。硬球で当たったら怪我するだろうし、気を付けないとな。

 だが、思っていたよりも楽しめそうだ。この球場の雰囲気が俺はなんだか気に入っていた。


「はい、これ」


 そう言って不意に姫宮が何かを手渡してくる。見れば野球チームのユニフォームだった。


「今日はブレーブスを応援するから、これ着てね」

「姫宮、だいぶガチじゃん」

「まあね」


 姫宮はにやりと笑うと、俺にユニフォームを押し付けた。

 俺は言われた通り、ユニフォームを羽織ると姫宮を見る。なるほど、姫宮の今日のファッションは野球観戦しやすいファッションなのだ。というか、近いな。座席の間隔が短く、姫宮と肩同士が触れ合う。


「カップルで人気なのもわかるでしょ」

「ああ、これはすごいどきどきするよ」


 これから野球の試合が終わるまでの約3時間。俺は姫宮とくっつきながら観戦する。果たして俺の心臓は持つだろうか。




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