『母が恋しくて』

 黒服と、静謐。

 宮廷から来た二名の使いと、家の使用人が三人、喪服を着ている。しずしずと柩を運び、祈りの言葉さえ宗教に赦されなかった故人は、冷たい土に埋葬された。

 黒いレースのついたカクテルハットをかぶったスカーレットは、柩が埋められていく様子をじっと見つめて、ぽつりと呟く。将来の美貌を約束された匂い立つ高貴が、泣くことができるほど未来と自らに余裕がないことを、今は皮肉るだけの要素としていた。


「お母さま……」


 皮肉としか言いようがなかった。スカーレットがはじめて美しい赤髪を上げた六歳のある日。自害した母の葬儀……

 誰かが、心許ない自分の小さな手と、ずっと手をつないでいる。薄い、指先が露出した黒革の手袋――バフォメットである。スカーレットはその大きな手の温もりを感じるうちに、睫毛の長い目を潤ませていた。バフォメットを仰ぎ見ると、酷く硬い表情でありながら、悲しみと怒りを混ぜた複雑と滲ませていた。だがスカーレットのすがるような視線に気づくと、苦味の混じった笑みを唇の端に乗せてみせる。


「執政官さま、わたし、これから、どうしたらいいの……?」


 バフォメットは喪章と赤薔薇のコサージュを着けた左胸に、空いている方の手を当てた。呆然とこぼしたスカーレットと手はつないだまま、バフォメットは幼いスカーレットに跪いた。

 悪魔の革靴、その先が、捧げる想いのために折れて殉じた。

 きょとんとしてしまったスカーレットの柔らかい手の甲に口づけて、バフォメットは昂然と顔を上げた。中性的な美しさと、温かみのない垂れ気味の目の奥が、ぐらぐらと燃えて灼けついていた。いつも遊び相手をしてくれていた〝親の知人〟とは、全く別の表情であった。


「姫、臣がいつか、必ずや――」


 母の葬儀に、父は、現れなかった。

 バフォメットに連れられて宮廷へ行くと、バフォメットがアルフレッドから酷い叱責の言葉を受けているのが聞こえた。妃が娘を出産し、そのまま意識を失くして危篤状態であったからだ。そんな一大事を知っていながら何処へ行っていたのだと、アルフレッドが威圧的に浴びせかける声に、スカーレットは耳を塞いで唇を噛みながら、震えていた。

 怖かったのではない――スカーレットは怒りに打ち震えていた。責められるべきはバフォメットではないと言う力は、悲しいことに、幼いスカーレットには、なかった……


 ――我に返った時、スカーレットはソファーで横になっていた。長い赤髪をほどいて軍服の上着を脱ぎ、薄手の白いシャツという軽装。少しだけ休むつもりで目を閉じていたのに、カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいた。

 今日はメリルの戴冠式の時に着るドレスの採寸をする日だから、行かなくてはいけない。

 シャワーを浴びて、乾かした赤髪を結い、軍装に戻る。

 だがメリルに会う前に、悪い知らせが入った。帝国の軍人が、ロックハーティアを暗殺しようと襲い、公女ロックハーティアは意識不明の重体に陥ったというのだ。


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