第8話 勧誘
「じゃ、ここで待ってて、焼きそば買ってくるから」
ドアノブはそう言って俺に向かってニッと笑みを作り、ダンジョン広場の方へ駆け足で走っていった。
その後ろ姿を見ながら俺は思う。
驚いた。ドアノブはもう既にA級探索者資格を持っているという。その証拠に、広場入り口にいる自衛官に探索者カードを見せ中に入っていく様子が見える。
確かA級ダンジョンはB級以上の探索者しか入れない筈……なので少なくともドアノブのランクがB級以上なのは間違いないだろう。
それにしてもダンジョン広場の入り口前で待っているからか、異様に視線を感じる。今まで不可視の魂だったもので、中々こういう視線には慣れない。
そうして視線に耐える事数分、ドアノブが片手にビニール袋を持ち、行きと同じく駆け足で戻ってきた。
「お、やっと来たドアノ――」
「しーーっ! 俺がこの姿の時は
ドアノブ改め、晶は俺の言葉を遮るように俺の唇に人差し指を押し当て、小声でそう怒鳴ってきた。
「お、おう。そうか、分かった」
「分かればよろしい。早いとこ君も考えることだね」
「ああ……っていうか、正直焼きそばの香りが強すぎて話入ってこないんだが?」
「ふふ、だよね。じゃ、人気のないところまで行って食べようか」
晶はそう言って歩き出した。俺はその横に並んで歩く。
そして焼きそばが入っている袋を見ていると気付いたことがある。
ビニール袋の中には焼きそばのパックが五パックあった。俺はそんなに食べるつもりないし確証はないが、晶も二パックか一パックくらいしか食べないと思う。
「晶、五パックもなんで買ったんだ? 焼きそばは冷凍以外保存効かないぞ?」
「ああ、この五パックの内三つは俺の仲間の分さ」
ドアノブは左手に持っていたビニール袋を一瞬、腰辺りにまで上げるとそう言う。
「仲間って……それは人間? それとも俺達と同じ――」
「うん。俺達と同じ、物に転生した者達だよ」
「そんなに同類居るんだ……」
じゃあ俺と晶合わせて少なくとも五体居るって事か……ん? 五って数字、なんか聞き覚えあるぞ? なんだったかな。あっ――
「——五柱」
俺はハッと思い出した瞬間、呟いてしまった。それを晶は聞き逃さなかったようで質問してくる。
「五柱? 何それ」
「あぁ……とある人から聞いたんだが、『異なる世界から強大な力を持つ魂が五柱降臨する』って神託があったらしい」
「へぇ……五柱。多分それは俺達の事だね」
「晶もそう思うのか」
晶は頷くと暫し沈黙する。すると決心したような顔で、俺に言った。
「スマホ君、俺達の仲間にならないか?」
「……仲間?」
「そうさ」
晶はそう言って手を差し出してくる。
「仲間って……どんなことをするんだ?」
「ん~そうだねえ……一緒にダンジョンに潜ったりとか、まぁ一蓮托生みたいな感じかな」
「そうか……」
今のドアノブは何か怪しい。探索者登録を偽名で登録した件も然り、そんな立派な犯罪に手を貸したくもない。それに一蓮托生って言葉も引っかかる。
それに俺は澄鳴家と力を貸すという約束をしている。だから晶の仲間に加わることによってそれが出来なくなると、俺達は霊能家系の人たちから追われる結果となってしまうだろう。それは流石によろしくない。
だから俺の答えは――
「その提案は有難いけど、俺は一人で自由にやりたいから――すまん」
俺は軽く頭を下げ、その提案を断った。
「そうか……それなら仕方ないね」
晶は差し出した手を引っ込め、心底残念そうに言った。
そして俺達は止めていた足を動かし始める。
そう言えばさっきから無視してたけど……
「俺達尾行されてね?」
「そうだね。防音結界張ってたから声は届いてないだろうけど」
「尾行されたまま焼きそば食べるのはなんか気持ち悪いから、どうにかしないか」
「確かに。どうする? 話しかける?」
「そうだな、話しかけてさっさとお帰り願おう」
「おーけぃ。じゃあ防音結界解くね」
晶がそう言った瞬間、周りにあった半透明の膜が一気に消失する。
なるほどこれが防音結界。マジでいつの間に張ってたんだ……。気付かなかったぞ。
「《拡声魔法》……さっきから尾行してきている探索者さん達ぃー? 出て来てくださーい」
晶が拡声魔法を使ったかと思うと、大音量で晶の声が響き渡る。
それに答えたのか、物陰に隠れていた探索者や隠密系のスキルを使っていた探索者が姿を現す。
すると悠長に歩きながら声を掛けてきた。
「流石だなぁ……天塚晶クン。俺達の隠密を見破るなんて」
その言葉に俺達は目を見合わせて吹き出す。
「この程度で隠密って……ふふ」
晶が口元と腹を抑えて笑う。俺も同じように口を覆って笑った。
「なっ、何がおかしい!!」
そう怒鳴ってくるので視線を彼らの方に向けると、先頭の男以外揃いも揃って顔真っ赤だった。それが余計に俺達のツボにはまる。
声に出して笑うのってこんなに爽快だったっけ?
