第11話:妖精さん達が裸で舞い踊ります

「おはよう、昨夜はさすがに疲れていたようね」

「ああ、おはよう」


 朝、食堂で顔を合わせたリンに言われた。二人で入浴した時、彼女に部屋に来るように誘われたのだが断ってしまったのだ。


 ようやく気づいたのだが、俺は性欲というものを失ってしまったらしい。好奇心で女性の裸を見たいという気持ちはあり、美しいものだと思う心はあるのだが、見たところで性的な興奮が起こらなくなっているのだ。


 これもまた女神様の仕業なのだろうか。あるいは、この能力が「女性キャラを脱がせるだけで、それ以上の行為はしない」というゲームに由来しているからか。ともかく、リンには恥をかかせてしまって申し訳なかった。


「俺、仲間とそういうことはしないから」

「いいの。私もちょっとどうかしてたわ」


 ひとまずそう言って納得してもらうことにした。彼女も軽率な行動だったという自覚があるようで一安心だ。


 *


「それにしても、なんというか男女の距離が近くないか?」


 朝食をとるという習慣はこのあたりでは一般的ではなく、毎日食べるのは冒険者を始めとする肉体労働者くらいである。この時間帯に冒険者ギルドの食堂にいるからにはほとんどが冒険者のはずなのだが、なんだか男女が妙に親しくしている感じがする。


「やっぱり、大ガエルの肉を食べたせいかも知れませんね」

「ああ、個人の体質にもよるが、そういったこともあるようだな」


 イリスとアリシアには変化が無いように見える。うちのパーティで影響を受けたのはリンだけなのだろうか。


 *


「全く、お前たちもかよ。"フェアリーの衣"なら今は切らしてるぞ」


 ギルドマスターは冒険者カップルの頼みを断った。


「フェアリーの衣?」

「薬草の一種です。文字通り、フェアリーが衣服として身につけていることからそう呼ばれますね。効果は……まあ、ご想像のとおりです」


 恋人たちのための薬ということは、精力や快楽を増幅するようなものだろうか。


「それで、どこで採れるんだ?」

「成熟した葉はフェアリーが身につけてしまいますから、剥ぎ取ってしまうのが一番ですね。ちょっとかわいそうですけど」


 おいおい、まさかの俺の能力が活躍しそうな状況じゃないか。


 *


 というわけで、さっそく俺たちはマスター直々の依頼で"フェアリーの衣"を集めることになった。


「そもそもフェアリーって、どういう存在なんだ? モンスターなのか?」


 インストールされた知識の中にフェアリーについての情報は少ない。手のひらくらいの大きさで、蝶の羽が生えた少女の姿をしているらしいということはわかっているが、これは現実世界で俺が持っていた知識とほぼ同じはずだ。


「モンスターみたいに討伐したりはしません。今回みたいに衣をもらう時も、対価を持っていくのが普通です」


 実際、麦芽から作ったという飴玉を用意している。一ついただいてみたが、甘みは少なくて素朴な味がした。貴重な砂糖などは入っておらず、麦芽のみで作られたものらしい。


「一応、護衛として同行したが出番はないかも知れないな」

「いいじゃない。私もフェアリーって一度見てみたかったし」


 アリシアとリンが言う。リンはすっかり俺たちの仲間になってしまった。曰く「裸の付き合いをしたんだから」ということらしいが……。


「そろそろ気配が濃くなりました。静かにしてください」


 イリスはエルフの種族である。広義ではフェアリーとともに「妖精族」などと呼ばれたりもするように、種族的なつながりが強いようだ。


「……来ましたね」


 地面に飴玉を置き、杖に魔力を集中させる。森の奥の暗がりの中に、桃色の淡い光が浮かび上がる。それは木の葉をまとった小さな少女の姿をしていた。彼女たちは飴玉を両手で抱えて、嬉しそうな顔をしている。


「もう、大丈夫だと思います」

「いいのか?」

「ええ、こちらからの贈り物は受け取ったのですから」


 イリスに促されて、俺はフェアリーたちに向かって静かに脱衣アンドレスを発動する。木の葉がはらりと舞い落ち、一糸まとわぬ姿を晒した。すると、たちまち恥じらって木陰に隠れてしまう。


「……また集まってきた?」

「きっと、珍しい体験だからでしょうね。フェアリーは好奇心が旺盛なので」


 それぞれが飴をとったのを確認して、再び脱衣アンドレスをかけると、嬉しそうに飛び回った。裸の少女たちが無邪気に戯れている様子は美しい。


「そういえば、フェアリーって男の子はいないのか?」

「少なくとも私は見たことないですね。それに、花の中から生まれるので本当の意味での女性というわけでもないんですよ」


 言われてみると、"彼女"たちは女性のようなプロポーションをしてはいるが、乳首はついてないようだし股間にも何もない。まるで、少年漫画に登場するデフォルメされた裸体のようだった。


「生まれたままの姿のフェアリーたちの舞、めったに見られるものじゃありませんよ」


 俺たちは"フェアリーの衣"を拾い集めると、その不思議な光景にしばし見入っていた。

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