第9話:格闘娘は脱ぐと強くなります

「よし、こんなもんかな」


 南方に向かう馬車の中で、俺は拾った木の枝をナイフで削って箸を作ってみた。木を刃物で削るのは中学の授業で彫刻刀を使って以来だが、転移時にインストールされた技術のおかげで意外となんとかなるものである。ちなみに武器としてのダガーとは別に、作業用の小型ナイフがリュックに入っていた。


「ケン殿は、ペンを2本同時に使うのか?」

「ああ、これは箸っていう食器なんだ。これで食べ物をつかんで口に入れる」

「器用ですね!」


 試しに木片をつまんでみせると驚かれた。このあたりでは汁気のあるものをスプーンですくって食べる他は、ほぼ手づかみのみで食事をする。


「やっぱり手が汚れると落ち着かないんだよな、俺の場合」


 材料はまだあるので、いくらか予備を作っておくことにする。イリスやアリシアが使いたがる時が来るかも知れない。


 **


「へえ、巨大ガエルの討伐かぁ。報酬がずいぶんはずむなぁ」


 到着した街の冒険者ギルドで、さっそく「マイ箸」を使って、焼いた肉のぶつ切りを食べながら依頼を物色する。


「油が薬の材料になりますからね。この依頼の場合、死体はギルドが引き取る前提での報酬ですから」

「なるほど、ガマの油っていうのは俺がいたところでも聞いたことがある」


 イリスはいくつかの回復薬を常備しており、俺にも分けてもらっていた。きっと、これを作るのが専門の人もいるのだろう。


「巨大ガエルなら以前に討伐した経験がある。2人の援護があれば私だけでも倒せるだろう」

「アリシアがそう言うなら大丈夫そうだな」


 今回の戦いでは俺の能力は活かせそうにない。せいぜい護身用のダガーを振り回すくらいしかできないだろう。


「その討伐、私も同行させてくれない?」


 隣の席から声がかかる。黒髪を頭の上でお団子にして、スリットの入ったチャイナドレスのような服を着ている。いかにも中華風の武闘家といった感じの服装だった。この世界にも東洋のような文化圏があるのだろうか。ちょうど、俺と同じようにマイ箸で食事をしていたので親近感もある。


「4人で山分けしても報酬は十分にある。俺は仲間が増えたほうがいいと思うけど、どうする?」

「賛成です」

「異存は無い。しかし貴殿は武器を持っていないようだが、いかにして戦うのだ?」


 確かに彼女は武器らしきものを持っていない。素手で戦う冒険者というのは珍しい存在なのかも知れない。


「私はリン、格闘家。武器は使えないけど気功の力を操れるわ」

「頼もしそうだな。でも、相手がカエルだと相性が悪くないか?」


 思わず俺は聞いてしまった。ぶよぶよした肉体は打撃攻撃を吸収しそうだ。こういう相手には刃物で戦うのがゲームでもセオリーになっている。


「そんなものは承知よ。だからこそ修行になるんじゃない」

「見事な心構えだ。私はアリシア、ともに戦おう」


 武人としての気質が合うのか、アリシアとリンはすぐに打ち解けた。


 **


「このあたりか……うわっと!」


 奴が出没するという森の中で、いきなり死角から襲撃を受けた。この中で一番未熟なのが俺だということを見抜いたのか、ものすごい速さで舌を伸ばして狙ってきた。それをアリシアの盾が弾く。


「《火球》!」


 イリスの放った火の玉が巨大ガエルの眼の前で弾ける。しかしこれはおとりにすぎない。作戦通り、リンはアリシアの体を踏み台にして跳躍し、奴の眉間に拳を叩きつける。それは青白いオーラをまとっており、気功の力で冷気を宿しているのだ。


「やっぱり、一撃では無理ね」

「怯むな、リン殿!」


 すかさず、アリシアが剣を横薙ぎにして腹を切り裂く。ぬるりとした体液を貫いて、奴に血を流させることに成功した。そこを狙ってリンの拳がえぐる。


「脂肪が分厚い! 思っていたよりダメージはなさそうね」

「やはり、狙うなら頭か」

「俺が引き付ける!」


 イリスの《祝福》が発動したのだろう。薄いバリアのような感覚を確認してから、俺は自らが囮になることを宣言した。奴の前に躍り出る。伸ばす舌は抜いたダガーでさばいていく。意外といけるか?


「危ない!」


 リンが俺を突き飛ばす。弾こうとした舌が急に軌跡を変えて、フェイントをかけたかのように無防備な面を狙ってきたのだ。リンは俺をかばって、舌に巻き取られてしまった。


「早く、脱衣の力を!」

「そうか、脱衣アンドレス!」


 体にまとわりついているものが衣服だと解釈するなら、奴の舌から抜けられるかも知れない。出会ったばかりで裸を晒させることになるが、助けるためだから悪く思わないでくれよ!


「ケン! 何したの?」


 しかし、俺の狙いは外れた。いや脱衣アンドレス自体はリンに届いたのだが、脱げるのは文字通りに衣だけ。舌は巻き付いたまま、服だけがスルスルと抜け落ちていく。細長い包帯のようなものは胸に巻いただろうか。


「リン殿! 全身から気功を放て!」

「そうか! ……はぁぁぁッ!!」


 青白いオーラが全身から放たれる。カエルの舌はたちまち凍りついて砕け散った!  なるほど、裸なら拳だけでなく全身から放てるというわけか。そしてリンの全裸も露わになる。胸はCカップといったところか。ちょうどイリスとアリシアの中間くらいかな。


「私の全部をぶつける!」


 そのまま、背中に体当たりをした。気功全開の攻撃は強烈で、さすがの奴も四つん這いになった。


「とどめだ!」


 この好機を見逃さず、アリシアは眉間に剣を突き立てと、奴は完全に動かなくなった。討伐成功だ。それにしても脱衣アンドレスにこんな使い道があるだなんて。

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