11.お礼
テントに戻った後は就寝だ。慣れないキャンプで疲れが溜まっていたのだろう。テントの中は寝にくいかと思ったがそんなことはなく、すぐに意識を手放した。
翌朝。日の出と小鳥の囀りで目を覚ます。やはり慣れないテントでの就寝は体に負担になっていたようで、体が重い。筋肉痛もあちらこちらに出ている。
スマホで時刻を確認する。まだ6時半か。いつもより早起きだな。
他の生徒たちも次々に起きてくる。洗顔を終えれば、朝食の準備が待っている。女子も起きてきたようだ。黒川は寝起きだというのに、しっかりと身だしなみが整っていて、他の女子と比べてしっかりしている印象を受けた。
「おはよう鈴木くん。眠そうね」
「おはよう黒川さん。いや、体のあちこちが痛くて」
「筋肉痛ね。私も足がぱんぱんよ」
普段使わない筋肉を酷使したのだから、筋肉痛はしかたない。
他の生徒たちはまだ頭が起きていないようで寝ぐせがついていたり、欠伸をしたりしていた。
「朝食の準備は私がするわ。他のみんなはまだ寝ているようだし」
「確かに体は起きても頭は寝ているだろうね。手伝うよ」
「ありがとう。助かるわ」
そう言って黒川と一緒に朝食の材料を調達にいく。調達と言っても、受け取りにいくだけなんだが。人数分のパンと卵、ベーコンにウインナーを受け取ると、調理場へと戻る。
「ベーコンエッグね。朝食は準備に然程手間がかからないから味気ないわ」
「それでも俺からしたら一苦労だよ」
「普段から料理をしないならそうかもね。それじゃ、火を起こしてくれる?」
「了解」
俺は言われた通り、薪をくべ、貰っておいた着火剤に火を着ける。流石は着火剤、すぐに火が着いた。
黒川を見ると、既にベーコンを切り終え、卵を割って容器に入れているところだった。
フライパンを火にかけ、ベーコンを入れる。すぐに脂が出てきて、黒川派ペーパータオルで拭き取っていた。
適度な脂をフライパンに残し少々加熱すると、卵をベーコンの上に乗せて焼く。3~4分加熱すると卵が半熟で黄身がとろってしてきた。そのタイミングで黒川はベーコンエッグを皿に移すと、続けてベーコンを投入した。それらの工程を何度か繰り返し、人数分のベーコンエッグを調理する。
「ウインナーは焼くだけだから、鈴木くんは食卓の準備をしてくれる?」
黒川の指示を受け、俺は食卓の準備をする。
俺が準備を終える頃にはウインナーを焼き終えた黒川が皿に盛りつけるところだった。
「ありがとう。鈴木くんのおかげで手際よく終わったわ」
「いやいや、黒川さんのおかげだよ。ありがとう。こんなの見てると、黒川さんっていいお嫁さんになるんだろうなって思うよ」
「これぐらい普通よ」
素っ気なく黒川はそっぽを向くが、その口元が緩んでいるのを俺は見逃さなかった。黒川は褒められ慣れてないから、ちょっとしたことでも褒めて自己肯定感を高めてやるのがいいと思っている。自分に自信がつけば、クラスメイトととも積極的に話せるようになるだろう。
だからといってお世辞を言ったわけじゃない。本音だった。
寝起きでも他の生徒が寝ぐせが目立つ中、黒川はきっちりと身だしなみを整えていた。てきぱきと動き、みんなが寝ぼけているなか、手早く朝食の準備を済ませてしまった。黒川と結婚したら、幸せな生活が送れそうだ。って、俺は何を考えているんだ。
俺がそんな妄想をしている間に、班のメンバーが集まってくる。
「うわ、もう朝食の準備できてるじゃん。これ黒川さんがやってくれたの?」
吉本が驚いた声を上げる。篠原と藤本も目を丸くしている。
「ええ。鈴木くんと二人で用意したわ」
「ほとんど黒川さんが作ってくれたよ。俺は準備を少し手伝っただけだ」
