6.班決め
クラス委員の俺と姫宮は前に立って進行を務めていた。
「それでは今から宿泊研修の班決めを行います。班はくじ引きなので出席番号の順番にくじを引きに来てください」
姫宮が通る声で進行をしてくれているおかげで、俺は特にやることがない。くじを引いた生徒の班を黒板に記載していくだけの簡単なお仕事だ。
まだ入学して2日目で、みんなも特に親しい友人もできていないのが現状だ。この宿泊研修が友人作りのきっかけにしてほしいというのが学校側の目論見だった。
出席番号順に生徒がくじを引いていく。だが、俺はこのくじの結果を知っている。流石に全員分は覚えてはいないが、マンガの通りなら俺は姫宮と同じ班になるはずだ。
「それじゃ、真の番だよ」
「おう」
俺はくじの入った箱に手を入れる。だが、もしここで違うくじを引くことが可能なのだとしたら、俺はできるだけ違うくじを引きたい。姫宮の傍にいると体が変になるからな。少し細工をさせてもらった。
このくじの入った箱を用意したのは俺だ。だから、俺が引くくじは箱の裏側にテープで貼ってある。マンガでは真と姫宮は1班に班分けされていた。だから俺は2班のくじを箱の裏側に貼ったのだ。
くじの箱に手を入れる。予め貼ったくじを回収し、手を引き抜く。引いたくじには2班と書かれていた。
「真は2班か。同じ班になれるといいね」
姫宮が屈託のない笑みを向けてくる。悪いな姫宮。今回ばかりは別の班だ。
くじ引きはどんどん進んでいき、やがて姫宮の番がくる。姫宮は箱に手を突っ込むと、勢いよくくじを引いた。
「1班かー。真とは別の班だね」
「そうだな。残念だ」
俺は心の中でガッツポーズをした。今回はマンガの展開を変えることに成功した。変えられるのだ。マンガの展開は。それがわかっただけでも上々だろう。
「これで班分けは終了です。では各班に分かれて話し合いをしてください」
そう言うと姫宮も自分の班の集まりへと移動する。
俺も2班の集まりへ机を移動させ、席に着く。その時、俺は見知った顔が同じ班だということに気付いた。
「黒川も、2班なのか」
「そうだけど。いきなり呼び捨てなんて馴れ馴れしいわ」
「いや、すまない」
長い綺麗な黒髪に、凛々しい顔立ち。女性らしい体つきで、出るところは出て、締まるところは締まっている、いわゆる男好きのする身体の持ち主だ。マンガの真も、最後まで黒川のことを最高の体と言っていたほどだ。
黒川は俺の隣に座ると、溜め息を吐いた。
「入学早々宿泊研修なんて、ついてないわ」
「そういうなよ。仲良くなるきっかけだと思えばさ」
黒川の愚痴に、別の生徒が口を挟んだ。
「でも黒川さんって友達とか求めてなさそうだけど」
「そんなことは……いえ、なんでもないわ」
黒川は一見、孤高の存在で近寄りがたい雰囲気の持ち主だ。マンガでも親しい友人はいなかった。だが、本当は友達を求めている女子で、不器用なだけなのだと俺は知っている。一度心を開けば、めちゃくちゃ甘えてくる女子だということも。だからこそ、イメージで語られるのはなんだか可哀想な気がした。
「それじゃ、班長を決めるか」
「鈴木でいいんじゃねえの。クラス委員だし」
「賛成」
あっという間に俺が班長に推薦されてしまった。誰も班長なんてやりたくないのだろう。
俺もみんなの役に立てるのなら別にやってもかまわないのだが、今回は担任から班長は避けるように言われている。
「ごめん。俺クラス委員の仕事もあるから、班長は避けるように言われてるんだ。他の人頼むよ」
「そっかー。じゃあ、やりたいやついねえならじゃんけんで決めるか」
「そうだね」
手っ取り早く話はまとまりじゃんけんで班長を決めることになった。俺以外の四人でじゃんけんをした結果、黒川が班長に決まった。
「私が班長……」
黒川は眉をしかめていた。人と関わることが苦手な黒川にとって、みんなをまとめあげる班長は荷が重いのだろう。
俺は見ていられず、黒川に声を掛ける。
「黒川さん、俺もクラス委員だし手伝うから、困ったことがあったらなんでも言って」
俺がそう声を掛けると、黒川は俺のことを睨んできた。わかっている。黒川は感情表現がとても苦手な女の子だ。これも本人は睨んでいるつもりはなく、ただ驚いているだけなのだ。
「黒川さん、そんな顔はないんじゃない。鈴木くん、親切にそう言ってくれているだけなんだからさ」
「え、いや、そんなつもりは」
黒川は他の生徒に指摘されて自身の顔が強張っていたことに気付き、戸惑っていた。
「大丈夫。気にしてないよ。本当に困ったことがあったら言ってね。俺もできるだけサポートするから」
「う、うん。ありがとう」
なぜか黒川を見ていると放っておけない。彼女が本当はみんなと仲良くなりたいのだと知っているからだろうか。見た目で勘違いされて避けられるのは可哀想だと思ってしまう。俺のことを思えば関わり合いになるのはやめた方がいいのだろう。だが、彼女のことを知っていると放っておくのはどうにも寝覚めが悪い。
黒川がみんなと仲良くなれるように、影ながらサポートしてやるか。
「そいえば、宿泊研修で調理実習あるじゃん。この中で料理得意な人いる?」
俺はそう言って黒川を見る。
「俺は苦手ー」
「あたしも無理ー」
他の班のメンバーたちがそう口々に言う。
「わ、私、料理できるよ。普段から家の料理は作ってるから」
黒川が小さな声ではあるが、そう言った。
みんなの目が黒川に集中し、黒川が緊張で身持ちを固くした。
「おー、すげえじゃん黒川さん。助かるよ」
「あたしらにも料理教えてね」
みんなが黒川に笑顔で話し掛ける。黒川は驚いた様子でみんなを見る。
黒川がこんなに歓迎されたことなんて今までなかったのだろう。黒川は僅かに口角を吊り上げると、小さく頷いた。
「うん。頑張ってみるわ」
とりあえず最初の壁は取れたみたいだな。
勿論、黒川が料理が得意なことは知っていた。黒川が周囲から頼られるように誘導してやった。これで黒川も班のメンバーと打ち解けるきっかけになるだろう。
宿泊研修は一泊二日。キャンプ場でのキャンプ。班長になって気が重いだろうし、黒川をできるだけサポートしてやるか。
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