9.肝試し

 洗い物を終えた俺たちが調理場に戻ると、既に片づけは終わっていた。黒川が点呼を取り、全員揃っているのを確認して教師に報告する。

 この後は男女ペアになっての肝試しが予定されている。班の中でチームを決めることになっており、班は5人だから2人と3人に分かれることになる。


「普通にグッパーで決めればいいんじゃね」


 吉本の提案に全員が賛同し、グッパーでチームを決めることになった。その結果、俺は黒川とのペアで肝試しに参加することになった。マンガではこの肝試しは本来姫宮とペアになるはずだった。それを避けられたのは僥倖だが、ヒロインの黒川とペアになってしまったのは歓迎できないが仕方ない。


「よろしく、黒川さん」

「え、ええ。よろしく鈴木くん」


 全グループの後片付けが終わるのを待って、肝試しのスタート地点に移動する。1班から順番に5分おきにスタートしていく。俺たちは2班だから、わりとすぐに順番が回ってきた。


「それじゃいこっか」

「ええ」


 黒川が緊張した面持ちで頷く。黒川はホラーが苦手だ。そのことを知っている俺はできるだけ黒川の前を歩くように意識した。


「黒川さんってひょっとしてこういうの苦手?」

「そ、そんなことはないわ」

「そうなんだ。俺もそんなに苦手意識はないから余裕だね」

「そ、そうね」


 黒川は強がっている。マンガの黒川はあまり自分の弱さを見せるのが苦手な一面があった。ホラーが苦手なのも、できるだけ知られたくないってことだろう。なら、俺は気付かない振りをしてやるのが紳士というものだろう。

 肝試しのコースは林道を抜けて、古びた神社でお参りして下りの林道を進んで終わり。普通に歩けば10分ぐらいで終わるので、本当にたいした距離はない。途中、教師が脅かし役で潜んでいるだろうが、それだけだろう。

 林道を歩くが、黒川の足取りがかなり重い。そもそも暗いところが苦手なのか、目を泳がせながら歩を進めている。その一歩はかなり歩幅が小さく、教師が驚かしてくるのを警戒しているようだった。

 俺が黒川に歩幅を合わせているのが気になったのだろう。黒川は焦った様子で弁明してくる。

 

「ち、違うから。肝試しを少しでも楽しみたくてゆっくり歩いてるだけだから」

「わかってるよ。俺も肝試しはじっくり楽しみたいから」


 しばらく林道を歩いていると、遠くから女子の悲鳴が聞こえてくる。黒川がびくっと体を強張らせた。先行するペアが教師に驚かされたのだろう。悲鳴の位置からして、まだ少し先のようだ。

 俺は少しでも黒川の気を紛らわせようと話を振る。


「こんな風に夜道を歩くのもいいな。星が綺麗だ」

「そ、そうね。夜にこうやって外を歩くことってないから、なんだか新鮮だわ」

「だよな。ちょっとこういうのわくわくする。非日常みたいな感じがしてさ」

「鈴木くんって案外子どもなのね」

「男ってのは俺みたいなやつ多いと思うよ。男は何歳になってもガキだからさ」

「そうかもしれないわね」


 黒川の表情が少し緩んだ。肩の力が少し抜けたようだ。足取りも僅かに軽くなったらしく、歩みの速度が増した。


「神社ってあれだね。見えてきた。うわ、雰囲気あるな」

「そ、そうね。本当に何か出そう」


 神社は今はもう使われていないとのことだが、それにしてもぼろぼろだ。黒川が言うように、何かが出ると言われてもうっかり信じてしまいそうなほど、雰囲気があった。

 石段を上り、拝殿の前に立つ。


「神様はまだいるのかな」

「こうして肝試しでもお参りにくる人がいる限りはいるんじゃない」

「だったら、ちゃんとお願いしておくか」

「そうね」


 俺たちは二人して礼をすると、柏手を打つ。

 俺が願うのはただひとつ。高校を卒業するまで殺されませんように。誰が俺を殺すのかわからない。今隣にいる黒川かもしれないし、姫宮かもしれない。それとも別のヒロインかもしれない。だから俺は自分の命を守る為に、誰とも恋をしない。どうか誰のことも好きになりませんように。好きになってしまったら、辛いだけだ。

