第7話 変身

『もしもーし? 聞こえるー?』


 透霧家の人間が寝静まった頃、ドアノブが念話で話しかけてきた。

 例のダンジョンへ誘おうと話しかけてきたのだろう。


『聞こえるぞ。ダンジョンか?』

『そうだよ! 準備はできてるかい? 因みに今日行くのはA級ダンジョンだよ~』

『できてるぞ。……行くか』

『よしきた! 家の外で落ち合おう~』


 俺はスマホから抜け出して、主の寝顔を一瞥すると壁を通り抜けて外に出た。

 するとそこには、ドアノブの魂がいた。


『魂同士で会うのは一週間ぶりだねぃ?』

『そうだねえ。久しぶりのA級、楽しみだ』

『そうだね~……じゃあ行こうか』


 するとドアノブは実体だとソニックブームを起こすだろう速度で、A級ダンジョンに向かって飛んでいく。俺もその速度に追いつくようにして飛ぶ。


『いやぁ~実に爽快だねぇ。東京の夜景を見ながら空を飛ぶのは』


 何がおかしいのかひたすらに笑いながらドアノブは飛んでいく。俺も釣られて笑ってしまった。


 そんな笑いながら飛ぶこと数分、俺達はA級ダンジョンに着いていた。


『こんな夜中なのに賑わってるねえ』


 ドアノブの言う通り、A級ダンジョン前の仮設広場は非常に賑わっていた。至る所にダンジョンテントが設置してあり、職員がちらほら見受けられる。

 そして、広場の一部に屋台のテントが建っているのが見える。あれは殆ど食べ物屋だろう。そこに豪華な装備を身に着けた探索者たちが並んでいる。


 ふよふよっと、屋台を覗いてみれば焼きそばやたこ焼きといった割と庶民的な料理が販売されていた。とても美味しそう。俺が人の肉体を手に入れていたら滝のように涎を流していた事だろう。


『おーい何屋台なんか見てんだ! 早くダンジョン潜ろうぜ~』


 そう念話が聞こえ、辺りを見回すといつの間にかダンジョンの入り口にドアノブは居た。どんだけ早くダンジョン潜りたいんだよ。

 ……てかドアノブ、魂でも食事ができるって知らないのでは? よし、教えてあげよう。


『ふっふっふ、知ってるかね? ドアノブ君。俺ら魂でも飯が食えるという事を』

『な、なにぃ!?』

『詳しくはダンジョンの人気のないところで話そうじゃないか』

『わかったぜ……え、マジで食べれるの?』

『まじまじ』


 すると『えぇえええええ!?』と念話で騒ぐドアノブ。そりゃ驚きもするだろうよ。俺も未羽さんに言われたときは割と半信半疑だったからな。


 うるさいドアノブと一緒にダンジョンの中に入っていく。すると最初に接敵したのはC級魔物のオークだった。

 豚面に大きな体、そして悪臭。まるで醜いを絵に描いたような魔物だ。


 それを念力で圧し潰し、魔石を拾って先に進む。


『もうC級は俺らの敵じゃないね。最初は念力で抑えるのが精いっぱいだったって言うのに』

 

 ドアノブはふよふよ進みながらそう呟く。


 確かに最初C級ダンジョンに挑んだ時、魔物を押さえつけるのに苦労した。あの時は押さえつけれても15秒が限界だったからなぁ。


『ステータスは文字化けしててスキルレベルが確認できないけど……恐らく相当レベル上がった筈だよな』

『そうだねぇ』


 そんな会話をしながらサクサク魔物を倒し奥に進む。てか殆ど俺しか魔物倒してないんだけど。

 そのことをドアノブに言うと『いいじゃないの、少しは朝からダンジョンに行った俺を休ませてよ』と言われた。

 

