14.宣戦布告

 ゲームは順調に進行していく。

 折本先輩は会社員で安定して収入を稼いでいく。一方の俺はホストで収入はあるが、その分黒川の客としての支払いがあるので、一向に資産は増えていかない。

 黒川は止まるマスがお金を得るラッキーマスが多く、順調に資産を増やしていた。


「あ、宝くじが当たった。10万円貰う」


 そして黒川がまたお金を得る。現在の順位はダントツで黒川がトップだった。次いで折本先輩。収入の安定しない俺と姫宮は最下位をひた走っていた。


「私の番だね。5だ。えっと、不倫マスだって。結婚している異性を選択し、不倫関係になる。つまり鈴木くんだね」

「真最低」


 姫宮が唇を尖らせて文句を言ってくる。ゲームなんだから仕方ないだろ。

 不倫関係になったら、結婚している人物が不倫相手に毎ターンお金を支払わなければならない。つまりは俺が折本先輩にお金を支払うことになる。支払える金の無くなった俺たちは借金をする羽目になった。


「次は私か。3だね。なになに……子どもが生まれる。全員からお祝いとして10万円貰うだって」


 俺と姫宮の間に子供ができた。姫宮が女の子がいいと言ったので、女の子のピンを車に乗せる。

 出産で臨時収入が入ったのはありがたい。俺がラッキーマスに止まればまだまだ挽回の余地はある。


「俺の番だな。7か。げ……不幸マス。交通事故に遭う。仕事ができなくなり、1ターン給料が発生しない。ついてなさすぎる」


 また借金が増える。せっかく姫宮がラッキーマスに止まってくれたのに。

 

「あ、不倫マス」


 黒川がルーレットを回して不倫マスに止まる。俺は折本先輩だけでなく、黒川とも不倫関係になった。おい、ゲームにまで鈴木真の怪物っぷりは再現されるのかよ。ここにいる女子全員と関係を持ったことになる。ゲームだが、俺は命の危機を感じていた。


「鈴木くんって浮気性なのね」

「違うから。これゲームだろ」

「冗談よ」


 黒川の目がマジだったから全然冗談に聞こえなかった。マンガで俺を刺したのは黒川なんじゃないか。いや、憶測で物を語るのはよそう。

 それからゲームは順調に消化し、借金を積み重ねた俺は無事最下位になった。最終的に不倫が発覚するというイベントマスに止まり、俺と折本先輩と黒川から慰謝料をふんだくった姫宮がトップでゴールした。姫宮と離婚した俺は多額の借金を抱え最下位。黒川が2位で折本先輩が3位でフィニッシュ。なんだこのゲーム。終わった後の空気が地獄なんだが。


「真、現実世界で浮気とかしちゃだめだよ」

「し、しねえよ」


 ああ、しないとも。命を守る為にな。ゲームでもこんな地獄みたいな空気になるのにこれを現実でやっていた鈴木真はとんでもない怪物だね。

 俺は溜め息を吐きながら後片付けを行う。


「いやー、今日は楽しかったよ。新しい部員も入ったことだし、これからいろんな遊びをしていこうね」


 折本先輩がただひとり上機嫌で、俺たちは苦笑していた。

 戸締りを終えた俺たちは帰路につく。折本先輩は電車通学らしく、黒川も俺たちとは反対方向だ。

 俺たちは二人と別れると、自宅に向かって歩き出す。


「いやー、レクリエーション部、意外に楽しいかもね」

「俺は今日胃が痛かったけどな」

「あはは、あのゲームは色々問題あるね。精神的な負担がやばいよ」


 姫宮は苦笑しながら頬を掻く。

 ゲームとはいえ、姫宮とは一時結婚したのだ。意識しない方がおかしい。


「私は意外に悪くないかなって思ったけどね、真の結婚生活」

「あんな結婚生活を歓迎するやついないだろ」

「そうだよね。真は2人と不倫するし、風俗に溺れるしで散々だった。でも、もし真と付き合ったらって考えたら悪くないなって思えたんだよ」


 姫宮は俯き気味に話す。その声は震えており、勇気を出しているのだということがわかる。

 これはまずいと思った。姫宮は俺にアプローチをかけてきている。俺の反応を伺いながら、言葉を絞り出している。


「真はどう思った? 私と付き合ったのとか想像した?」


 姫宮が立ち止まり、俺の目を見る。頬は上気し、肩に力が入っている。


「俺は……想像できなかったよ。姫宮と付き合うなんて。だって釣り合わないだろ。俺と姫宮じゃ」

「そんなことないよ。真は誰にでも優しいし、私なんかよりずっと真面目だ。かっこいいと思う」

「なんだよ姫宮。やけに褒めてくれるじゃないか。いったいどうしたんだよ」


 俺はどうにかこの空気を変えたくて、茶化してそう言う。

 このまま姫宮が俺に告白でもしようものなら、俺はそれを断らなければならない。誰かを振るというのは心苦しいものだ。俺にはまだ荷が重い。


「そりゃ褒めるよ。私には真のいいところしか見えないし。真は私のことどう思ってるの?」


 ダメだ。話題を逸らせない。この真剣な空気の中で嘘を吐くことは許されない感じがする。

 俺は乾いた喉から声を絞り出す。


「姫宮はいいやつだと思う……可愛いし、一緒にいて楽しいしチャレンジ精神があるし、すげえなって思うよ」

「じゃあさ、私たち付き合」

「でも、俺は誰かと付き合う気はないんだ」


 姫宮の言葉を遮り、はっきりと自分の意志を口にする。

 俺にはまだ、自分の運命と向き合う覚悟がない。信じたくはないが、目の前の姫宮が未来で俺を刺す相手かもしれない。そう思うと、怖いという気持ちが勝ってしまう。こんな状態で誰かと付き合えるはずがないのだ。


「なんで?」

「悪い。これは俺の問題だ。姫宮が悪いとかじゃない。ただ、俺にはまだ恋愛できるほど精神が成熟してないんだ」


 嘘は言ってない。俺の精神が未熟だから、付き合えない。

 姫宮はしばらく無言を貫くが、やがて口を開くと力強い瞳を向けてきた。


「わかった。じゃあ私は真の準備が整うまで女を磨くよ。真が私といて楽しいって思えるのなら、それをさらに楽しいものにしてあげる。だから、真が付き合ってもいいなって思ったら付き合おうよ」

「待たなくていい。俺以外にもいい男がたくさんいるだろ」

「じゃあ真は私が他の誰かと付き合ってもいいの?」


 そう聞かれると弱い。俺は既に姫宮のことを好きになりかけている。それが俺自信の感情なのか、鈴木真の体だからなのかはわからない。ただ、姫宮を誰にも取られたくないという独占欲は確かに沸いてくる。


「答えられないってことは私にも可能性あるってことだよね。絶対に私のこと好きにさせてあげるから覚悟して」


 前向きに未来のことを話す姫宮はとても眩しく映った。その底抜けの明るさこそ、姫宮の魅力なんだと思う。

 俺は自問自答する。いつか本当に姫宮を信じ切って、付き合う未来がくるのだろうか。そんな日がくればいいなと思ってしまう。

 姫宮の笑顔が夕日に照らされて眩しく輝いた。



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