 こんな古びた神社の神頼みがどれほど効力があるかはわからないが、気休めにはちょうど良かった。

 お願いを終えた俺たちは石段を下りて帰路につく。

 

「鈴木くんは何をお願いしたの?」

「平和に暮らせますようにって。黒川さんは?」

「クラスで打ち解けられますようにって。願うまでもなかったかもしれないけど」

「確かに、今日の黒川さんはだいぶ打ち解けられていたよ」

「そうね。友達ができるといいのだけど」

「俺で良ければなるよ。友達に」

「ありがとう。ぜひお願いしようかしら」


 黒川は微笑んで俺を見た。駄目だ。この笑顔はまずい。俺の心が揺れてしまう。姫宮に感じた鼓動も、黒川に感じた鼓動も、等しく俺の心を蝕んでいく。このままだと俺は本当に二人に恋してしまうかもしれない。ちゃんと自分を制御しないと。俺は咳払いを一つ挟んで空気を変える。

 石段を下りた俺たちは帰りの林道に入る。その瞬間、草むらが動いた気がした。次の瞬間、草むらから人影が飛び出してきた。


「わあっ!」

「…………っ⁉」


 黒川は声を出さずに固まった。なるほど。黒川は驚いても悲鳴を上げないタイプか。当然、俺は全く動じていない。草むらから飛び出してくる前に見えたからな。事前に聞こえた悲鳴の位置からして、そろそろ来るかなとも予想していたし。

 だが、黒川の様子がおかしい。足から力が抜けたのか、その場でへたりこんでしまった。


「黒川さん、大丈夫?」

「ご、ごめんなさい。腰が抜けてしまったみたい」


 顔を赤らめながら、俯き気味にそう言う黒川。

 マジか。腰が抜けるほど驚いたのか。

 驚かし役の教師は苦笑している。


「あー、そのすまん。大丈夫か」

「俺が背負っていきますよ」

「そうか。悪いが頼むな」

「はい。黒川さん。俺の背中に乗っかって」

「え、ええ」


 黒川は恥ずかしそうにしながらも、仕方なく俺の背中に寄り掛かった。背中に黒川の成長した胸が当たる。意識しないようにしようとするが、無理だった。どうしても意識してしまう。黒川も恥ずかしいのか、俺の肩を掴む手は遠慮気味だった。

 俺は立ち上がると、テントがある場所へ向かって歩き出す。


「ごめんなさい、鈴木くん。こんなことになってしまって」

「しかたないよ。俺もびっくりしたし」

「嘘。鈴木くん全然平気そうだった」

「そんなことないよ。確かにそろそろかなとは思ってたけど」

「違うから」

「へ?」

「違うから。お化けが怖いからこうなったわけじゃないから。人に驚かされるのはまた別なの。驚いただけなの」


 こんな時でも意地を張るんだな。俺は苦笑しながら、頷いた。


「わかってる。お化けと驚かされるのは別だよね」

「そうよ。そこは間違えないでね」


 言い訳がましくそう言う黒川の手に力が入る。そして、蚊の鳴くような声で囁いた。


「……重くないかしら」

「重くないよ。むしろ軽いね」

「ごめんなさい。背負わせてしまって」

「いいよ。つい最近も女子を背負ったばかりだし。慣れてる」

「姫宮さんね。鈴木くんって本当に優しいのね」

「優しいかどうかはわからないけど、優しくありたいとは思ってるかな」

「いい心がけだと思うわ」


 緊張が解けてきたのか、黒川も安心して俺の背中に身を預けてくる。俺はしっかりと背負いながら、テントを目指した。



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