 まぁ、確かに。俺がダンジョンに行ってること知らないもんなドアノブは。


『というかそろそろ、俺達でも食える食べ物の話教えてくれてもいいんじゃない?』

『お、そうだな』


 俺は同意すると、異空間収納を開けて澄鳴家からもらったお菓子を取り出す。そしてそれを地面に置いた。


『これは?』

『とあるところからもらった、霊力が込められた和菓子だ』

『ほぉ~』


 ドアノブは念力で和菓子を取ると、梱包を破り食べようとするが一旦やめて『これで齧り付けばいいのか?』と聞いてくる。『あぁ』と答えるとすぐに齧り付いた。


『うんまい!!!』


 声でか。


 興奮しているのか、ドアノブは辺りをぶんぶん飛びまくる。地面からバウンドして天井に当たり跳ね返って地面に当たってを繰り返している。

 そこまで美味しかったのか。これは澄鳴家から持ち帰った甲斐があるというものだ。

 

 ドアノブはやがてぶんぶん飛び回るのをやめると、俺に迫り寄ってくる。


『もっとないの!?』

『言うと思った。……あるにはあるけど……あと一個だけだぞ』


 俺はまた一つ和菓子を出す。するとひったくるように取られ、一口で食べた。


『ん~~!』


 表情分からないけど、念話の声色からして美味しそうに食べているのが分かる。なんか餌付けしてるみたいで可笑しい。


『ほうほう、これは霊力を実体のある食べ物の中に練り込んであるんだな。これで焼きそばとかの中に霊力を流し込んだらもしかして焼きそばも食べれる……?』

『多分な』

『よっしゃぁああああ』


 ここまでテンション高いドアノブは初めて見たんだが。そんなに食べ物食べたかったのか?


『ならさっさと狩りを済ませて、焼きそば食べよう』

『わかった……どんだけ焼きそば食べたいんだよ?』

『屋台の材料がなくなるくらい?』

『そりゃ食べ過ぎだ。魂でも太るかもしれんよ』


 軽口を言い合いながら、魔物を狩っていく。


『そこの曲がり角にレットオーガ二体』

『おけ~――《天雷》!』


 ドアノブがそう言った瞬間、先の曲がり角から轟音が響き渡る。そしてほんの一瞬ダンジョンが揺れた気がした。

 この天雷はドアノブのお得意魔法だ。確か前世の記憶によるとこれは上級魔法に分類されるらしく、このようにA級の魔物だろうと一撃で消し炭にできる。しかも周りの者にまで伝播するので、二、三体の魔物の時に非常に有効なのである。


 当たり前のように念力で魔石を拾って、最近使えるようになった異空間収納の中に入れるドアノブ君。


『今日はこの辺でいいかい? 焼きそば食べたいし』

『俺はどっちでも。てか俺も焼きそば食べてみたい』

『じゃあ決まりか。戻るぞい』


 そう言ってまたドアノブは超音速でダンジョン内を飛ぶ。俺もそれに追いつきながら先々の魔物を瞬殺していく。今度はしっかり魔石も拾います。


 やがてダンジョンの入り口を出て広場に着く。

 

 あれ? そう言えば、俺ら実体なんてないのにどうやって焼きそば買うんだ? ……まさか盗むんじゃないだろうな?


 そのことをドアノブに言うと、『付いてきたまへ』と言い仮設広場を出て少し離れた所の路地に入る。


『こんなところに来て何をするつもりだ?』

『まぁまぁ、見てろって』


 そう言うとドアノブの魂はゆっくりと地面に向かって落ち、そのまま動かなくなった。


『ど、ドアノブ?』


 俺が戸惑ったように言うと、急にドアノブの魂が光輝きだした。


 な、なんだ!? 何が起こるんだ? 発光の魔法? いやそんな魔力の動きをしていない。これはまるで何か物質を作るような……。

 と俺はそんな眩い光の中、蠢くドアノブの魂を凝視する。するとそれは徐々に形を形成していき――人型になった。


「やっほースマホ君! どうだい? 俺の新しい姿は!」

『なっ、なぁあああああああああ!?』


 俺は発狂する。

 なぜならそれは俺がほぼ毎日研究している、魔力で前世の姿を形成する魔法だったからだ。


「ふふ、驚いただろう?」


 そう言って胸を張って得意げな顔をする、中性的な美少年? は驚くほど整った顔立ちに短く綺麗な白髪の髪をしている。まるで天使の様だ。


「そんなにまじまじと見るなよ、照れくさい」


 そういうドアノブは少し頬を赤らめ、こちらを見てくる。なんか腹立つな。

 

