『歪められた史実』

「これでやっと……貴女を執政官に昇らせることができる」


 アルフレッド王の国葬が終わり、メリルとスカーレットは早くも先を見据えた話をしていた。メリルの即位と戴冠式の日程も決まり、メリルの表情は真剣と緊張が入り混じっている。


「わたくしの描く美しい国に、貴女は必要不可欠なのですから」


 メリルは視線の先にスカーレットを置いた。軍では中将という高い地位にあるスカーレットが宮廷に於ける最上位である執政官の座につけば、二つの権力基盤は相乗して、首席執政官並みの力を揮えることとなる。メリルはそれを、ずっと待っていた。

 しかしスカーレットはいつもと変わらぬ涼やかさで、自嘲気味に呟くのみだ。


「君のつくる平和な国に、血濡れた私は不要になる時がくるよ」

「……執政官の位だって、不当と言ってもいいくらいですわ」


 メリルは言い募った。スカーレットに詰め寄って、白い麗貌を仰ぐ。


「わたくしはある意味では父を憎んでいましたわ。貴女を、冷たく扱ったから」

「メリル」


 スカーレットはメリルの熱のこもった口調を遮った。穏やかだが、それ以上の意志を秘めた声で、


「私は……ただの兵士だ」


 メリルは腑に落ちない、納得できないと言いたかったが、そっと目を伏せて、反論の言葉を飲み込んだ。

 メリルが図らずも薔薇の指輪にもう一方の手を添えたとき、その輝きに気づいたスカーレットが、感慨の伴わない声でぽつりと言った。


「メリル、その指輪は確か……」

「父上のものですわ、形見になってしまったけれど……」


 メリルは父王の妙な言葉をふと思い出したが、動揺しないうちに話の接ぎ穂を探して、指輪が色違いで二つあることについて言及する。


「二つありますから、一つは貴女に」

「いや、私がそんなものを持っていたらおかしいだろう。君が持っていてくれ」


 喪章をつけたダズマールとミゼルが近づいてきたので、スカーレットは一旦話を終わらせた。

 ミゼルがスカーレットに駆け寄って、軍務について伝える。


「中将、陛下の崩御の折ですんで、遠征が休みになりましたよ」

「それで浮かれていると……全く、叙勲式より嬉しそうだね、ミゼル?」

「そうだ、スカーレット」

「? 何、ダズ」


 ダズマールがわざとらしく、いかにも今思い出したようなそぶりを見せた。軍服の上着、そのポケットに手を突っ込んで、水をあけられてしまったことを悔しがる様子で言う。


「お前、執政官に昇るそうだな」

「ああ、殿下が決めてくださった」

「でも忘れるなよ、スカーレット……おれの方がお前より立場は上なんだからな? 調子に乗ってないで困ったら頼るんだぞ」


 スカーレットは笑いを堪えていた。同期に出世された悔しさをダズマールは表現しているつもりのようであったが、演技が下手すぎであったからだ。


「先輩、素直に祝えばいいじゃないですか。下手くそな芝居してないで」

「黙れミゼル! それに公国が怪しい動きを見せているからおれは言っているんだ」

「公国が?」


 ダズマールは俄かに表情を改めたメリルとスカーレットに話した。


「スカーレット、お前が殿下の、いや、〝次期君主メリル一世〟の大側近になることを公国貴族どもが恐れて何か画策しているようなんだ」

「正しい情報なのか?」

「おれが遣ってる諜報が掴んできた、間違いないだろう」

 訝しむように、メリルは眉を寄せた。

「恐れるって、何を……」

「……〝粛清〟とかじゃないですか?」


 嘯く口調で割って入ったミゼルが、冷たい怒りを吐息に乗せて口にしたのは、四年前の戦役の話であった。


「ベルリリーの乱。オレはあのとき志願して、中将の下で戦った。でも、あの戦の事実は、歪められてる。公式記録と、オレが見た事実が違う」


 スカーレットが目線だけでミゼルを制すと、ミゼルはまぜっ返したい気分を抑えたようで、低く呟いた。意味深にスカーレットに目をやって、その場を後にする。


「歪めたのは、公国(あいつら)だ」

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