第14話「夏の到来」

 もうすぐ夏休みだ。


 今日の授業は午前中のみで、昼食を食べたら下校する事になった。


 折角だから、俺は街をぶらつく事にする。ドゥーシャが一緒にいれば良かったのだが、生憎彼女は補習中だ。


 さて、ウィンドウショッピングを楽しんでいた俺は、街中で知った顔を発見する。


「あ、ヤスジ君!」


「ん? テルコじゃん」


 武嵐ぶらん輝子てるこ。同い年の武嵐家の人間で、幼少期から紗良に付いていた”獣師”の少女だ。紗良と一緒にヒジリビ学園に入学しており、”獣師”として一流の教育を受けている最中だった。


「どうした? 何でこっちにいるんだよ」


「ん、夏休みだから帰省してるんだよ。そっちだってもう夏休みでしょ?」


 ああ、夏休み。そうか、夏休みになったらこっちに帰って来るよな。ヒジリビ学園の夏休みはライラック学園よりも早いようだ。


「そっちはどうだ? 上手くやってるか?」


「うーん、まあ、ボチボチかな。やっぱり、環境の変化ってやつは大変だよ」


 苦笑いを浮かべる輝子。


「でも、やっぱりサラは凄いよ。周りがエリートばっかりなのに、同級生の中で頭一つ抜けてる感じ」


「……そうか」


 紗良の話題に俺が表情を曇らせたのを察したのだろうか、輝子は遠慮がちに尋ねる。


「別れる前に喧嘩、したんだよね? まだ、仲直りしてないの?」


「……あれから、一言も話していない」


「……うーん……そっかあ」


 輝子は困ったように頬を掻く。


「多分、再来週ぐらいにはサラもこっちに帰って来ると思うよ。ちゃんと仲直りしなよ?」


「……別に」


 俺は吐き捨てるように言う。


「もう、お互いどうでも良いって思ってるよ。だから、仲直りの必要なんてない」


「もー、そんな意地張っちゃって」


 輝子に呆れた視線を向けられる。


「世界のどこよりも仲の良い兄妹でしょ、2人とも」


「そんなんじゃねえよ」


 むすっとする俺に輝子は笑みを浮かべる。


「私ね、ヤスジ君とサラは将来結婚するんだなってずっと思ってたんだ」


「は? 結婚? 俺達が?」


「うん、少なくともサラは本気だったよ。ヤスジ君が”獣師”になれないって分かった後も、ずっと結婚を夢見てた。そのために頑張ってた」


「……アレだよな……九輪島に移住して結婚するとか言ってた話だよな」


「うん、それそれ」


「馬鹿じゃねえの。本気な訳ねえだろ」


 九輪島は太平洋に浮かぶ島国だ。九輪祭が開催される場所であり、獣人や”獣師”にとっての聖地でもある。


 この島国の国籍は優秀な功績が認められた獣人と”獣師”が取得出来るものであり、九輪祭の金メダリストやその”獣師”などがそれに該当する。


 そして、この国、実は人間と獣人の双子が結婚出来る国でもある。つまり、俺とサラが結婚出来る国なのだ。


 人間と獣人の双子は、元は一つの存在であったものが完全に二分されたものだと考えられており、両者の結び付きは、完全への回帰と信仰されていたりもする。


「……つーか……はあ……アイツ戻って来るんだよな」


 紗良が実家に戻って来る。


 家が広いので、その気になれば顔を合わせずに済むが……そうは言っても鬱陶しい。


「良いから、仲直りしちゃいなよ。夏休みが終わったら、また会えなくなるんだよ」


「金輪際会わなくていいんだよ」


「……まったくー。……あ、ところで、風のうわさで聞いたんだけど、女の子が一人、家に下宿しているそうだね」


「……ドゥーシャの事か」


 俺はドゥーシャの事を思い出し、少しだけ頭が痛くなった。


 そう言えば、このままいけば紗良とドゥーシャが鉢合わせする事になるのだった。


 気不味い未来しか見えない。


 2人の気が合わなかったら、ドゥーシャは居心地の悪い思いをするだろうし、2人が仲良くなったとしても、俺を含めた関係がこじれて面倒臭い事になってしまう。


 ……ああ、もう! サラ、お前、もう戻ってくんな!


 俺が心の中で罵倒していると、輝子が首を傾げて尋ねて来る。


「ドゥーシャって名前なんだ? へー、もしかして、ロシア人の子なの?」


「ん、ああ」


「ちなみに聞くけど、帝国と連邦、どっちのロシア人?」


「……連邦」


 思わず小声になってしまう。


 輝子は一瞬だけ、肝を冷やしたように表情を固めた。


「そっかあ。ま、まあ、色々と難儀だと思うけど、頑張ってね」


「おう」


 そう、色々と難儀なのだ。


 ただでさえ色々と難儀なのだから、これ以上ややこしいのは勘弁願いたい。

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