『命も魂も捨てて』

「大司教が死んだ、バフォメットが動き出した」


 スカーレットはダズマールと合流した。大司教にして先帝の弟の死、死をもたらせた人物が恐らくミゼルかバフォメットであると伝える。


「ミゼルはきっと……バフォメットと手を組んでいるだろうね……」


 ダズマールの銃創に応急処置をしながら、スカーレットは苦く呟いた。


「スカーレット、おれは……あいつを止められなかった」


 ダズマールは血の混ざった咳をして俯いた。精悍な顔は失血で白いが、このときのダズマールを責め苛んでいたのは傷の痛みではない。


「悪魔と手を組むほど、あいつが追い詰められていただなんて」

「ダズ、喋るな」

「おれは何も、悟らなかった……今も、分からない」


 今できる処置を施して、スカーレットは悲しげに目を細めた。凶行の兆しやミゼルが秘めていた懊悩を悟らなかったのは、スカーレットも同じであったからだ。


「悪魔に魂を売ったところで……所詮、人間は人間だ」


 ダズマールは傷の痛みなど忘れてしまうほどの感情の狭間で惑うようであった。


「悪魔には、なれない。ミゼルはそれが分からないような奴じゃない」


 ダズマールは大きく咳き込んで喀血した。しかし青ざめた表情はミゼルを思うことを放棄してはいなかった。


「あいつは命と魂を捨ててまで、何を言いたいんだ……」


 スカーレットはダズマールの銃創にそっと片手を置いた。ダズマールの疲弊した瞳が、ぼんやりとスカーレットを見やる。スカーレットは美しく凛とした赤い瞳を、今度は微笑みに細めた。淡い悲しみを沈めた血の温かみめいた赤に、長い睫毛の影が伏せられる。


「それを訊くのは、私の役目だ」


 スカーレットは呟いて、軍靴の高い踵に仕込まれていた赤銅色の弾丸を取り出している。手の中に収まるような小銃を腰のベルトから外して、その妙な弾丸を装填する。

 スカーレットは銃の感覚を確かめながら、立ち上がった。


「ミゼルと、大事な話をしてくる」

「それならおれも」

「ダズはグリノールズ公子とメリルを保護してくれ。見つけたら連絡がほしい」

「……分かった」


 スカーレットは何も言わずに微笑んで、ダズマールに背を向けた。だが前に向き直った美貌は、酷く、険しかった。

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