「すげえ。黒川さん本当にすげえよ」
「黒川さんと同じ班で良かったよね」
吉本と藤本が口々に言う。篠原も腕を組んで頷いている。
マンガのヒロインの一人である黒川と同じ班になった時はどうなるかと思ったが、正直同じ班で良かったと俺も思う。調理の面でかなり助かった。他の班はカレー作りで四苦八苦していたのを知っているだけに余計にそう思う。
「それじゃいただきましょう」
黒川の言葉で全員が食卓につく。全員で手を合わせてそれぞれ食事を始める。
「うわ、この卵半熟でうめえ」
吉本がベーコンエッグを口に放り込みながら歓喜の声を上げる。
俺もベーコンエッグを食べてみる。
ベーコンと卵の焼き加減が絶妙で口の中に半熟卵のとろっとした感触が広がっていく。
美味い。黒川がいなければここまで美味いベーコンエッグはできなかっただろうな。
朝食の準備をしている時はまだ少し眠かったが、朝食を食べると眠気も吹き飛んだ。
この後の予定は後片付けをして、下山の予定だ。
「黒川さんと鈴木は朝食の準備してくれたから、後片付けは俺らでやるから休んでいてくれよ」
朝食を終えた後、吉本がそう言って藤本と篠原も頷く。
「そう。ならお言葉に甘えさせてもらうかしら」
「頼んだよ」
思いがけず時間ができた。どう時間を潰そうかと考えていると黒川が声を掛けてきた。
「鈴木くんちょっといい?」
「ああ、黒川さん。いいよ。何?」
ベンチに黒川と並んで座る。黒川が深呼吸をすると、言葉を紡いだ。
「あなたにお礼を言おうと思って」
「お礼? 俺に?」
「ええ。この宿泊研修、あなたには随分助けられたわ」
「班行動なんだから助け合うのは当たり前だよ。お礼を言われるようなことは何もしていない」
俺はそう謙遜するが、黒川はゆっくりとかぶりを振った。
「いいえ。あなたはこの研修中、他の子よりずっと私を気遣ってくれた。どうして、私にこんなに良くしてくれたのか、それが聞きたいの」
確かに俺はこの宿泊研修中、黒川のサポートをしていた。だがそれはやはりマンガの黒川才華という女子を知っていたからで。できれば黒川には俺に依存してほしくないと思ったからだ。俺に依存せず、クラスメイトと打ち解けられるならその手助けをしたいと思ったからだ。
だが、そんなことを言えるはずもない。俺はしばらく考えると、出まかせを口にする。
「班長になって困っていると思ったからだよ。元々俺が班長に推薦されていたわけだし、俺が断った結果黒川さんになったから、できるだけ負担を掛けたくなかった」
「そう。優しいのね、鈴木くんは」
「そんなつもりはないけど、そう感じてくれたなら嬉しいかな」
「優しいわよ。本当に助かったわ。そうだ。これ」
そう言って黒川はメモ用紙を手渡してくる。
「これは?」
「私の連絡先よ。鈴木くんとはお友達になりたいから」
「いや、俺、スマホは……」
「さっきスマホ見てたでしょ。持ってきているんだと思って。私は家に置いてきてしまったから。登録して私にメッセージ送ってくれたらいいから」
参った。時間を確認した時にスマホを出したのを見られていたのか。
スマホを持っているのを知られているのなら断ることはできないか。
「わかった。あとでメッセージ送っておくよ」
俺はメモ用紙をポケットに入れる。
黒川と連絡先を交換したのが姫宮に知られると面倒だな。学校に帰ったら姫宮にスマホを買ったことにして連絡先を交換するか。
俺は観念し、溜め息を吐いた。木々を見上げると、俺を励ますように小鳥がちちちと鳴いた。
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