第10話:温泉で裸の付き合いをします

「それにしても、いきなり裸にされちゃうなんてね。結果として助かったけど。あ、もうこっち見てもいいわよ」


 リンは脱がされた服を着直して、俺の方を向いた。


「全身で気功を放つなんて考えたこともなかったわ。強力だけど、さっきので力を使い果たしちゃったみたい」


 拳や脚などに部分的に気功をまとわせる場合と比べれば、一度に大量の力を使うのは当然なのだろう。


「でも、いざというときの切り札になるかも知れないわね。またお願いすることがあるかも」


 俺に裸を見られることについては、それほど気にしていないようだ。格闘家としての修行を積んで、羞恥心を超越した悟りのようなものが芽生えているのかも知れない。


「さて、さっそくギルドに報告しに行かないとですね。私とアリシアさんが見張りをしているので、ケンさんとリンさんで行ってきてもらえますか?」


 なるほど、ならず者や野獣に獲物を横取りされるかも知れないというわけか。気功の力を使い果たしたリンと、そもそも戦いは素人の俺は戦力外だろうから、ここは2人に任せて街までひとっ走りすることにした。


 *


「……ねえ。私の体、どうだった?」

「え?」

「あの技でいろんな子を脱がせたことあるんでしょ?」


 道中で尋ねられたが、まあ否定はできない。俺は素直に答えることにした。


「綺麗だと思うよ。引き締まっているのに女らしいというか」


 筋肉質なのには違いないのだが、アリシアと比べると全体的にしなやかなで、より女性的な印象を受けた。これは馴染みのある東洋人風だから、なおさらそう見えたのかも知れないが。


「ふーん。……また見てみたい?」

「えーっと……」

「ふふ、冗談。私だって年頃の女なんだからね。非常時以外で裸を見られるのはお断りだから」


 *


 ギルドに報告を済ませると、さっそく専門の解体職人が派遣されることになった。そのまま待っていても良かったのだが、面白そうなのでついて行ってみることにする。リンは体や服を洗いたいということで留まった。


耳腺じせんは無傷か。よくやった」


 職人は手袋をして、慎重に成分を抽出していく。ガマの油というのは腹の脂肪分のことかと思っていたのだが、実際は耳のあたりから採取されるものらしい。さらに皮を切り分け、一部の内臓もビン詰めにする。かなりグロテスクとも言える光景なのだが、俺は落ち着いて見ていた。この世界では獲物や家畜の解体に立ち会うのは日常なのかも知れない。


「こいつのもも肉、美味いんだぞ。俺も食うのは久しぶりだけど楽しみだ」


 薬用とは別に、可食部も可能な限り切り分けて荷馬車に積んでいく。今夜、ギルドの酒場で調理して振る舞ってくれるそうだ。


「確かに、魔物でも食えるやつはいるだろうなぁ」

「私も家族で狩りに行ったことがあるぞ。こんなに大きい獲物は初めてだけどな」


 内臓には毒もあって危険なので専門家に任せているが、肉の切り出しはアリシアも手伝っている。すっかり慣れた手つきだ。


 **


「カエルの肉は初めてだけど、まるで鶏肉みたいだな」


 ギルドに戻ると、さっそくカエルの肉を調理してもらった。まずはシンプルにグリルにする。味付けは塩だけだが、まるで焼き鳥のようだ。少し後味に違和感があるが、慣れればどうということはないだろう。


「やっぱり鶏肉に似てますよね。ケンさんのところでは鶏肉はどうやって食べてました?」

「そうだな、こんなふうに塩焼きにもするけど、タレをつけたりもする」

「どんな味ですか?」

「醤油っていう……大豆を……どうするんだったかなぁ? とにかく、甘辛いんだよ」


 身近だった調味料の一つすらまともに説明できないのがもどかしい。


「大豆のひしおなら私の故郷にもあるわ。このあたりでは貴重だけど、少しなら持ち合わせてるわね」


 リンがカバンから取り出した小瓶の中身を焼いた肉に付ける。醤油というより味噌に近いようだが、懐かしい匂いがする。


「美味い! これに甘みもあればなぁ」

「蜂蜜なら私が持っている」


 リンの醤に、アリシア秘蔵の蜂蜜を混ぜて、即席のタレを作ってみる。


「コックさん、このタレに肉を漬けて焼いてもらえるかな?」

「ほう、面白そうなの持ってるな。やってみるか!」


 リクエストして出来上がったのは、焼き鳥というよりは照り焼きに近いものだったが、味は最高だった。この世界に来てから一番美味い食べ物だ。


「美味しいです!」

「確かに美味い!」

「豆醤に蜂蜜、こんなに合うなんて!」


 仲間たちにも好評で嬉しい。新鮮な獲物の肉を、それぞれが持ち寄った調味料を組み合わせて食べるというのも、冒険者ならではの醍醐味かも知れない。少なくとも今この瞬間を、俺は心の底から楽しんでいた。


 *


「大浴場もあるなんて、最高だな。しばらく拠点にしたいくらいだ」


 カエル料理を堪能した俺は、併設の大浴場に一人浸かって足を伸ばしていた。そう、ここは温泉が湧くので浴場があるのである。一般にも開放されているのだが、人の少ない夜中にのんびり楽しんでいた。今夜は満月で、天窓から差し込む月明かりが優雅だ。


「そこにいるのはケンね。ご一緒していい?」


 リンの声が聞こえる。この浴場は基本的には混浴なのだが、時間帯によっては女性専用になっているので男女が一緒に入ることは普通は無いようだ。実際、リンは俺が巨大ガエルの解体に行っている間に入浴していたという話である。


「ああ、他には誰もいない。……手伝おうか?」

「ええ、お願いするわ」

脱衣アンドレス!」


 するすると衣擦れの音が聞こえる。俺からはリンの姿は全く見えていないのに、効果はしっかりと発動しているようだった。


「驚いたわ。壁越しでも脱がされちゃうなんてね」


 実際、俺も試しにやってみたができるとは思わなかった。カエルの舌で拘束されているときにも服だけを脱がせられたし、思っていたよりも応用の範囲は広いのかも知れない。


「ふふ、今さら恥ずかしがらなくてもいいのに」


 そして、リンは体を隠すことなく堂々と入ってきた。月明かりに照らされた裸体はとても美しかった。

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