ラブコメマンガの悪役主人公に転生してしまった

オリウス

1.ラブコメマンガの悪役主人公に転生してしまった。

「嘘、だろ……?」


 寝起きで鏡の前に立った俺は信じられないものを見ていた。

 そこに映っていたのは俺ではない別の誰かだ。いや、見知った顔であるのは間違いないのだが。

 とにかく、俺はとにかく現実を直視できなかった。なぜなら鏡に映っていたのは俺の知るラブコメマンガ、「恋の怪物」の主人公、鈴木すずきまことだったのだから。

 よし、冷静になろう。俺は水道水で顔を洗ってもう一度鏡を見た。そこに映っていたのは変わらず鈴木真。どうやら夢ではないらしい。俺はラブコメマンガの主人公に転生してしまったようだ。


「冗談だろ」


 俺は頭を抱える。ラブコメマンガの主人公に転生したのだから喜んでもいいのではと思うかもしれない。俺も普通のラブコメマンガの主人公に転生していたなら、動揺はすれど喜んでいたのかもしれない。

 だが、鈴木真は駄目だ。なぜならこいつは全読者から嫌われた最低最悪の悪役系主人公なのだから。どれぐらいやばいかというと、二股どころか何股していたのかさえわからないほど、こいつは性欲モンスターなのだ。

 その女に飽きたらすぐに他の女に乗り換え、あげくの果てには妊娠させてしまうというラブコメマンガにあるまじきストーリー展開を見せる。そして、最終的には誰かに刺され、謎の死を遂げるというバッドエンドで物語は完結を迎える。犯人がわからず仕舞いだったことから、完結後、様々な考察が拡散され、おおいに盛り上がった。誰も鈴木真が殺されたことを悲しむファンはいなかった。それどころか、未だに真死ねというネットミームが盛り上がりを見せている。


「あれ? ってことはこのままだと俺、死ぬくね?」


 冷静になって状況を整理してみると、結構やばい状況だということに気が付いた。

 この世界がもし「恋の怪物」の中だとして、俺が本当にあの悪役主人公の鈴木真なのだとしたら、いずれ俺は誰かに殺されることになる。

 せっかく転生したのに、そんな未来は絶対嫌だ。

 誰かに刺されない為にも、俺はその未来を回避しなくてはならない。


「誰とも付き合わなければ修羅場に巻き込まれることもないな」

 

 リスクを排除するなら、恋愛をしないことがベストだ。

 せっかく転生したのに、恋愛を諦めることになるのは口惜しいが、命が何よりも惜しい。それに、物語の完結後の未来でなら、恋愛をすることも可能だろう。

 物語は高校在学中で完結を迎えている。つまり、高校卒業後なら恋愛をしても俺の命が危機を迎えることもないだろう。

 なら、すべきことは明確だ。


「今のうちに男を磨く。未来で女性にモテる為に」


 そう決意した俺はこの新たな人生を受け入れた。

 まずは状況の確認だ。今が物語でいういつなのかを明確にする必要がある。もう既に何人も女を食った後なのかどうかを知る必要がある。もしそうなら、今更態度を改めても、俺が刺される未来は変わらない気がするから。

 スマホで日付を確認する。4月8日午前7時45分。季節は春か。生徒手帳を確認すると、桜雪高校1年と記載があった。つまり今は1年生の春。これって物語でいう本当に冒頭の部分じゃないか。

 スケジュールのアプリに通知があるのに気付いた俺は、開いて確認してみる。入学式と書かれていた。


「って、今日入学式かよ!」


 俺は慌てて準備を始める。制服に着替え、持ち物を確認し歯磨きを済ませ、慌てて家を飛び出した。

 不思議なことに通学路ははっきりと覚えていた。道に迷うことなく俺は走り続ける。ふと角を曲がった時だ。

 歩いてきた女子とぶつかってしまった。


「いった……」

「悪い!」


 そこで気付く。ぶつかった女子は俺と同じ制服を着ていた。可愛らしい目に艶やかな唇。短くまとめたピンクの髪が可憐さを演出している。

 俺はこの女子を知っている。「恋の怪物」のヒロインだ。


姫宮ひめみや咲良さくら……」

「え? どうして私の名前を知ってるんですか?」

「ああいや、入試の時に隣だったんだよ。それで名前を見かけて」

「そうですか。すみません、私はあなたのこと知らなくて」


 咄嗟に吐いた嘘だったが、姫宮はどうやら信じたらしい。


「それより、大丈夫か」

「あ、はい……いたっ」


 立とうとした姫宮が苦悶の表情で顔をしかめる。


「どうした?」

「はい、ちょっと挫いてしまったみたいです」

「悪い、俺のせいで」

「いいえ、私もよそ見をしていたのでお互い様です」


 姫宮はそう言うが、悪いのは俺だ。慌てていたとはいえ、安全確認をせずに曲がり角から飛び出したのだから。


「立てそうか」

「はい、歩きにくいですがゆっくり歩いていきます」


 ここで負傷した女子を見捨てていけるほど、俺は非情ではない。責任は俺にあるのだし、ここは手を貸すのが筋だろう。


「俺、おぶるよ」

「え?」

「ほら、こう見えて鍛えてるんだ。女子のひとりやふたりぐらいたいしたことないからさ」

「で、でも……」

「俺のせいなんだ。責任を取らせてくれ」


 姫宮は戸惑っている様子だったが、自身で歩くのも辛いようで最後には頷いて俺の背中に寄り掛かった。

 柔らかい感触と、甘い香りが鼻腔を擽る。前世では女子とこうして接点を持つことはなかったから、いささか緊張するな。


「それじゃ、いくぞ」

「はい、お願いします」


 俺は姫宮をおぶり、学校へと急ぐ。


「そういえば、あなたの名前をまだ聞いていませんでした」

「鈴木真だ。ありふれた普通の名前だろ」

「鈴木さんですか。覚えやすいお名前ですね」


 くすりと姫宮が笑う。女子とこうして会話した経験もほとんどないからどうしても緊張してしまうな。


「鈴木さんって力持ちなんですね」

「そんなことないよ。男はみんなこれぐらい余裕だよ。姫宮も軽いしね」

「も、もう。鈴木さんったら口が上手いですね」

「そんなことは……」


 そんな雑談をしていたら、学校にはすぐに着いた。


「ここまでで大丈夫です。ありがとうございます」

「教室まで運ぶよ」

「いいえ、さすがにその、人目があるので恥ずかしいです……」

「あ、悪い」


 俺は姫宮をゆっくりと地面に下ろした。


「立てるか?」

「はい。ありがとうございました。おかげで助かりました。そういえば、鈴木さんは何組ですか?」

「俺はA組だよ」

「私もA組です。同じクラスですね」


 知ってる。姫宮咲良は鈴木真と同じクラスになり、互いを意識するようになる。始まりは鈴木真の一目惚れからだったが、姫宮も意識していて両想いだったことが後にわかる。

 本当にこんな可愛い子が俺のことを好きになるのか。前世で一切恋愛経験のない俺は、どうにも信じられない気持ちだった。


「仲良くしてくださいね」

「ああ、よろしく」


 笑顔を向けてくる彼女にどきっとする。

 そうだ。忘れるな。俺は彼女と恋愛してはいけない。彼女がいずれ俺を刺す犯人になるかもしれないのだから。

 すれ違いざま、姫宮が小さな声で囁いた。


「かっこよかったですよ」


 ダメだ。姫宮が可愛い。俺はこれから3年間、彼女の誘惑に耐えられるのか?

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