7.得手不得手
宿泊研修当日になった。俺たちは学校に集合し、バスに二時間揺られて田舎の山のキャンプ場へと移動する。
道中、車酔いした生徒が出たりしたが、事なく順調に行程は進んでいる。
キャンプ場に着いた俺たちはまずクラスごとの集合写真を撮る。
集合写真を撮り終えると、班行動に移る。
「それじゃ、点呼を取ります」
黒川が班のメンバーを集めてそう言う。これから小さな山ではあるが登山することになる。黒川の顔が青くなっていた。確か黒川は運動が苦手だったはずだ。登山なんてしたことがないのだろう。
黒川は全員揃ったのを確認すると、山の入口へ向かって歩き出す。俺も黒川の後についていく。
山道は緩やかでこれなら初心者でも十分登ることができるだろう。前世ではそこそこ運動はできるほうだったが、この真の体も運動は不得手ではないようだ。
山に入ると空気が澄んでいてとても気持ちがいい。自然を感じることができるのはいい体験になるなと思った。
黒川の様子を見てみると足取りは重い。まだ40分ほどしか歩いてないが、既に肩で息をしていた。
「大丈夫、黒川さん」
「だ、大丈夫。ちょっときついけどまだ頑張れるわ」
「無理しないでね。疲れたら休みながら進んでもいいわけだし」
「みんなを待たせることなんてできないわ」
黒川は歯を食いしばりながら足を動かしている。せっかくの綺麗な顔が苦痛で歪んでいるのはもったいない気がするな。
俺は黒川以外の他の班員を集める。
「みんなちょっといいかな。見ての通り、黒川さんがキツそうだ。だからみんなは先に進んでくれ。俺はクラス委員として黒川さんに付き添うから」
「わかった。ゆっくり来いよ」
「黒川さん、無理しなくて大丈夫だからね」
「う、うん、ありがとう」
そう言うと、クラスメイト達は先に歩いていった。
「俺たちは少し休もうか」
俺が率先して椅子に腰掛けると、黒川も隣に座ってきた。
心地よい風が吹き抜けていく。黒川の綺麗な髪が風に揺られて靡いている。
「私のことなんて放っておけばよかったのに」
黒川が呟くようにそう言った。一見、棘のある言い方だが、それも彼女の照れ隠しだということを俺は知っている。
「そうもいかないよ。黒川さんは班長だからね。班長に倒れられたら困る」
「その……ごめんなさい。感謝はしているわ。私、昔からこんななの」
「うん。平気だよ。俺、黒川さんが悪気ないってのはわかってるから」
マンガで読んでるからとは言えないけど。
「変わってるわね。私みたいなのに構うなんて」
「別に構ってるつもりはないよ。クラスメイトとして普通に接してるだけ。せっかく同じクラスになったんだ。仲良くしたいじゃん」
「あなたは私と違ってコミュニケーション能力が高いのね。私は俗に言うコミュ障というやつだから」
「うちのクラスのやつらはいいやつらっぽいから、黒川さんでも仲良くなれると思うよ」
「うん、それはわかる。さっきも優しい言葉をかけてくれた」
黒川は俯く。地面に落ちた小石を蹴りながら、溜め息を吐く。
「高校では、変わろうと思ったんだけど、結局私は変われなかったわね」
「まだ早いよ。高校生活はまだ始まったばかりなんだし。それに、俺と話せてるじゃん」
黒川は自信を失くしている。だから、成功体験を植え付けてやればいい。本人が自覚していない成功体験を俺が教えてあげればいいんだ。
「…………鈴木くんは、いい人だからよ」
「でも話せてる。俺は黒川さんと仲良くなれると思ってるよ」
小鳥の囀る声が聞こえる。その声に釣られて、黒川が木々を見上げる。
「でも、いきなり迷惑をかけてしまったわ」
「苦手なことなんて誰にでもあるよ。この先俺が苦手なことと遭遇した時、手助けしてくれたらいいんだよ」
「鈴木くんに苦手なこととかあるの?」
「料理ができない。レシピを見てもちゃんと作れない」
「料理なら、私は得意だわ」
わかっていて言った。実際、俺は料理ができない。作れるのは卵掛けごはんと、お茶漬けにインスタントラーメンぐらいだ。
「この後の調理実習で手助けしてよ」
「うん、そうするわ」
少し元気が出てきたようだ。黒川は立ち上がるとぐっと伸びをした。
「もう大丈夫。そろそろ行きましょう」
「了解。休み休みでいいからな。俺のことは気にしなくていいから」
「うん、ありがとう」
休憩を挟んだことで、黒川の体力も回復したようだ。二人並んで山道を歩く。
登山は俺も経験がないが、自然の様子を観察できることを思えば意外と悪くない。街中でいたら決してお目にかかれない珍しい野鳥なんかも目にする。
黒川は周りに目を向ける余裕は無さそうだが、それでも休んだ甲斐もあって順調に歩けている。途中何度か休憩を挟みながら、俺たちはキャンプ場を目指す。先頭からはかなり遅れてしまったが、それでも無事にキャンプ場に辿り着いた。
「お疲れ、黒川さん」
「はぁ……はぁ……お疲れ様、鈴木くん」
笑顔でハイタッチを交わす。黒川さんが笑ったところを見ることができた。マンガではあまり笑わないキャラだったから、思わずドキッとしてしまう。頬を上気させ、額に汗を浮かばせながら微笑む姿は、少し俺の官能に触れたようだ。沸き起こってくるムラムラを俺は噛み殺しながら、平静を装う。
やはり黒川もマンガの鈴木真が付き合っていたヒロインなだけあって、心惹かれてしまう。そりゃ姫宮も黒川も魅力的な女子だから、男の俺が惹かれるのは当然だ。前世の俺でも惹かれはしていただろう。
だが、感情が強く湧き上がってくる感覚は、前世の俺にはなかった現象だ。やはりこの鈴木真の体は普通の男より女子に飢えているのだろうか。
俺が葛藤しているとは露知らず、黒川が隣に腰掛けてくる。
「私、こういうのは苦手だけど、達成した後のこの感じはとても好きよ」
「それはわかるよ。俺もこの疲れた後に飲むお茶が格別なんだよね」
「わかるわ」
一緒に登山をしたからか、心なしか黒川は俺に対して親し気になっていた。壁がなくなった感じがする。
こんな綺麗な子が本当に俺のことを好きになるのだろうか。女子からモテたことのない俺には信じられない話だが、姫宮の様子を見ていても感触は悪くない。少なくとも好感を抱かれている感じはする。
黒川のこともできれば助けてやりたい。クラスメイトと打ち解ければ、俺に固執する必要もなくなるはずだからだ。マンガの黒川は唯一優しくしてくれた真に惹かれ、依存するようになる。そうさせない為には黒川に友達を俺以外に作ってやることだ。そうすれば黒川も俺に依存することはないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます