4.勝者の命令

 姫宮は部屋着に着替えていた。

 あまりの不意打ちに俺は思わず見惚れてしまう。


「ごめんなさい。着替えてきちゃいました。家ではこの格好の方が落ち着くので」

「ああ、全然大丈夫」


 ただでさえ可愛い姫宮のオフショット。部屋着姿はマンガでもほとんど見る機会がなかったから、とても貴重だ。

 眩しくて直視できん。


「えっと、これジュースね」

「ありがとう」


 姫宮からオレンジジュースを手渡される。俺はそれを一息に煽ると、あっという間に飲み干した。


「いい飲みっぷりだね」

「ちょうど喉が渇いてたんだよ」


 緊張で喉が渇いて仕方がなかったので、俺はそう言う。

 そりゃそうだ。女子の部屋にお邪魔するのなんて前世でも経験ない。どこか落ち着かないのは普通だよな。

 俺が視線を宙にさ迷わせていると、姫宮が俺の前に座り、何かを差し出してきた。


「はい、これ。私の手作りクッキーだよ」

「おお、ありがとう。姫宮、お菓子作れるのか」

「まあね。鈴木さんは作れないの?」

「俺は男だからな。男はあんまりお菓子作りなんてしないんじゃないか」

「そんなことないよ。男の子だってお菓子作りする人結構いると思うよ」

「そうかな。ちょっと今食べてみてもいいか?」

「どうぞ~」


 俺は姫宮に断ると袋を開き、クッキーを取り出す。ハート型のクッキーをひとつ口へと放り込む。


「ん。んま」

「でしょう。私、お菓子作りは自信あるんだよ」


 姫宮が嬉しそうに頬を緩ませる。


「ほんとに美味い。お店のやつより美味いかも」

「大袈裟だなあ。でも、ありがとう。嬉しい。やっぱりお菓子作りって誰かにあげた時の反応を見る時が一番楽しいんだよね」


 可愛らしいと思う。こんな子に好きになってもらえたらどれほど幸せだろう。俺はこれまで女の子と仲良くなったことがなかった。だから正直飢えている。自分にもこんなに仲良くなれる女の子がいるんだって思ったら舞い上がってしまう。

 でもダメだ。もし俺が感情に流されて姫宮と付き合う未来に進んでしまったら、俺は死の運命から逃れられなくなってしまう。


「鈴木さんはさ、彼女とかいないの?」


 唐突に姫宮がそう聞いてきた。あくまで自然に、雑談の延長みたいな雰囲気だ。

 だから俺は答えた。


「いるよ、彼女」


 嘘を吐くのって、こんなにも声が震えるのか。

 だが、これで姫宮が俺のことを諦めてくれたらそれでいい。彼女がいることにすれば、姫宮も俺に過度な期待はしないだろうし、諦めてくれるはずだ。

 どんな反応をするかと姫宮の様子を伺っていると、彼女はお腹を抱えた。


「ぷっふ、あはははは……そんなに強がらなくてもいいのに。鈴木さん、嘘下手すぎる。あははは」


 腹を抱えて大笑いされてしまった。

 なぜだ。なぜ、嘘だとバレた。


「ははは、ちょっとしたジョークだよ」


 俺は恥ずかしさから赤面し、そうやって誤魔化すのが精いっぱいだった。


「彼女、いないでしょ。もし彼女がいたら私の家にのこのこ付いてこないでしょ、鈴木さんは。少し話しただけでも真面目そうだし」

「確かに」

「私、人を見る目はあるんだ。だから鈴木さんがそういう男の人じゃないってすぐにわかったよ」

「嘘を吐いたのは悪かったから、もうそれぐらいで勘弁してくれ……」

「見栄張ったの? 彼女いないの恥ずかしかった?」

「そうだよ。悪いか! これまで彼女なんていたことないよ! 彼女いないイコール年齢だよ!」


 前世も含めてな。

 姫宮はひとしきり笑った後、テレビをつけた。


「ごめんごめん。からかうつもりはなかったの。お詫びに今日は好きなゲーム付き合ってあげるからさ」


 どうやらまだ帰してはもらえないようだ。だが、ゲームならそれほど気まずくはならないか。

 姫宮の持っているソフトを見るが、どれも知らないタイトルばかりだ。そりゃそうか。ここはマンガの中の世界。俺が知っているゲームなんて何一つないんだろうな。


「じゃあ、これで対戦しよう」


 俺は適当にゲームを選び、姫宮に手渡す。

 選んだのはレースゲームだった。レースゲームなら、基本操作さえわかればすぐにできるだろうし、そんなに難しくないだろう。


「いいよ、それじゃあさ、勝負しようよ。勝った方が負けた方の言うこと1つ聞くってルールで」

「ああ、いいぜ」


 姫宮がゲームを起動する。キャラクター選択画面に映ったので、俺は扱いの難しい軽量級のキャラを選んだ。姫宮は可愛らしい女キャラ。使い慣れているのか、姫宮は自信満々だ。


「それじゃ、スタート」


 レースが始まる。俺は軽量キャラの特性を活かし、小回りの利く走行で姫宮を突き放す。


「えっ、はやっ。そのキャラ操作難しいのに」


 驚いた声を上げる姫宮を置いて、俺は先へと進む。

 初めてやるゲームとはいえ、これぐらいの基本操作で遊べるゲームなら、すぐに慣れる。前世では俺はゲームが得意だった。神業プレイを披露する配信とかもやっていて、そこそこ人気を稼いでいた。だからこんなゲームは朝飯前。

 だが、ふと隣を見ると姫宮が泣きそうな顔になっていた。

 そうだった。姫宮は負けず嫌いなのだ。

 俺が姫宮に言うことを聞かせたいこともないし、ここは姫宮に花を持たせてやるか。


「あ、やべ。操作ミスった」


 俺はわざと操作ミスを演出し、コース外へと落下する。


「よーし、今のうちに追いつくぞ」


 それまでノーミスだった俺の操作ミスに姫宮は希望を見たのか、真剣な眼差しでコントローラーを駆っている。

 俺が何度かミスをする間に、姫宮のキャラが俺のキャラを追い抜いた。


「やったー! 抜いたー!」


 歓喜の声を上げる姫宮に悔しそうな声を出す俺。そのまま姫宮のキャラがゴールし、勝負は姫宮の勝利で終わる。


「私の勝ち!」

「負けたよ」


 喜ぶ姫宮に俺は両手を挙げて降参する。

 ゲームに負けるのは気分が良くないが、姫宮の喜んでいる顔が見れたからそれでいっか。


「えっと、それじゃ鈴木さんに命令するね」


 姫宮はそう言うと俺に向き直る。こうやって真っすぐに見つめられるのにはまだ慣れないな。姫宮に見つめられると、心臓が早鐘を打つ。この身体、真の身体が女性を求めているのか、不自然に身体が熱くなる。おかしい。前世での俺はここまで節操無しじゃなかったはずだ。女子を前に緊張はすることはあっても、こんなにも心臓がうるさかったことなんてない。やはり体は女をとっかえひっかえした悪役主人公、鈴木真のもので間違いないのだろう。

 そんな俺の様子は露知らず、姫宮は少しはにかんだ笑顔で、俺に対する命令を下した。


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