第13話「例え”獣師”でなくても」

 今回の件、半分くらいはドゥーシャが悪かったのだと俺は思っている。


 まあでも、俺ももっと言い様はあったし、そもそも事前にちゃんと俺の事情を説明していれば良かったのだが。


 それでも、半分とは行かずとも……うーん、4分の1ぐらいは絶対にドゥーシャが悪い筈だ!


「いや、誰が悪いのかとか、この際どうでも良いんだよ」


 問題なのは、あれからずっとドゥーシャと話せていない事だ。


 前回の喧嘩では、直ぐに俺が謝って事なきを得た。


 今回は……謝る勇気が出ず、ずるずると仲直りが先送りになっている。


 多分、ドゥーシャから俺に謝る事はないだろう。彼女は怖がりだ。怒っていると思って俺に話し掛ける事は出来ない。


 であれば、俺から行くしかないのだが。


「……あ゛やまりにいきたくないよ゛お゛」


 前回の喧嘩とはレベルが違う。顔を合わせるのが気不味い。


 それに、心のどこかでドゥーシャを許せない自分がいた。


 以前からずっと俺は彼女に妹の影を見出して来た。妹に対する劣等感も屈辱も憤りも。ドゥーシャは時々、それらを呼び起こしていた。


 それに関して彼女に罪は無いが……人の感情にそんなものは関係ない。


 そして、先の一件で、それらは全て爆発した。


 ドゥーシャの事が憎いとすら思った。今もその思いを引きずっている。


 だから、こんな状態で謝りに行っても、仲直りは上手くいかない気がする。下手をすれば修復不可能な程関係がこじれてしまう。


「……はあ」


 大きく溜息を吐く俺。カレンダーの印を見て、憂鬱な気分になる。


 今日は本来であれば、ドゥーシャとお出掛けをしていた日だ。


 彼女は約束をとても楽しみにしていた。俺も楽しみだった。


 だけど、それも喧嘩で全部ちゃらだ。


 結局、その日は家でだらだらと過ごして、眠りにつく事にした。


 だが____


「?」


 深夜、部屋の扉が開いた音で俺は目を覚ます。


 何だと思い薄目を開けると、誰かが布団の中に入って来た。


「!? だ、誰だ!」


「うひゃあ!?」


 叫ぶと、驚きの声が上がる。俺が慌ててスタンドライトを点けると、そこにドゥーシャがいた。


「ドゥーシャ! な、なにしてんだ、お前!」


 布団から顔だけを出した状態のドゥーシャ。顔を真っ赤にして、俺の事を見つめている。


「あ、え、えーと……」


 ドゥーシャは口をパクパクとさせる。


「”朝起きたら可愛い妹が隣で寝ていた大作戦”です」


「な、何だそれ」


「仲直りにはこれが一番だって暁様が」


 うおぉい! 何吹き込んでんだあの母親!


 昔、俺と紗良が喧嘩をした時、寝起きドッキリのノリで仲直りをしていた事があるのだが、その事を母親はドゥーシャに教えたのだろう。


 でも俺とドゥーシャは実の兄妹でも何でもない。思春期真っ盛りの同い年の異性同士だぞ。間違いが起きるとか考えなかったのか。


「でも、ご、ごめんなさい……し、失敗してしまいました! 作戦失敗ですぅ!」


 そう言って、ドゥーシャは布団の中で縮こまる。


「……」


 俺は溜息を吐き、それからドゥーシャの頭を撫でる。


「勇気出して仲直りしようとしてくれたんだよな?」


 努力の方向は間違っているのだろうが、褒めて上げるべきだろう。


 怖かっただろうに、俺の元に来てくれたのだ。


 俺は深呼吸をして、ゆっくりと告げる。


「ごめんな。かっとなってドゥーシャに酷い事言っちゃって」


「い、いえ! そ、そんな!」


 ドゥーシャはぎゅっと俺の胸元を掴む。


「許して下さい。私は知らずに、お兄様の事を傷付けていました。本当に悪気はなかったんです」


「……ああ、ドゥーシャに悪気が無いのは知ってる。結局、全部俺が悪いのに。ドゥーシャには辛い思いをさせたな」


「そ、そんな事ないよ! そんな事ないです! 絶対に!」


 ドゥーシャは布団の中で震えていた。


「私が馬鹿だったから。お兄様の言う通り……普通は色々と察していないといけなかったのに。でも、私は……」


 それから、ドゥーシャは言い訳するように「でも、でも!」と続ける。


「その、でも、私が勘違いしたのも……仕方がない事なのかなあって……!」


 仕方がない。実際、その通りだよな。


「まあ、双子の妹が武嵐紗良だったら、兄もってなるよな普通」


「そ、それだけじゃなくて!」


 何かを訴えかけるようにドゥーシャは俺の事を見つめる。


「お兄様が凄い人だから! だから、私は勘違いしたんです!」


「……凄い?」


「獣人の勘です。本能的なもので、何となくこの人には敵う敵わないって言うのが分かるんです。私の勘が何処まで正しいのかは分からないですけど……お兄様を初めて見た時、ああこの人には敵わないんだろうなあって思って」


