3.好感度が高すぎないか?

「そうだ。鈴木さん、一緒に帰りませんか」


 姫宮がそう誘ってくる。これ以上姫宮と関係を深めるのは危険だ。俺は死にたくないし、2度目の人生は大往生したい。


「悪いが……」


 俺はそう断ろうと口を開くが、姫宮が足を庇っているのが見えた。俺がぶつかった手前、このまま無視して帰るのも寝覚めが悪い。姫宮の足が治るまで、一緒に帰るだけだ。

 俺は自分に言い聞かせると、姫宮に向き直った。


「送るよ、姫宮」

「本当ですか? 嬉しいです」


 姫宮は表情を輝かせて喜んだ。女子にこんなに喜んでもらえた経験がない俺にとって、その笑顔はとても眩しく映った。


「歩けるか?」

「はい。保健室で湿布を貼ってもらいましたから。歩く分には問題ないです」


 姫宮がそう言うのなら、朝みたいにおぶる必要はなさそうだ。

 だが、歩くのが辛いことに変わりはないだろう。できるだけ歩幅を合わせて歩かないとな。


「それじゃ、行くか」

「はい!」


 二人して教室を出る。既にクラスメイトたちは帰ってしまったようで、人通りは少ない。


「鈴木さんの家ってどの辺なんですか?」

「高校から近いぞ。家から一番近い高校を選んだからな」


 前世でも、俺は家から一番近い高校を選んでいた。真はどうかわからないが、家から近い高校を選んでいる時点で、たいした理由はないだろう。


「そういう姫宮はどの辺なんだ」

「私も近いですよ。近いとこういう時、助かりますね」


 姫宮が足を前に出す。その際にスカートが持ち上がり、俺は慌てて視線を逸らした。

 

「桜が綺麗ですね」


 校舎の外に出ると、桜並木が立ち並んでいた。この景色もすぐに見れなくなるだろう。

 風が吹いて、桜吹雪が舞い散る中、俺は姫宮と歩く。


「気持ちいいですね」


 姫宮がぐっと伸びをして、気持ちよさそうに声を出す。

 マンガの姫宮は絵として見ていただけだったから、こうやって声を出して動いている姫宮を見るのはなんだか新鮮だった。絵でも十分魅力的だったが、こうして動いているのを見るとその魅力は何十倍にでも膨れ上がっていた。

 この女の子がいずれ俺を刺し殺す容疑者として警戒しなくてはならないと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。

 というか、女子とこうして一緒に帰るの自体初めての経験で、俺は緊張で口数が減ってしまう。朝はぶかった申し訳なさで必死で気にならなかったが、女子と一緒に歩くのってこんなに緊張するのか。

 しばらく無言の時間が続いた後、姫宮が話題を振ってくれる。


「鈴木さんって、部活とかは何か考えていますか?」


 部活か。確か原作の真は帰宅部だったな。未来を変える為に真と違う行動を取るならば、部活に入る方がいいのかもしれない。姫宮も帰宅部だったはずだから、部活に入れば姫宮との接点も減るだろうし。


「文芸部に入ろうかなって思ってる」

「いいですね、文芸部。趣味が読書って言ってましたもんね」


 運動部って柄じゃないし、文科系でそんなにエネルギー消費の激しくないものを選んだ。文芸部なら、読書しているだけでいいし、特別何かをする必要もないからな。

 だが、姫宮の次の言葉を聞いた俺は固まることになる。


「奇遇ですね。私も文芸部がいいなと思っていたんです」


 あれ? 何かがおかしい。姫宮が部活に入る? なんで。原作では姫宮は帰宅部だったはず。


「一緒に入りましょうね」

「ああ」

 

 笑顔でそう話し掛けてくる姫宮に、俺はつい頷いてしまう。

 くそ。女子の笑顔反則だって。この笑顔を歪めることなんて俺にはできない。

 それにしてもどういうことだ。俺の記憶違いか? いや、原作の姫宮は帰宅部だったはずだ。帰宅部同士で仲良くなって、真と関係を深めていったのだから。

 だとしたら、何か見落としている? 考えられるとしたら、姫宮が俺と一緒の部活を選んだ線だ。何の為に。いや、そんな理由は一つしかないだろう。少なからず、俺とお近づきになりたいと考えているから。自惚れているわけではない。それ以外に思いつかないのだ。

 姫宮は俺に好意を抱いていると考えるのが妥当だろう。

 だとしたらまずい。姫宮は惚れた相手にはぐいぐい行くタイプであることはマンガで証明されている。

 こんな可愛い女子の誘惑に俺は耐えられるのか?


「ここが私の家だよ」

 

 そんな悶々とした考えを頭の中で巡らせている間に、姫宮の家に着いたらしい。


「無事に付いて良かったよ。それじゃ俺は帰るから」

「待って」


 踵を返そうとした俺を姫宮が引き留める。


「送ってもらったお礼がしたいから、ちょっと上がっていってよ」


 本来なら飛んで喜びそうなシチュエーションんだ。だが、高校で恋愛をしないと決めている俺にとって、これはあからさまな落とし穴だ。


「いや、そんなの悪いから……」

「全然気にしないで。私がお礼をしたいだけなの」


 熱のこもった姫宮の視線が真っすぐに俺を射抜く。駄目だ。この視線に耐えられるほど、俺は女子に対する耐性がない。


「それじゃ少しだけ」


 気付けば、俺はそう返事していた。駄目だ。女子の上目遣いは反則すぎる。どうすればあの状況から断ることができるんだ。

 断ったら姫宮が悲しい顔をするんだろうなって想像をしてしまって、その顔をどうにも振り払えないのだ。マンガの真だったなら女子を悲しませることなんて朝飯前だろうが、俺はそんなクズになりたくない。


「それじゃ入って」

「お邪魔します」


 姫宮に導かれ、俺は彼女の家に入る。

 玄関には靴が置かれていない。これってまさか……


「パパとママは仕事でいないから、安心してね」


 やっぱりか。安心できないよ。誰もいない家で女子と二人きりだなんて、俺の心臓が持たない。

 ああ、今すぐ帰りたい。姫宮は鼻歌を歌いながら、俺を案内する。階段を上がり、二階に上がると突き当りのヘアのドアを開けた。


「ここが私の部屋だから。ここでくつろいでて。ジュース入れてくる」


 言われた通りに適当に座る。周囲を見回すと女子の部屋らしく綺麗に整頓されていた。

 マンガの真が姫宮の家に行ったのって付き合ってからのはずだったのに、まさかこんなに早く姫宮の好感度を上げてしまうとは。

 女子と付き合った経験はおろか、会話した記憶すら乏しいのに、あんな美少女の好感度を上げられるとは思っていなかったから、安心していた面もある。俺なんかが高校で女子と付き合えるはずがないと。

 だが、この時点ではマンガですらなかった姫宮の部屋に上がり込むというイベントを迎えてしまっている。

 どうにかしてこの危機を乗り越えなければ。


「お待たせ」


 ドアが開き、姫宮が入ってくる。俺はその姿を見て吹き出した。


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