第21話「獣気術」

「全く、サラのやつ」


 昨日はしんどかった。紗良の所為で朝から大騒ぎだったし、ドゥーシャはその一件があってか、一日中自室に引き籠っていた。


「どうすっかなあ」


 自室で朝食を済ませた後、俺は廊下を歩きながら溜息を吐く。


 取り敢えず、ドゥーシャの様子を確認しなければ。そして、慰めて上げよう。きっと、辛い思いをしているだろうから。


 そう思い、俺はドゥーシャの自室へと赴く。しかし、部屋には誰もいなかった。


 朝食でも食べているのだろうか?


 今度はダイニングルームへ向かう。


 そして____


「え」


 と、思わず声を漏らす。


「ドゥーシャさん、箸の使い方がお上手ですのね」

「えへへ、ありがとうございます」

「あら、寝癖。後ろ髪がはねていましてよ。後で直して差し上げますわね」

「そ、そんな悪いですよ」

「ふふ、遠慮なさらずに」


 ドゥーシャはダイニングルームにいた。ただし、紗良と一緒に朝食を食べていたのだ。しかも、仲良く笑い合って。


「……どう言う事だ」


 俺が恐る恐る二人に近付くと、ドゥーシャはこちらに気が付いたようで笑顔で挨拶をしてくれる。


「おはようございます、お兄様!」


「……おはよう」


 挨拶を返しつつ、俺の視線は紗良の方へと向く。


「……」「……ふん」


 一瞬だけ視線が合ったのだが、紗良はすぐにそっぽを向いてしまう。


「お兄様も朝食ですか? だったら、一緒に食べましょう」


「いや……俺は部屋で済ませたから……別に」


 ドゥーシャの誘いを俺はそっと断った。


「俺、ドゥーシャを探してたんだ」


「へ? 私を、ですか? 何かご用で?」


「ああ、だけど……後で良いよ」


 そう言って俺は逃げるようにダイニングルームから飛び出す。


 そして自室へと戻り、頭を抱えた。


「どう言う事だ?」


 何故、ドゥーシャと紗良が仲良くしている? 昨日、バチバチに喧嘩した筈では?


 もしかして、幻覚でも見たのだろうか。


「ふざけんなよ。あの女、何でドゥーシャと一緒にいるんだよ」


 俺は紗良に悪態を吐く。


「つーか、ドゥーシャもサラなんかと仲良くしやがって」


 ついでに、ドゥーシャにも悪態を吐く。


 事情は良く分からないが……凄くムカムカとする。


 取り敢えず____


「……後で話しを聞けば良いか」


 そう思い、午前中は夏休みの課題を進める。


 そして、昼過ぎに武嵐流獣気術道場へと稽古に向かった。


「お願いします、先生」


「おや。泰次やすじ君、今日は少しお早めの訪問ですね。もしや、お家の方で何かございましたか」


 挨拶をすると、先生は何か見透かすような目で俺を見つめる。


「別に、何もないですけど」


「君は何か家に居辛い事があると、いつもよりも早い時間にここを訪れますからね。よろしければ、お話を窺いますが」


「いや、本当に何もないですって」


 先生は武嵐家の人間で優秀な”獣師”であった。しかし、他の大人達とは違い、俺に対して嘲るような態度を取る事は決してない。だから、俺はよく先生に悩み事の相談などをしていた。


「そう言えば、紗良さんがご帰省なされたそうですね。彼女とまた喧嘩でもしましたか」


「いや……それもあるんですけど……まあ、ちょっと……」


「成る程。あまり他人には言いたくない事ですね。口にするのが少し恥ずかしい事。私も今の君ぐらいの歳の頃は、些細だけど本人にとっては重要な事案を多く抱えていました」


「……」


 ドゥーシャと紗良が仲良くしていて、もやもやしている……なんて、気恥ずかしくて口に出来ない。


 先生はそんな俺の心境を察しているようだった。


「折角です。今日は早めに稽古を始めましょうか」


 そう言って、先生は俺に早めの稽古を付けてくれた。


 俺は幼少期より獣気術と言う名の武術を習っている。


 獣気術とは合気道をベースに対獣人用に進化した武術。いざと言う時に獣人を制圧するためのものだ。”獣師”のたしなみの一つでもある。


 先生はそんな獣気術の師範だった。


「泰次君が良ければ、この道場を継いでは頂けませんか」


 稽古が終わった後、先生はそんな事を口にする。


「君は筋が良いですし、案外面倒見も良い。なので、道場を任せても構わないと思っています」


 突然、何を言い出すのかと思えば。


「褒めてくれて嬉しいんですけど、俺、”獣師”の能力がないじゃないですか。道場主として門下生に示しが付きませんよ」


 獣気術の使い手には”獣師”以外の者もいる。しかし、本来、獣気術は”獣師”のための武術。師範ともなれば”獣師”でなければ務まらないと思う。


「私はそうは考えていません。何故なら、獣気術は人間と獣人が対等に在るための武術なのですから。であれば、その師範はむしろ”獣師”の能力を持たない者にこそ相応しいと思っています」


「そんな上手い事言って。どこまで本気なのか知りませんけど、もうおだてられて乗せられる歳でもないですよ」


「そんな年寄りみたいな事を。君はまだ中学生でしょう」


 先生は呆れた目を俺に向ける。


 と、その時だ。


「ごめんください」


 道場の入口から声が聞こえて来た。


 あ、この声……まさか……。


「ごきげんよう、先生。一昨日、実家の方に帰省いたしましたので、挨拶とお土産の方を____」


 と、声の主____紗良が俺の存在に気が付いて言葉を呑み込む。


「これはわざわざ。どうぞ上がって下さい、紗良さん」


「……いえ、お稽古の途中に申し訳ございませんでしたわ。お土産だけ、お渡しさせて下さいまし」


 中に招こうとする先生の誘いをやんわりと断る紗良。しかし、先生は引き下がらない。


「丁度今、彼の稽古が終わった所です。遠慮なさらずに」


「……いえ、しかし」


「さあ、入って入って」


 先生の言葉に結局紗良は道場内に足を踏み入れる事になった。


 そして____


「あちらでの生活にはもう慣れましたか」


「一応は。多少の不便はありますが、どうにか」


 紗良は先生と世間話を始める。俺は抜け出すタイミングを逃し、その場に留まる事になった。


 ……気不味い。


 紗良がいるし、口を開く気にならん。


 しばらく切り良く抜け出すタイミングを窺っていたのだが、ふと先生は俺と紗良を交互に見遣ると____


「丁度良い機会ですし、お二人で試合など如何ですか?」


 そんな提案をするのだった。

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