「うーん……そうか?」


 獣人の勘。時々耳にする言葉だ。半ば迷信のようなものなのだが、人によっては迷信で片付ける事が出来ないようなケースを発生させる。実際にその獣人の勘とやらで埋もれていた獣人や”獣師”の天才を発掘できた事もあるらしい。


「そ、それで、あの! これだけは伝えておきたくて!」


 ドゥーシャは深呼吸をして、ゆっくりと告げる。


「例え”獣師”じゃないと分かっても、私はお兄様の事を尊敬しています」


「!」


「そして、この敬意はまやかしのものではないと思っています。お兄様といると安心しますし、幸せな気持ちになります。これだけは、勘違いの無い、唯一の真実です」


 真っ直ぐとそう告げるドゥーシャ。


 すると____


「……! お、お兄様!」


 頬を雫が伝う。俺は知らず涙を流していた。


「……お、お兄様……な、泣いて____」


「馬鹿! 見るな!」


「ご、ごめんなしゃいぃ」


 俺は慌てて涙を拭い、布団で顔を隠した。


 ふと、頭の上に柔らかくて温かい感触を覚える。


「……ドゥーシャ?」


「よ、よーしよーし」


 どうやらドゥーシャが頭を撫でてくれているようだ。ぎこちない手つきで一生懸命やってくれている。


 ……安心する。


 しばらくそうしていると、気分も落ち着いて来て、俺はドゥーシャの手の平から逃れた。


「ありがとう。もう良いよ」


 上体を起こしドゥーシャの方を見ると、彼女は照れたように笑っていた。


「あ、あの……これで仲直り……ですね」


「ああ、ごめんな。色々と辛い思いをさせた」


 そう言って、俺とドゥーシャは仲直りの握手を交わす。


 ドゥーシャは安心したように溜息を吐き、口を開く。


「……はあー……良かったあ、仲直り出来て……実は仲直りのための最終兵器を用意していたんですけど……これは使わず終いですね」


「ん? 何だよ、最終兵器って」


「……えーと」


 ドゥーシャは上体を起こす。どうやら彼女はサイズの合っていないぶかぶかのカーディガンを着ているようだった。しかも、夏に着るようなものではない厚手のやつだ。


「……は、恥ずかしいなぁ。でも、ちょっとだけ……見せて上げるね」


 ドゥーシャはそっとカーディガンをはだけさせる。


 すると、その下からやけにスケスケの肌が見えてしまうレベルの生地が現れた。


「……な! お、お前……なんちゅー際どいもん着てんだ!」


「あ、こ、ここまでです!」


 すぐにカーディガンで身体を隠すドゥーシャ。


 彼女は真っ赤な顔で説明する。


「えーと……ベビードールです。暁様のお古を仕立て直しました」


 ……ベビードールってお前。


 俺は嫌な予感を覚える。


「……ちなみに、なんでそんなものを着て来たんだ?」


「お兄様、ベビードールが好きらしいので、これを着て見せれば、すごく喜ぶかと思って」


「いや、何で知ってんの? 俺がベビードール好きって」


「暁様が教えてくれました。お兄様がお部屋に隠し持ってる専門カタログから察したようです」


「うおぉい!!」


「あ、ちなみに! 手垢の数からベビードールの好みも把握しているようで、この下に来てるものもお兄様の好みに____」


「ふざけんじゃねえぞ、あのババア!!」


 これ、訴えたら勝てる奴でしょ!


 息子の性癖調べて同学年の女子に開示する母親がどこの世界にいるんだよ!


「もう我慢出来ねえ! あのババア、ぶん殴りに行く!」


「お、落ち着いて、お兄様! わ、私が頼んだんです! 私が、お兄様はどんなものが好きなのか教えて下さいって! だ、だから……暁様は悪くありません」


「誰に頼まれたかは関係ねえ! 調べるのも、教えるのも大問題だぜえ!」


「お、お兄様!」


 立ち上がる俺をドゥーシャは制止する。


「あ、あの……だったら、少しだけ見せて上げるので、それで暁様を許して上げてくれませんか」


「ふぇ」


「5秒だけ……下に着ているものを見せてあげます」


 そう言って、カーディガンに手をかけるドゥーシャ。


「……ど、どうですか!」


 そうして、まるで露出狂のようにベビードールを披露する。


「……お、お前!」


「ひゃ、ひゃあ!! み、見ないで!」


「み、見てない見てない!」


「だ、駄目です! ちゃんと見て下さい!」


「どっちだよ」


 俺はドゥーシャのベビードールをおおよそ5秒間目にする事になった。


「あ、あの……どうですか?」


 カーディガンで身体を隠した後、ドゥーシャが感想を求めて来る。


 何か、もの凄い疲労感だ。俺はベッドに腰掛け、「ふう」と一息吐いた。


「いけないものを見たって感想が強いな。ベビードールは背の高い大人の女性が身に付けてこそ、そのセクシーさが強調されるのであって、幼児体型のお子様が着たところで、背伸びをしたおませさんって感じが強い。物珍しいってだけで____」


「お兄様の馬鹿!!」


「!? ああ! ドゥーシャ! 待って!」


 しまった。つい思っている事をべらべらと喋ってしまった。


 呼び止める甲斐も無く、ドゥーシャは部屋を飛び出してしまう。


 翌日、俺はドゥーシャに頭を下げにいくのだった。

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