 それにしてもまさか先を越されるとは。別に競っていたわけではないし、そもそもドアノブが人の身体に変身……いや、人体形成する魔法を使えるとは知らなかった。

 だとすると今まで何故変身できることを俺に隠していたのだろう? それに変身できるなら焼きそばなんて余裕で食べれるじゃないか。


『はぁ……』

「まぁそんなに気を落とすなよ。教えてやるから」


 そう言ったドアノブから前世の姿への変身方法を教えてもらう。

 身体を形成する際には衣服も一緒に、だそうだ。


 いつこの魔法が使えるようになったのかと聞いてみると、どうやらドアノブは一週間前から既にこの前世の姿に変身する魔法を使えるようになっていたという。

 それからというもの、探索者資格を取ったりそのランクを上げたり忙しかったらしい。


 ……てかその探索者資格ってどうやって取ったの? そう問うと。


「え? 普通に登録した。もちろん偽名で」


 と何の気兼ねもなく言い放った。


『よく偽名で登録できたな……そういうのってバレるんじゃないの?』

「そんな事より、スマホ君も変身しちゃいなよ」

『そう言われても……はぁ、わかったよ』


 強引に話し変えやがったな……やっぱりなんか怪しい。まぁ、ドアノブの言う通り取り敢えず人体形成魔法やってみるか。


 俺は浮いたまま魔力を高め、魂から前世の記憶の断片を呼び起こし、それを基にして疑似の心臓などの臓器、骨格に胴体そして手足を作り上げていく。そして少しアレンジを加え、食べたものは魔力として魔力・霊力・体力に変換されるよう作る。これによって老廃物が出なくなるはずだ。


 体を作り終えた次は適当な服を魔力で作っていく。


 ――出来た。

 

 手と足の感覚がある。忘れていた感覚だ。呼吸もできる、嗅覚もある。

 路地裏を駆け抜ける生ぬるい風の感覚。……素晴らしい。


 俺はゆっくり目を開ける。するとそこには驚いた顔をしたドアノブの姿があった。


「驚いた。一発で成功させてしまうとはね」


 そう言って異空間収納から手鏡を渡してきた。

 お礼を言いながらそれを受け取り、覗く。そこには――










《side:ドアノブ》


 光量が収まるとそこには黒髪のイケメンが立っていた。前世はこんな顔立ちをしていたのかと、驚きつつも話しかける。


「驚いた。一発で成功させてしまうとはね」


 そう言って異空間収納を開き、手鏡を取り出し渡す。


「ああ、ありがとう」


 スマホ君はそうお礼を言うと、手鏡を覗き込む。すると石化したように動きを止めた。瞬き一つもしない。


「お、おーい。スマホ君?」


 俺のその声掛けが切っ掛けとなったのか否か、スマホ君の左目から一筋の涙が頬を伝った。


「え」


 鏡を呆然と見て静かに涙を流すスマホ君を見て俺は焦る。そんなに先に変身されたのが悔しかったのかと。


「だ、大丈夫かい? スマホ君」

「あ、あれ? なんで俺泣いてんだ……」


 そう言って左手で涙を拭うスマホ君。明らかに戸惑っているようだ。


「久しぶりの肉体で、制御を間違えたんじゃないか?」

「あぁ、そうかも」


 そう言ってスマホ君は手鏡を返してくる。それを受け取り異空間収納の中に入れた。


「さて、気を取り直して焼きそば食べに行こうぜ」


 俺はそう言ってスマホ君の肩に手を回す。俺の方が身長が低いからか少し背伸びして肩を組む結果になる。

 するとスマホ君は俺の馴れ馴れしい行動に苦笑しつつも同じように肩を回してきた。


 そして俺らはそのままダンジョンに向かって歩き出した。

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