「こ、この野郎っ」
「まぁ待て。俺達が何の目的で尾行していたのか忘れたのか?」
「あっ……すみません」
俺達に掴みかかろうとした男を先頭の男が声と手で制する。すると男はしおらしく下がった。
ん? どこかで見た事あるぞ? この先頭の男……誰だっけ。
「目的?」
そのやり取りを聞いていた晶が問う。
「尾行などと失礼な真似をして申し訳ない。単刀直入に言おう。晶君、私達のパーティーに入ら――」
「嫌です」
晶は見事な笑顔を顔に張り付けて即答した。
てか、俺が晶から勧誘された次は、晶が知らない奴から勧誘されてるんだけど。どういう状況? これ。
「な、なんでかな? まだ私達のパーティー入るメリットすら話してないと思うんだけど。もしかしてそちらの彼と一緒にパーティーを組んでるのかな? でも見た事ない顔だね?」
おおう、俺まで話の輪に入れやがったよこの人。
「そりゃ俺、探索者じゃないからな」
「なんだそうだったのか」
俺がそう言うと納得した顔で、晶に向き直る先頭の男。
「理由を教えてもらおうか」
「……俺は尾行してくる人達なんかと組みたくないです」
「なるほどね。でも後悔するよ? 俺達のパーティーに入らなかったことを」
「へぇ?」
なんか一触即発の雰囲気だ。空気がピリピリしているのが感じ取れる。ここは仲裁した方がいいか?
「えーっと、町中で探索者が力を振るうのはご法度じゃなかったか?」
俺がそう言うと、その場の全員が俺に顔を向ける。先頭の男の後ろの人間たちは少し苛立ち気味にこちらを睨んできた。
「ちょっと、俺の親友を睨むのはやめてくれないかな」
晶がそう俺を庇うように言う。すると先頭の男が小声で何か呟いた。
瞬間、先頭の男の後ろにいた男が音速に近い速度で俺に迫る。
この手の動き……俺を捕獲するつもりだな?
俺は思い通りにはさせないと、接近してきた男の鳩尾に軽く一発拳を入れる。勿論音速を超えた一撃だ。
すると男は弾かれたように前方に飛んでいった。
「えぇ……よっわ」
思わず口からその言葉が出ていた。
《side:原田雅人》
何が起こった?
亮悟はA級。一般人なんかが亮悟に攻撃を当てられるはずがない。ならば、晶君か? だがそこは明らかに晶君の間合いじゃない。
そもそもS級の俺が目で追えていないなどあり得ない。
「えぇ……よっわ」
思わずと言った感じで男が呟く。
やはりこいつが亮悟を吹っ飛ばした?
「お前……何をした?」
俺は【威圧】を言葉に乗せながら男に向かって問う。すると男は飄々とした態度で言葉を返す。
「自己防衛だが?」
男の少し横で晶君が吹き出すのが目に入った。
な、なんなんだこの男は。俺の威圧を乗せた言葉で怯まないなんて尋常じゃない! 俺の威圧スキルのレベルは7もあるんだぞ!? 一般人なら軽く失神するレベルのはずだ!
「っ! お前ぇえええ!!」
叫び声が聞こえ、振り返ると亮悟の安否確認をしていたであろう、パーティーの魔法使いであり、S級探索者である
「——
あれは、杏の使える最大の魔法! 炎の槍が対象に着弾すると、忽ち対象を包み込みその炎で骨すら残さず焼き尽くすという……。しかもその槍は結界で包み込んであるため、周りには被害が出ない。その上着弾後は対象を結界で包み込む為、辺りに被害を齎さない。最高の魔法だ。
だがそれなりの魔力を使うはずだ。杏はもう魔力切れだろう。
これは流石にあの男も死んだだろう。晶君には激昂されるかもしれないが、放ってしまったものは仕方ない。
俺は放たれたフレアランスを目で追い、男に迫るのを見て思った。
……待て。あの男、フレアランスを見ても尚、何故あんなにも余裕な態度を取っていられる……? まさかこの魔法を打ち破る方法を持ち合わせているとでも言うのか!?
「——《
男がそう呟いた瞬間、距離2mまで迫っていたフレアランスがいきなり失速したと思うと、炎の槍がマッチの炎程度に小さくなる。
俺はゆっくりと流れる時の中、僅かに目を見開くことが出来た。
男の眼前に極小フレアランスが迫る。
しかし何か壁のようなものにぶつかり、その灯火は消え去ってしまった。
「そん……な」
その様子を見たのだろう、絶望した杏のか細い呟きが俺の耳に届いた。
「高々、フレアランスごときで俺の親友に傷を付けられるだなんて思うなよ?」
横でその様子を静観していた晶君がそう言って杏を睨んだ。
すると杏は委縮しきって、その場でぺたんと座ってしまった。
これはもう……勧誘どうこうの次元じゃないな。下手したら殺されるかもしれない。
「私達が悪かった。だからもう睨むのはやめてくれないか。……勧誘も諦めるよ」
俺は地面に頭を擦り付ける形で土下座をした。
「「雅人さんっ!!」」
俺の土下座を見てだろうか、残り二人のパーティーメンバーが駆け寄ってきてくれる。
そして同じように土下座をしてくれた。
「どうする?」
「……どうするもこうするも、許してあげればいいんじゃないか? こちらとしては全く被害無いんだし」
「……そうだね。許すから君たちはさっさとどっかに行ってくれ」
晶君のその言葉に俺達は頭を上げる。
「……ありがとう」
俺はそう言って再度頭を下げてから杏と亮悟の元に向かう。
「おい、大丈夫か。亮悟」
返答はない。近寄って亮悟の腹部を見ると殴られた箇所だろうか、大きく陥没していた。
仕方ないので亮悟を背負い、無事な仲間二人に杏に肩を貸すように言って俺達はその場を逃げるように去った。
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