2.優しさの代償
可愛らしい目に通った鼻筋。潤いのある唇は艶めいており、髪はさらさらのピンク色。やはり二次元のヒロインなだけあってかなり可愛い。確か作品でもモテモテで、しょっちゅう告白されていたりしたはずだ。
まあ、今日入学したところで告白されたりしているとは思えんが。
物語の姫宮はクラス委員になり、同じくクラス委員となった真と接点を持つ。そこから連絡先を好感し、一気に仲が深まっていくという流れだったはずだ。
「よーし、それじゃあ自己紹介していってもらうからな」
現在は入学式後のホームルーム。
生徒が順番に自己紹介をしていく。物語では真は受けのいい自己紹介をして注目を集めた。それで他のヒロインたちに名前を覚えられるきっかけになったのだ。なら、ここは注目を集めないように無難な自己紹介を心がけよう。
そうこうしている間に俺の番がやってくる。
「山滝中から来ました鈴木真です。趣味は読書です。よろしくお願いします」
ふう。我ながらなんのおもしろみもない自己紹介だった。
額の汗を拭いながら座ろうとするとどこからともなく声が上がった。
「あー、鈴木くんさっき女の子おぶってたよね」
見られていたのか。そりゃそうか。校門までは姫宮をおぶってきたからな。クラスに見たやつがいてもおかしくはない。
「あー、いや。俺が慌ててて女子とぶつかっちゃって。怪我させちゃったから」
「それでもおぶってあげるなんて優しい」
「凄いね。そうそうできることじゃないよ」
一人の生徒の声を皮切りに、次々と声が上がる。やがて自然と拍手が沸き起こり、ついには指笛まで鳴らされた。
不可抗力ながら注目を集めてしまった。くそ。姫宮を助けたことがこんな弊害になるなんて。
「おぶられていたのってあなただよね?」
姫宮の存在に気付いた女子がそう声を掛ける。
姫宮は笑顔で頷くと、立ち上がった。
「姫宮咲良です。足をくじいたところを鈴木さんに助けてもらいました。ちょっぴりドキっとしちゃいました」
姫宮の言葉を受けて「羨ましいぞー」と野次が飛ぶ。
だが、姫宮が挨拶を続けると騒がしかった教室は静まりかえり、彼女に注目した。
「誰かの役に立つのが好きです。鈴木さんを見習って優しい人間になれるように頑張ります」
マンガの通りなら、姫宮はクラスの人気者になる。それは約束されている。
教室が拍手に包まれる。男子生徒は既に何人かは姫宮に見惚れている様子だった。
全ての生徒の自己紹介が終わり、教室は静寂に包まれる。
「よーし、それじゃこのままクラス委員も決めちゃおうか」
来た。ここでクラス委員を回避しないと、姫宮との距離が近づいてしまう。リスクを排除する為にもなんとしても回避しなければ。
この流れは覚えている。姫宮がクラス委員に立候補するが、男子は誰も手を上げない。そこで担任がじゃんけんを提案する。そしてじゃんけんに負けた真がクラス委員になる流れだったはずだ。
だが、俺はこのクラス委員を絶対に回避する方法がある。それはじゃんけんで真が最初に出したのがチョキだと知っていることだ。マンガではチョキを出して負けていたのだから、パーを出せば勝てる。俺の作戦に死角なし。
「それじゃ、クラス委員に立候補するやつはいるか」
「はい。私が立候補します」
真っ先に姫宮が手を挙げる。
「よし、女子は姫宮で決まりだな。男子は誰もいないか? ならじゃんけんで決めようか」
計画通り。やはりマンガの通りだ。これで後はじゃんけんでパーを出せばクラス委員を回避できる。
「待ってください、先生」
だが、姫宮がじゃんけんに待ったをかけた。
「どうした姫宮」
「私は、男子のクラス委員に鈴木さんを推薦します」
「なにっ⁉」
予想外のことが起きた。まさかの名指しでの推薦。
まずい。こんな展開はマンガにはなかった。いったいなぜ?
「鈴木さんは誰かの為に行動できる人です。私を助けてくれたように。だからクラス委員に向いていると思います」
しまった。姫宮をおぶったことで姫宮の好感度が上がってしまったのか。そもそも俺がぶつかったのが怪我の原因なのに姫宮はその部分は気にならなかったようだ。
「鈴木さん、私と一緒にやりませんか?」
自信が無さそうにそう誘ってくる姫宮。
俺はそんな姫宮に答えを告げる。
「わかった。やるよ」
くそ。こんな可愛い女子にそんな顔させて、断れるわけないじゃないか。
「本当ですか! 良かった!」
心底嬉しそうに破顔する姫宮が可愛すぎる。やめてくれ。そんなに喜ばれると、心が揺れ動いてしまう。
「よし、それじゃあ男子は鈴木な。鈴木、姫宮、よろしくな。これでホームルームを終了する。解散」
ホームルームが終わり、生徒たちは各々席を立ち、自由に雑談を始める。
俺は机に突っ伏していると、肩をつんつんと突かれた。
「ありがとうございます、鈴木さん。一緒にクラス委員引き受けてくれて」
「ああ、うん。別にかまわないよ。でも、どうして俺なんだ? そもそも姫宮に怪我させたのは俺がぶつかったからだし」
そう言うと、姫宮は人差し指を頤に当て、思案する。
「んー、多分、私が鈴木さんと仲良くなりたかったからですね」
そんな大多数の男が勘違いしてしまいそうなことを平然と言ってのける姫宮に、俺は思わず赤面する。
「いいきっかけになると思ったんです。鈴木さんと一緒にクラス委員をすれば、仲良くなれるかなって。要するに私の自分勝手な都合です。すみません。嫌でしたか?」
こんな可愛い顔で小首を傾げられて、嫌だと答える男はいないだろう。
「そんなことないよ。姫宮みたいな可愛い子に仲良くなりたいって言われて嬉しくない男はいないよ」
「私のこと可愛いって思いますか?」
「ああ、可愛いと思うぞ」
「そうですか……やった」
姫宮は小さくガッツポーズを作った。
まずい。どうも姫宮の俺に対する好感度がかなり高いみたいだ。
これ以上、姫宮の好感度を上げないようにしないと。
「あ、そうだ。これからクラス委員のことで色々連絡取り合う必要もあるでしょうし、連絡先交換しましょう」
「あ、いや……」
連絡先は交換しない方がいい気がする。マンガでもスマホで連絡を取り合って関係を深めていたし、恋愛関係に発展させない為にも断るべきだろう。
「どうかした?」
「あー、俺実はスマホ持ってないんだ。悪いな」
「そうなんだ……」
あからさまにがっかりした表情になる姫宮。やめろよー、そんなに落ち込まれると罪悪感が凄い。
女子から連絡先を聞かれて断るなんて、俺は死ぬべきだろうか。女の子にこんな顔をさせて俺は生きている価値があるのだろうか。
「買ったら真っ先に姫宮に教えるから」
咄嗟に俺はそう言っていた。姫宮の落ち込む顔が見ていられず、つい。
姫宮は前に乗り出すと、俺の手を握ってきた。
「絶対だからね」
「お、おう」
真っすぐ見つめてくる姫宮の視線から、俺は目を逸らす。顔が熱い。いい匂いする。女子に手を握られたのなんて前世含めて初めてだ。嘘を吐いている罪悪感と羞恥心から、姫宮と目を合わせることができなかった。
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